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三分の二くらい食べ終えた雲雀は「ごちそうさま」と箸を置いた。
久しぶりに手作りの弁当というものを口にしたが、悪くない。
いつも味気ないコンビニ弁当しか食べていなかったせいか余計においしく感じた。
食事なんて満腹感が得られればそれでいいと思っていたのだが、その認識はどうやら改める必要があるなと雲雀は思った。
すると、そんな彼の耳に雑音交じりのスピーカー音が入り込んできた。
『お待たせしました、棒倒しの審議の結果が出ました』
突然鳴り響いた校内放送の内容を聞いて、お弁当箱を片付けていた蛍はハッと思い出したかのように立ち上がった。
「棒倒しが…」
「棒倒し?」
何それ、と雲雀は首を傾げた。学校行事にことごとく不参加である雲雀は棒倒しという単語を聞いても何が何やらさっぱりだ。
体育祭の種目の一つであることだけは推測出来るが、どうやって棒を倒すのか、それがどんな競技なのかすら全く予想がつかない。
そして棒倒しのB・C組総大将が何者かによって倒され、その犯人がA組総大将であるツナであるという疑いがかかったのだ。
もちろん弟であるツナをよく知る蛍は彼が犯人ではないと信じているし、どんな成り行きでツナが罪を着せられたのかは想像もつかないが、結果的にB・C組の怒りの矛先は完全にツナに向けられた。
二組の恨みを買ったツナは退場しろ!とまで言われていたのだが、どうやら実行委員会は代表を集め、審議をして決めることにしたらしい。
心配そうに窓の外を窺う蛍に再度雲雀が問いかける。
「棒倒しが何なのさ」
「棒倒しは、各チームの総大将が棒のてっぺんに登って、自分達の棒が倒されないうちに、
相手の総大将を地面に落とした方のチームが勝利という種目なのですが…」
『…各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対BC合同チームとします!』
「ツっ君…!」
弟の身が心配になってしまった彼女は、弁当もそのままにグラウンドに向かおうと立ち上がる。
しかしその手を掴んだのはにやりと不敵に笑った雲雀だった。
「面白そうだから、棒倒しっていうのやってみようかな」
「雲雀先輩が…ですか?でも、それは一体――」
「そうと決まったらさっさと行くよ、蛍」
蛍の腰に腕を回した雲雀は開け放たれた窓に足をかけ、軽やかにグラウンドへ降り立った。
普通ならここで悲鳴でも何でも叫ぶのが当然の反応なのだが、ツナのことで頭がいっぱいな蛍は一瞬驚いただけで、声を出そう頃にはもう下に着地していた。
そして雲雀は彼女をその場に置いてB・C連合チームの方へ歩いていく。
するとそこでは誰を総大将に据えるか議論していた。
数時間前にどちらの総大将も襲撃されてしまったので代わりの誰かを選出しなければならず、
サッカー部の坂田、レスリング部の川崎と、強いと噂の人物の名前が次々に挙がっていく中、それを遮って雲雀は静かに口を開いた。
「僕がやるよ」
「ヒバリさん!!?」
「向こうの総大将とあいまみえれば、赤ん坊に会えるかもしれないからね」
雲雀の記憶の中で唯一自分の攻撃を止めた者、それがあの赤ん坊だった。
もしもう一度会えるのなら、今度はお互い死力を尽くして彼と戦ってみたい…そう考える雲雀にとって、この棒倒しは何よりの撒き餌だ。
蛍が言うことが本当なら相手の総大将は彼女の弟である沢田綱吉だという。
そして先日、リボーンという赤ん坊が現れたのは彼が危機に陥った時で、もし棒倒しで彼が負けそうになれば彼と密接な関係にあるあの赤ん坊がまた現れるのではないか。
雲雀はそう確信していた。
棒倒しという競技が具体的にどんなものかまだよくわからないが、蛍の反応からすると2対1なんて絶対的に不利な状況で、勝てる見込みなんてほんの少ししかないのだろう。
先日、雲雀に一打を浴びせたあの生徒が総大将だというのなら、彼がどんな手を使って逆境を跳ね除けるのか興味がある。
雲雀にとって草食動物のような人間はどうでもいい存在だが、雲雀と対峙した時あの生徒が突然豹変したわけが気にかかるのだ。
雲雀の興味を引くその二人と再び対峙する機会を手にする為なら、総大将とやらになったっていいだろう。
それに、たまには学校行事に関わることも大切だ。
チラリと棒倒しに使う棒を見上げた雲雀は周囲の声を無視して棒を支える集団に向かっていく。
棒を支える生徒達を踏み台にして棒を登っていく彼を止められる者は誰もいなかった。
それもそうだろう。雲雀が並盛中最強なのは周知の事実で総大将には適役なのかもしれないが、味方にするには怖すぎる。
いつ何が彼の機嫌を損ねるのか、ビクビク怯えながら競技に臨まなければならないのだから。
しかし雲雀にとって周囲の人間の反応などどうでもいいに等しく、視界にすら入っていなかった。
風紀の制服のまま登った雲雀は当たり前のように頂点に居座り、A組の方角へと目を向ける。
すると蛍は心配そうに沢田綱吉に話しかけていて、それが何故か癪に感じた雲雀は口をへの字に曲げてむっとした。
「――棒、倒さないでね」
「はいいい!!!!」
ポツリと呟いた声音は吹雪いてきそうなほど冷たく低い。
雲雀の苛立ちを肌で感じ取ったのか、BC連合チームの生徒達は身を強張らせて一斉に返答した。
「…あの、笹川先輩?」
「おお、沢田姉!今までどこに行ってたんだ?京子が探していたぞ!」
「姉ちゃん…」
足をふらつかせながらもどうにかA組の陣地に戻った蛍を待っていたのは、何故かやる気に満ち溢れた笹川と半泣きになっているツナであった。
校内放送を聞いて大体の事情を知った百合は、可哀想に…と逆境に追い込まれてしまったツナに同情しつつ、A組のリーダーである笹川に説明を求めた。
「放送を聞いて驚きました。どうしてこんなことに…」
「ああ、オレが提案して押し通してやったのだ!!」
「「(だから何で!?)」」
笹川が斜め上の思考の持ち主なのはわかっていたが…とあまりに突拍子な提案に何の言葉も出なかった。
いつも極限なのはいいけれど人を巻き込まないでもらいたい。
いつもなら通り過ぎるだけの笹川の無謀さも、今日ばかりは無視出来なかった。
悪い事はどうしてこう連続して起きるのだろう。
瞳を曇らせた蛍はあることを思いだし、今日一番の被害者であるツナの肩に手を置き口を開いた。
「それでねツっ君…実は、」
ちらりとBC連合チームの方に視線を走らせてみれば、予想通りそこには周りの守備を完璧に固めた雲雀がすでに棒の頂点に座り込んでいたから、
先程彼が言った通り、本当に棒倒しに参加する気なのだろう。
しかもいつのまにか総大将になっているのだから、こちらはますます不利になってくる。
たとえ総大将の元へ誰かが辿り着いたとしても雲雀を倒せる人物などいるはずもなく、勝機はゼロに近い。
しかし蛍にとって雲雀は憧れの存在で、まさか彼が自身の弟に酷いことはさせないと思っていながらも、きょとんとしているツナや笹川に残酷な事実を告げた。
▽▲▽
グラウンドの左右に高くそびえ立つ二つの棒。
A組・BC連合チームそれぞれの総大将をてっぺんに据えたそれを倒されないように、周りを多数の生徒が取り囲んでいる。
競技開始を間近に控えたグラウンドには妙な緊張感が漂っていた。
それもそのはず、信じられないことに、群れる事を極度に嫌う雲雀が棒倒しに参加しているのだ。
見ているこちらですらドキドキして様子を窺っているのだから、実際この競技に参加する生徒の緊張具合は比べ物にならないくらいすさまじいのだろう。
ふとその時、アナウンスが棒倒しの開始を告げる。
『それでは棒倒しを開始します。位置について下さい!』
「…写真」
突然カメラの存在を思い出した百合は、急いで鞄を漁って中からカメラを取り出した。
今まですっかり忘れていたが、実は今朝母からこんなお願いをされたのだ。
ツナの晴れ舞台をカメラに収めてきて、と。ある意味最悪の状況下での棒倒しだが、それでも綱吉の総大将姿など今までなかった光景だ。しっかり記録に残しておきたい。それと、
「(…雲雀先輩も、撮っていいかな…)」
せっかくカメラがあるのだ。できたら憧れの人の雄姿も写真に撮りたいのが乙女心だった。
棒倒しの危険性を他所に置いた蛍が少し嬉しそうに競技の開始を待っていると、それを見た京子がクスリと笑う。
「やっぱりツナ君思いの、優しいお姉さんだね」
「え……あ、」
「照れなくたっていいのに…あ、始まるみたいだよ。がんばってー!!」
『用意、開始!!』
審判の声がグラウンドに鳴り響いた途端に、両軍は一斉に動き出した。
やはり数が圧倒的に多いBC連合チームの生徒が早速A組の棒に辿り着き、我先にと棒を目指していく。
一瞬ツナの足に誰かの手がかかるが、それを間一髪のところで獄寺が蹴落として事無きを得た。
どうやら獄寺・山本・笹川の三人がいても相当苦労しているようだ。
いくら個々の能力がずば抜けていても大人数に囲まれてしまっては意味がない。
思い通りに動けない上、もうツナの登っている棒に敵が辿り着いてしまったのだ。
総大将であるツナを落とそうと敵の生徒は殴る蹴るとやりたい放題で、ついにその重みが支えきれなくなったのか、A組の棒が地面に向けて大きく傾いた。
「ど、どうしよう!倒れちゃうよ!」
京子は見ていられないと顔を伏せ、蛍も写真どころの話ではなくなっていた。
ごくりと喉を鳴らし、スローモーションのようにゆっくりと棒が倒れていくのを目の前で見ていることしか出来ない。
棒が倒されて総大将であるツナが地面に落ちてしまえばそこで競技が終了し、A組の敗北が決定する。
そして今、棒が大きく傾いだせいでツナは空中に放り出されていた。
誰もがBC連合チームの勝利を確信した、その時だ。
「しょーがねーな」
ズガンという銃声が鳴り響いたのを、蛍は確かに聞いた。
そしてツナの様子が豹変する。空中で姿勢を何とか持ち直した彼は敵の頭を踏み台にしたかと思えば、ぴょんぴょんと飛び跳ねて地面に足をつくことなく逃げていた。
それにしても上手く考えたものだった。
地面に足をつかなければいいのなら必ずしも棒のてっぺんにいる必要なんてないのだから、味方を地盤に動いてもルール上の問題はないはずだ。
そう、例えば今のように、A組最強の三人に騎馬の形になってもらえばいい。
「目指すは敵総大将!!」と天高く雲雀を指差したツナは、その言葉通り次々と敵を倒していく。
四人一体となった彼らはかなりの攻撃力を持っているようで、敵は誰一人として近付けず、まるで重戦車だと誰かが言った。
その彼らが徐々に迫ってきたというのにも関わらず、それでも目標である雲雀は余裕の笑みを零していた。
むしろこれくらいのことを期待していたと言わんばかりに「そうこなくっちゃ」と目を輝かせている。
普通に雑魚を倒しても面白くも何ともないし、どうせなら総大将同士が対決した方が派手でいいだろう、くらいに雲雀は思ってそうだ。
――だが。
「おい芝生メット!てめー今足ひっかけただろ!」
「ふざけるなタコ!人の足を蹴っておきながら!」
「……?」
「お兄ちゃん?」
段々と雲行きが怪しくなってきたのに気付き、京子達は心配そうに彼らを見ていた。
どうやら獄寺と笹川は全くと言っていいほど相性が合わないらしく、走りながら互いを罵り合っている。
山本が何とか宥めようとしていたのだがその努力も空しく、とうとう二人は殴り合いの喧嘩を始めた。
そしてそんな状態で騎馬体形を保てるはずもなく、必然的にバラバラになってしまい、
その上に座っていたツナは再び空中へ投げ出され、べしゃっと見事に地面に落ちた。
「……………」
しーん…と会場内が静まり返る。誰がこんな結末を予想出来ただろうか。
京子がぽかんと口を開けて固まっていたその横で、蛍も持っていたカメラを落としてしまったのに気付かぬまま硬直していた。
一方、期待外れにも程があるとがっかりした雲雀は、つまらなそうな表情で閉口していた。
あっけない展開に興味が失せたのだろう。しばらく黙ってツナを見下ろしていた雲雀だったが、棒から飛び降りた後「出張り損だな」とため息をついて応接室へと帰ってしまった。
その後慌てて起き上がったツナだが、時既に遅し。
周りを完全に敵チームの生徒に包囲され、今までの恨みを晴らさんとばかりにボコボコに殴られていた。
もちろん煽ったのはリボーンである。それをツナ至上主義の獄寺が黙って見過ごすはずがなく、憤った彼とただ戦いたいだけの笹川がその乱闘に加わり、棒倒しの原型が留められなくなって競技が終了した。
――言葉通り、メチャクチャに。