早朝、休日だというのに蛍は平日の如く目が覚めた。
そしてベッドから降りようとしてみれば携帯の着信音が鳴り出す。
並盛中校歌に設定された着信音は雲雀専用に設定してあった。
彼から電話がかかってくるのは稀で、胸が浮足立つのを仕舞いつつ携帯の受話器ボタンを押す。

「は、はい…もしもし」
「おはよう、もしかして起きてた?」
「おはようございます。今日はちょっと目が覚めちゃって…」

蛍の言葉に雲雀は『まぁいいや』と勝手に納得しているようだ。
そして次に告げられた彼の言葉に、蛍は言葉を失った。

▽▲▽

「…沢田、」
「………」
「おい、沢田」
「あ、は…はい…っ」

二度目の声かけに漸く気づいたようで、慌てたように返事をする蛍に、草壁は重いため息をついた。
蛍はさっきからずっと心ここに在らずといった調子だ。しかし、それは悪い意味合いではなく、寧ろ書類整理の方に意識を全て持って行っている。
今日中に終わらせるはずの書類がもう既に半分に到達しそうな勢いで進められていた。

「少しは休憩したらどうだ、あまり根詰めすぎてはよくない」
「お気遣いありがとうございます。…でも、私は大丈夫ですから」

そう言って再びペンを動かしだした蛍はまるで人間ロボットのようだ。
委員長の雲雀はまだ登校しておらず、帰るに帰れない彼は今こうして蛍と二人で応接室に取り残されていた。
どうしたものかと草壁が頭を悩ませていると、少し離れたテーブルの上に風呂敷に丁寧に包まれた箱のような物が目についた。

「沢田、あれは何だ?」
「あ、それは……その、お弁当です」
「弁当?…すまんが、見てもいいか?」
「どうぞ」

開けてもいいということで静かに結び目を解いていくと、現れたのは大きな重箱。
彼女一人で食べるにはとてもじゃないが無理なくらいの大きさだ。
何故こんなものをと疑問に感じていると、それを感じたのか蛍はポツポツと昨日のことを話し出す。

「今朝方、雲雀先輩から電話がかかってきて、『今日弁当持参だからね、二人前』と仰られて。
それで…ちょっと、また張り切ってしまって…」

蛍のいう「また」とは、先日の体育祭での彼女の手作り弁当のことだった。
あのときと同じくつい張り切ってたくさん作ってしまったらしいが、その場に居合わせなかった草壁は知らない。
しかし何故あの委員長が彼女の手作り弁当を所望したのか、それとなく想像はできた。

「そ、それと…」
「?」

蛍が再び何かを言おうとしたが、頬を少し赤らめて止めてしまった。
そしてそれを隠そうとしているのか両手をパッと当てている。
突然様子が変わった蛍を見て、遂に身体に異変が起きたのかと心配に思った草壁は「おい沢田」と声をかけて彼女の肩に触れようとしたが、

ドガッ!!

「「・・・・・。」」

二人の間を切り裂くようにして勢いよく飛んできたトンファーが壁に激突し、めり込んだ。(ちょっと草壁の指を掠った)

「……………っ!!」

いつも男らしく泣き事ひとつ言わないあの草壁先輩だが、指を押さえて蹲り、流石にこの時ばかりは思わず涙を流しそうになったらしい。(後日談)
そして何事かと思い、振り返る。するとそこには不機嫌そうな顔をした雲雀が扉に肩を預けて立っていた。

「い、委員長…一体、」
「雲雀さん…っ」

その時、草壁はしまったと自分の行動を後悔する。
自分の心が弱く、少し(結構)指が痛い所為で蹲ってしまったことで、雲雀が草壁を攻撃したと蛍が勘違いをしてしまったと。
彼女にとって憧れの存在である筈の雲雀がそのような行為をしたと思っては、彼女にも、そして雲雀にも良くない事態だ。なんとか蛍の誤解を解かねば。

「待て!沢田ッ、委員長は決して―――」
「お疲れ様です。御登校、お待ちしておりました」
「ガクッ」

草壁の心配を他所に、蛍は先ほどより幾分かキラキラした瞳で雲雀の元へ駆け寄っていた。
恋は盲目とはいうがまさかここまでとは。
普段冷静な彼女も憧れを前にしてはかなわないらしい。

一方で草壁の思いなどまったく知らない雲雀は、壁に突き刺さっているトンファーを軽々引き抜き懐にしまい込む。

「あの、委員長…」
「群れてるキミ達が悪い」
「も、申し訳ありません…」

これ以上彼の機嫌を損ねたくない、と考えた草壁は話を逸らそうと雲雀に問いかけた。

「そういえば委員長、沢田がちゃんと弁当作ってきたようですよ」
「…そう」

それにしても何故今日わざわざ弁当を蛍に作らせたのだろうか。
ふいに食べたくなったと言われればそれまでだが、それなら別に急でなくとも良さそうだが。
すると雲雀は蛍が作った弁当を彼女に手渡し、「行くよ」と再び扉へと足を向ける。
蛍はそれに頷き、素直に彼の後ろをついていこうとする。
しかし草壁に至っては事の成り行きが全く見えてこない。

「委員長、今日は仕事のために登校したのでは…!?」
「今日は終わり。僕は桜を見に行きたいんだ」
「(委員長が桜ー!?)」

草壁は心の中で絶叫した。あの人混みを最も嫌う雲雀が、群れるのを見ると誰彼構わず咬み殺してしまう雲雀が、花見!ある意味進歩とも取れる発言だ。一体彼に何があったのだろうか。
しかしここで全てに納得がいった。今日蛍の様子が何処かおかしかったのは、雲雀に花見へ着いてくるよう言われたからだ。自分の憧れる人からまさかそのようなお誘いを受け、浮足立つ心を静めるため彼女はとにかく書類整理に走っていたらしい。
「もう風紀委員に場所は占領させてるからゆっくり堪能出来るしね」と言う彼にあぁやっぱり…と肩を落とした。
彼なら公園丸々一つ占領させていても不思議はない。
一方の雲雀はそんな草壁に構うことなく、高く積まれた書類を指でトントンと叩く。

「ああ、副委員長、君はここで仕事だよ。僕らが帰ってくるまでに終わらせてないと咬み殺す」
「え」

今まで散々放置されていたパソコンがカリカリと虚しく音を立てた。

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