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「今日あたり満開だな。いい花見になりそーじゃねーか」
「まだ早朝ですし、最高の場所をゲットできますよ!」
澄みきった青空と流れる白い雲。ほどよく暖かい気候が気持ちを穏やかにさせる。
そんな春の麗らかな朝、ツナ達は花見の場所を取りに桜で有名な公園へと足を向けていた。
左右には妙に張り切った山本と獄寺がいるのだが、ツナはいまいち気分が上がらないままため息をつく。
「(は〜、なんでオレが花見の場所取りに行くことに…)」
思い返してみれば散々だ。朝起きたらいきなりビアンキが台所でポイズンクッキングをしているから何かと思えば、花見をどうやら合戦と勘違いしているらしい。
テーブルを覆い尽くす毒入り料理の数々に一体何人が犠牲になるのか(そして自分も被害に遭うのか)と冷や汗をかいたツナは必死に止めた。
「花見では絶好のポジションを取るため陣取りになるんでしょ?望むところよ!」と意気高揚とするビアンキだが、花見は決してそんな血生臭い行事ではない。もっと風流で楽しい行事だ。
誰が間違った知識を植えつけたんだと思っていると優雅にコーヒーを啜るリボーンが椅子に座っていた。(お前かー!)
む、と機嫌を損ねたビアンキとリボーンに場所取りを任された上に山本と獄寺も巻きこんでしまい、こうして歩いているわけなのだ。
とぼとぼと歩いていると、突然目の前に広がる美しい光景に思わず足を止めた。満開の桜の花びらが舞い散るその場所は、よほど運がよかったのか見渡す限り人影すら見当たらない。
「おーラッキー」
「一番乗りだ!」
これならビアンキも満足するに違いない。ツナはほっと息を吐いたが、その直後「ここは立ち入り禁止だ」という声が背後から聞こえ慌てて振り返ると、一人の不良がそこに立っていた。
「この桜並木一帯の花見場所は全て占領済みだ。出てけ」
ツナ達を睨んで威圧するその不良は、リーゼント頭に短ランというどこか見覚えのある格好をしていた。
▽▲▽
雲雀に献上するということで色んな意味で気合を入れて作った弁当を持ち、雲雀の後ろをついていく蛍。
しかし何処の桜を観に行くのかは聞いておらず、とにかく彼の後を見失わないように歩くだけだ。
すると突然その足は止まり、見上げると雲雀はある一点をじっと見つめていた。
「…誰かいる」
「?」
スタスタ近付いていく雲雀の目に写ったのは、侵入者を追い払おうとしている風紀委員と見覚えのある生徒達だった。花見場所に誰も入れるなと雲雀が命令したその風紀委員は指を鳴らして脅しているが、獄寺の蹴り一発であっけなく沈んでしまう。
…使えないな、と視線を鋭くした雲雀は侵入者達を始末しようと口を開いた。
「何やら騒がしいと思えば君達か」
きっと彼らがいるということは、あの赤ん坊もいる。そう確信していた雲雀は思わぬハプニングに笑みを浮かべた。また彼に会えることを思えば侵入者くらいたやすいものだし、退屈せずに済みそうだ。
「ヒバリさん!!」
「僕は群れる人間を見ずに桜を楽しみたいからね。彼に追い払って貰っていたんだ」
自分勝手な意見で花見場所を丸々確保した雲雀に冷や汗が出るツナだったが、彼に文句を言うことなんて出来なかった。それこそ雲雀のトンファーの餌食になるだけだ。すると息を切らせながらこちらへ走り寄ってきた蛍。
弟の存在に気づくと、他のことなど目に入っていないらしくツナの方ばかり目を向けている。
それに嫌な予感がしたツナはチラリと雲雀の方へ視線を向けると、予想通り不機嫌そうな表情をしていて、思わず背筋が凍ってしまった。その苛立ちは絶対ツナ達へ向けられるはずなのだ。
そして雲雀は獄寺の攻撃を喰らって膝をついている風紀委員へと向き直った。
「でも君は役に立たないね。あとはいいよ、自分でやるから」
「い…委員長」
「弱虫は――土に還れよ」
何の躊躇もすることなく無慈悲にトンファーを振り下ろす。ガッという鈍い音と共に数量の血が空に舞う。
仲間であるはずの風紀委員にも関わらず攻撃を加えたことにツナ達は目を丸くして驚いた。
あの雲雀ならやりかねないが、それでもこんなに軽々しく殴るとは。
少し離れたところにいた蛍も何もせず呆然と立ち尽くしていた。
それらを全て眺めた雲雀はトンファーの血を振り払いながら告げる。
「見ての通り、僕は人の上に立つのが苦手なようでね。屍の上に立っている方が落ち着くよ」
一方で蛍は目の前にいる血を流し倒れている風紀委員が目に入る。
ああ、手当てしなければ…と手を伸ばそうとした蛍の指に後ろから誰かが触れた。
「こんなに怪我して一体どうしたんだい、子猫ちゃん」
「シャマル先生…!」
「いやー絶景!絶景!花見ってのはいいねー♪」
酒瓶片手にいきなり蛍の肩に圧し掛かってきたシャマルは完全に酔っ払っている。
必死にシャマルを引き剥がそうとした蛍だったが、酔っ払いがそう簡単に言うことを聞くはずもなくますますがしっと首に抱きつかれた。
そして雲雀に冷や汗をかいていたツナ達を一瞥すると男ばかりいることに難癖をつける。
「Dr.シャマル!」
「ツッ君…た、助け…」
「まだいやがったのか!このやぶ医者ヘンタイ!スケコマシ!」
あまりの獄寺の嫌い様に、ここまで言われてるシャマル先生って一体…と疑惑の目を向けると、彼の頭上に見覚えのある人物が桜の木の枝に腰掛けていた。しかも桜にあやかってか花咲かじいさんのコスプレをしている。
「リボーンくん」と蛍が言う前に雲雀が口を開いた。
「赤ん坊、会えて嬉しいよ」
これであの時の借りを返せる。そう暗に告げてくる雲雀に笑みを浮かべたリボーンは、やはり彼の好戦的な性格は使えると判断して彼を見つめた。
「オレ達も花見がしてーんだ。どうだヒバリ、花見の場所と蛍をかけてツナが勝負すると言ってるぞ」
「なっ、なんでオレの名前出してんだよー!!あと姉ちゃんを巻き込むな!!」
勝手に名前を出されたツナは猛烈に抗議したが、リボーンに軽く無視されて終わった。
唯一の対抗手段は雲雀がリボーンの提案を拒否することなのだが、あっさり受け入れた上に何だかものすごいやる気である。背中を預けていた桜の木から体を起こすとツナ達に早速ルールを告げる。もはや彼にとって喧嘩はゲーム感覚なのだ。き、希望が…とツナは肩を落とした。
「じゃあ君達三人とそれぞれサシで勝負しよう。お互い膝をついたら負けだ」
ただならぬ雰囲気になってきたことを感じ取った蛍は冷や汗をかいた。もしかしてまたここで喧嘩する気なんだろうか。いや、そうに違いないのだ。
流石に弟が喧嘩に巻き込まれるのは胸が痛み、蛍はどうにかして雲雀を止めようとしたが、首に巻きついているシャマルの腕が邪魔をして近くに寄ることさえ出来ない。
「雲雀先輩、ここはひとつ穏便に――っ!?」
「そんな奴らに構ってないでオレと花見しよーぜ蛍ちゃーん!保健医のオレが指の手当てしてやっからさー」
「わ、私の名前、ご存知なんですか?」
「こーんな可愛い子、オレが知らない筈ないじゃな〜い!
それに学校にいる女の子なら名前からスリーサイズまで全部知ってるよーん」
さ、さすが…と感心している場合ではない。酔っ払いと格闘している蛍は全然気付かなかったのだが、こうしている間にも雲雀の沸点はどんどん低くなっている。
次の瞬間「消えろ」という低い声と共に回転させたトンファーがシャマルへと振り下ろされていた。
ふっと急に肩の重みが消えてシャマルは地面へと倒れ込む。
「あ、ありがとうございます、雲雀先輩」
シャマルから開放されたことにほっとため息をついた蛍は雲雀へと頭を下げる。
確かに雲雀は怖い人物なのだが、こうして実際に助けてくれるのだから蛍にしてみれば怖いと感じることは殆どない。
礼を述べた蛍を雲雀はじっと目を細めて見下ろした。
「君ってほんとに…」
「あ、…ごめんなさい…」
「……………。責めようと思ったわけじゃないよ。ただ、隙がありすぎるって言いたかっただけ」
頭に疑問符を浮かべる蛍を置いて、雲雀は向かってくる獄寺を相手にしようとトンファーを構えた。
「てめーだけはぶっとばす!!」
「いつもまっすぐだね、わかりやすい」
いくらか私情の入っている獄寺は大量のダイナマイトを両手に携えて勢いよく向かっていくが、そんな彼を表情一つ変えることなく冷静に観察していた雲雀は獄寺の攻撃を猪突猛進だと判断し、素早くトンファーを振り下ろす。
が、それを瞬時にかわされて僅かに目を見開く。…おかしい、以前の彼ならこれくらいの攻撃ですぐにやられるはずだ。以前の彼とは違うのか?と。
すると獄寺はすぐさま手に持っていたダイナマイト達をフワリと宙に浮かせ、雲雀が回避出来ない程の至近距離に舞い散らせた。
「果てな」
新技・ボムスプレッズと名付けられたそれに、雲雀は回避する間もなく大きな爆発に巻き込まれる。
思わずその様子を見守っていた蛍は「雲雀先輩…!」と声を上げた。あの中から脱出する様子も見られなかったということは、十中八九何かしらの怪我を負ってしまったということだ。
ツナ達が傷つくのももちろん嫌だが、雲雀が怪我した所など見たことがない蛍は彼が傷つくのも嫌だった。
思わず手に汗を握って爆風に包まれたその場を見ていると、小さく「で…?」と雲雀の声が聞こえ、はっと目を見開いた。
雲雀はトンファーを軽々回して纏わりつく爆風を追い払うと、「続きはないの?」と獄寺に向き直った。
その体には火傷の一つも見当たらず、獄寺のダイナマイトを全て無効化したことを物語っている。
「なっ、トンファーで爆風を!?」
「二度と花見を出来なくしてあげよう」
今度はこちらの番だ、とでも言うように雲雀が勢いよくトンファーを獄寺に向けて殴りつける。
それを危うく食らいそうになった獄寺は咄嗟に膝をついて回避するが、雲雀の攻撃は止まない。
「獄寺は膝をついた。ストップだ」というリボーンの制止も聞かず「やだよ」と拒否した雲雀は獄寺にトンファーを振り下ろそうとするが、キィンという金属音と共にそれは阻まれた。
「次、オレな」
「山本!!」
「……………!」
自分の攻撃を止められたことに雲雀は顔を顰めた。標的を獄寺から山本へ変えた雲雀は目を細める。雲雀のトンファーを受け止めているのは紛れもなく日本刀だ。
これならやりあえそうだな、と笑う山本だったが、数回雲雀と打ち合い再び鍔迫り合い状態になると、雲雀はニヤリと口元を引き上げた。
「僕の武器にはまだ秘密があってね」
「秘密…?」
トンファーが鈍い音を立てて仕込み鉤を取り出した。そして一気に山本ごとバットを振り払うと、山本は地面に叩きつけられて負けとなる。
負けは負けだが山本に大した怪我はなさそうだ。さっき獄寺が膝をついても攻撃を止めなかった雲雀だが、リボーンが死ぬ気弾をツナに向かって撃ったことでもはや次の標的をツナに定めたようだ。
力強いツナの呼びかけにレオンはその身をはたきに変える。強いか弱いかいまいち図りにくい武器だ。
いや、武器と言えるのかすら怪しい。しかしそれに動揺することなく雲雀へ切りかかり、トンファーで柄を受け止められたはたきの先が雲雀の頭へぽふっとかかった。
「すごい…例えはたきでも雲雀先輩に触れさせることが出来るなんて」
今まで散々雲雀の喧嘩を見てきた蛍だったが、誰一人彼の体に触れることなく倒れていった。
でも今蛍の目に映っている光景はそのどれとも違う。贔屓目でなく、ツナは雲雀と互角に渡り合っている。
「君は変わってるね。強かったり弱かったり。よくわからないが、殺してしまおう」
「だぁ!!」
左右から放たれる雲雀のトンファーをツナははたき一つで食い止める。その素早い動きは決して普段のツナから想像出来るものではない。
もしかしてこのまま押し切って雲雀を負かすのか、とまで思わせるその攻撃は突然終わりを告げた。死ぬ気弾の効果が切れたのだ。
攻撃が止んだ隙に雲雀はツナへ回転させたトンファーを向け、必死に叫んでいたツナもここまでか――!と目を閉じたその時、どさっと何かがぶつかる音がした。
「雲雀先輩…!?」
蛍の驚いた声に恐る恐る目を開けたツナに信じられない光景が映る。
「い゛っ!?」
なんとあの雲雀が膝をついていたのだ。本人も驚いた様子で呆然としているが、間違いなく雲雀の膝は地面に接している。
獄寺と山本、それにツナは、ツナの攻撃によって雲雀が膝をついたのだと思ったが、「違うぞ、奴の仕業だぞ」とリボーンが指差した先の人物がそうさせたらしい。
蛍も驚いてその指の先を辿って行くと、桜の木の下から起き上がっているシャマルが傷一つ負っている様子もなく立ち上がった。
「Dr.シャマル!」
「シャマルは殴られた瞬間にトライデント・モスキートをヒバリに発動したんだ」
「わりーけど超えてきた死線の数が違うのよ。ちなみにこいつにかけた病気は桜に囲まれると立っていられない『桜クラ病』つってな」
死線とか、病気をかけるとか、あまり耳にすることのない言葉の数々に蛍は思わず眉を顰めた。
しかし今は雲雀の方が心配だ。何しろここは桜の真っ只中。その病気が本当にかかっているのだとしたら、今雲雀は…。
すると予想通り雲雀は足元をフラリとさせて立ち上がった。
「雲雀先輩…」
「約束は約束だ。せいぜい桜を楽しむがいいさ」
桜クラ病にかかったままなのでフラフラしながら立ち去る雲雀を蛍はじっと見つめていた。
そして一つ目を閉じて――決める。
「シャマル先生、雲雀先輩の病気を治してほしいと言ったら…治してくださいますか?」
「ん?そりゃーかわいこちゃんのキッスがあったらな」
「……っ…ご遠慮します」
さすがにそれは勘弁したい。幾ら雲雀の為とはいえ、好きでもない人へのキスは耐えられない。
苦笑いして「それでは皆さん、お騒がせしました」と頭を下げると雲雀の消えて行った方向へと足を向けた。