ジャリ、と革靴が地面を擦る音に雲雀は目を開けた。
桜クラ病という奇怪な病気をかけられてしまったせいで桜並木の真ん中で力尽きてしまった雲雀は体力回復に努めようと目を閉じていたが、誰か来たのではそうも言っていられない。早く噛み殺さねば。
しかし彼の目には見慣れた少女が映っていた。

「大丈夫ですか?今さっき草壁先輩に電話して…直ぐに来てくださるようです」
「…余計な真似だよ」
「ごめんなさい…でも私では力不足で、雲雀先輩を抱えては帰れませんし…、他の風紀委員の先輩は嫌でしょうから…」

確かに蛍の言い分には筋が通っているが、彼にしてみれば誰にだって助けられるのは嫌だ。つくづくあの時妙な病気にかけられてしまったことが悔しくて堪らない。
桜に囲まれているせいで頭がくらくらして思考が定まらない。血の気が引いて青白い顔をしている雲雀を見た蛍は恐る恐る雲雀に申し出た。

「あの……雲雀先輩、こういう場合頭を下にした方がいいんでしょうけど、頭を固い地面につけるのも悪いと思うんです」
「…だから何?」
「せ、先輩がよろしければ……膝でもお貸ししますけど、どうですか?」
「―――――」

一瞬、雲雀の頭の中が真っ白になった。今、この子は何を言った?
病気のせいではなく思考回路を奪われた雲雀は必死に蛍の本意を探ろうとしたが、どう考えても彼女は何も考えてない。膝枕を好きな男にだけしてあげようともったいぶるわけでもなく、雲雀に恩を売っておこうと計算しているわけでもない。ただ目の前の病人の具合をよくすることしか考えてない、お人好し。雲雀は重いため息をついた。
まったく、本当にこの子は――…。

「嫌になるよ、この僕をこんな気持ちにさせて」
「ご、ごめんなさい…!」
「…膝、貸してくれる?」

頭をゆっくり持ち上げて蛍の膝に落ち着けた雲雀は柔らかい感触に目を細めた。
とりあえず草壁が来るまでは蛍の膝で休むことに決めた。
ふと視線を移せば蛍が持ってきた弁当が目に入る。そういえば花見のために作ってこいと言っていたなと思い出した雲雀はゆっくりと目を閉じながら蛍に告げた。

「…それ、後で学校で食べるから」
「は、はい…!以前、美味しいと言って下さった卵焼きもありますので」
「うん」

ひらりひらりと桜の花びらが舞い落ちる。それを「綺麗ですね」と微笑みながら見ていた蛍の柔らかく黒髪に花びらがつく。
何故かそれを取るのをもったいなく感じた雲雀は黙っていることにした。自分以外の誰かが見るわけでもない。しばらくこのまま放っておいてもいいだろう。草壁が来るまでに取ればいいだけの話だ。
満開の桜の下、蛍に膝枕された雲雀は、たまにならこんな花見でもいいなと密かに思った。

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