1
翌朝、学校に行く途中に子供を探す母の霊の姿を見かけた。一護は声をかけようかと思ったが、周りに人が居たのでやめた。
学校の教室で、一護は啓吾たちと喋りながらHRが始まるまでの時間を過ごす。ふと、その時誰かがぶつかった。誰かと振り向けば、そこに藤咲巴が立っている。でもぶつかったのは佐倉ではくて、その傍らに立っている子供の霊だった。
一護が藤咲の存在に気付いたのは、何気ないある日、教室から出てきた藤咲は、その後ろにざっと数えて二十人の浮遊霊をぞろぞろと連れていた。霊が見えない人でも、たまに浮遊霊に憑かれた人を見る。しかしあの数は異常だった。一護以外、誰一人そのことに気付いていない。一護だけが、その姿を見ることができる。
その後も、藤咲はよく浮遊霊を連れて歩いていた。あるときは一人、あるときは三人、あるときは…とにかく沢山。
藤咲は、自分が霊を引き連れて歩いてるなんて知らない。多分、藤咲は霊が見えてないと思う。それに今も、子供の霊が自分の制服の裾を掴んでいる事を知らないだろう。
「一護?どうかした?」
余所見をしている一護に、水色が言った。「いや、別に」と俺が言うと同時に、担任の越智サンが教室に入ってきた。
バラバラと生徒が席に着く中、藤咲も自分の席に着く。その傍らには子供の霊を連れて。
一護はハッとした。さっきは近くて気がつかなかったが、佐倉が連れている子供はあの母親の霊が探している子供の霊に特徴がよく似ている。昨日成仏していった少年が見た女子というのは藤咲の事か。
だったら話は早い。藤咲から子供の霊を離して母親の所に連れて行けばいい。でもどうやって?
子供が藤咲にピッタリくっ憑いている手前、霊に対して何かを言えば藤咲に不審がられる。だからといって霊が憑いてるから、なんて言えば藤咲を驚かせることになる。
HRが終わり、一限目の数学の授業が始まる。白髪頭の教員が教室に入ってきて、サクサクと授業を進めていく中、一護は藤咲とその傍にいる子供の霊の様子を伺っていた。子供は時折黒板を見たり藤咲のノートを見たり、体育座りをしたりして暇を潰しているような感じだった。そして、もちろん藤咲はそれに気付かない。
一限目が終わって、教員が教室を出て行った。ノートを取る事を完全に忘れていたので水色にノートを借りてそれを写した。
藤咲は自分の席から離れて、小川と喋っている。その傍らにいる子供の霊は藤咲の制服の裾を掴んでいる。構って欲しいのだろうか。でも藤咲は霊が見えていない。
このままじゃ子供に寂しい思いをさせる事になる。少しでも早く母親と会わせてやりたい。
「一護?」
水色が一護の顔を覗き込んだ。「あぁ、悪い」すぐに写すから、と一護がまたノートに向かうと、水色は心配しているような顔でこう言った。
「恋煩い?」
バチッ と、一護の額に折れたシャーペンの芯が当たった。こんな事は滅多にない。
「何ぃ!?一護が恋煩い!!相手は誰だ!白状しろ!!」
「うっせ啓吾。どこをどー見たらそういう解釈ができんだよ」
水色は小さく笑い「だって」と言って一護が見ていた方をチラ見した。
「別に、そういうんじゃねーよ」
「ふぅん?」
水色はまだ何か言いたそうな顔で笑っている。その横の啓吾は煩く喚く。
藤咲が二人やたつきみたいに喋れたら、一護は迷わず藤咲に声をかけて今日の放課後にでも母親の霊がいるところまで連れて行くだろう。でも藤咲とは、生憎同じクラスになってから、ぶつかりそうになった時に一言交わしただけだ。あぁ、どうにか藤咲からあの子供の霊を離す方法はないか。
二限目の途中、朝から降っていた雨が上がった。晴れはしなかったが、薄雲が流れていくのが分かった。その時、子供の霊が藤咲を離れて窓の方へ行った。暫く空を眺めているようだったけどチャイムが鳴って生徒が起立すると同時に藤咲の元に戻った。
休み時間、気づけば教室に藤咲の姿がない。その代わり、藤咲の席には子供の霊が座っていて、椅子から垂れた足をぶらぶらとさせていた。三限目の移動にも子供の霊は藤咲の傍を憑いて離れなかった。
三限目の始まりに上がったはずの雨がまた降り始めた。今度は雨と風が強く、理科室の窓を揺らした。終わりの頃には嵐のようになっていた。理科室の窓から見える校庭は小さな湖のように水が溜まっていて、すぐ手前の深緑の木がもみくちゃにされている。その時、一瞬空が白い光に照らされた。
「あぁ、雷だ」
外の様子が気になって授業を聞く生徒が殆どいなくなった時、理科の教員が外を見て呟いた。数秒後、低く唸るような音が聞こえてどこかで雷が落ちた事が分かる。
「天候は二学期にやるから、その時にまた勉強するよ。だから今は地質に…」
と言いかけたとき、丁度チャイムが鳴って生徒が教科書やノートを片付け始めた。しょうがない、という顔で教員は授業を〆た。
バリバリバリッと空が裂けるような音がした。遠くで誰かが「雷雲が上空にあるんだ」と話しているのが聞こえる。窓の外は昼間だというのに真っ暗で、明かりのない外はまるで廃墟の街のようだ。その暗黒の空と稲妻を恐れて、誰もが足早に理科室を去っていく中、一人藤咲は腕に教科書類を抱えて窓に近付いた。その佐倉の傍に小川が近寄る。
「ねぇ…巴、早く教室戻ろうよ…」
「あ、うん…」
その時、まるで爆発が起きたような音とともに、青い光が窓いっぱいに映した。小川が小さく悲鳴をあげて藤咲にしがみ付いて、藤咲も体を硬直させたまま動かなかった。そして、理科室の明かりが消えた。
「停電?」
水色が煌々と光るケータイを片手に言った。だが電気のスイッチの所で理科の教員が笑っていた。
「ほら、早く帰らないと雷が落ちるよ」
教員がスイッチを切っただけだった。
小川は青ざめた顔で藤咲と一緒に駆け足で理科室を出て行った。また、ふわっと何処からか子供の霊が現れて藤咲の後ろにピッタリくっ憑いた。
四限も子供の霊は藤咲にピッタリくっ憑いたまま時間は過ぎて、そのまま昼休みとなった。
「たつきちゃん見て見て!今日はね、イチゴとマグロのネギ塩ソース焼きだよ!」
「はいはい、おいしそうね」
藤咲は井上やたつき達と固まって弁当を広げている。隣に座る小川と言葉を交わしながら、早々に食事を終えて、ふらっと教室を出て行った。子供の霊も例の如く憑いて行く。
予鈴と同時に戻ってきた藤咲と子供の霊は、その後二人一緒に授業を受けた。藤咲の制服が少し濡れていた。外は小雨の雨になっている。藤咲は外に出たのだろうか。
午後の授業も過ぎ、今日一日見ていて分かったのだが、子供の霊は藤咲の傍を離れる様子がない。母親を恋しがってはいないのだろうか、それとも実は全く無関係の子供だったのだろうか。
「じゃあ、部活終わったら教室にもどってくるから、待っててね」
放課後、小川が藤咲にそう言っているのが聞こえた。
一人、また一人と教室から人が出て行く中、昼休みに一緒に弁当を食べていたメンバーが固まって喋っている。
藤咲は放課後まで残るのか…。そうだ、藤咲がここにいるなら、俺が母親を連れてくればいい。
「藤咲」
一護は多少不審に思われる覚悟で思い切って藤咲に話し掛けた。藤咲はくるっと振り返って一護を見上げた。すると他の女子も一護を見た。
「今日…放課後残りか?」
「…え?」
「巴はね、今日は図書委員で残るんだって」
眉根を寄せて聞き返す藤咲の代わりにたつきがそう答えた。そしてそのまま「どうかした?」と。
「いや、別に」
一護はそれだけ言うと、じゃあな、と片手を上げて教室を出て行った。
そして、曇り空の中、水溜りを避けながらあの母親の霊の元へと向かった。