度重なる咆哮が轟いていた
地響きを伴う足音がそれに続き荒涼とした地面を踏み荒らす
山羊のようにねじれ曲がった二本の大角。
首から上には膨れ上がった馬面とでも言うべき醜悪な顔面。
盛んに吹き出る鼻息と呼応するように真っ赤な眼球がぎょろぎょろと蠢き獲物の姿を睥睨する。
怪物と称するに相応しい巨躯を進撃させ、夥しい数の黒い塊が、鈍器を持つ太い腕を頭上高く振りかぶった。

「盾ェ、構えぇッーー!!」

号令とともに打ち上がる、数多の衝突音
怪物達の進撃を掲げられた何十枚もの大盾が受け止める。
その突撃の威力を物語るように、盾を構えた者達の踵が地に埋まった。

「前衛、密集陣形を崩すな!後衛組は攻撃を続行!」

凶悪獰猛な怪物──モンスターを迎え撃つのは、複数の種族からなるヒューマンと亜人の一団だった。
二枚の巨盾を構える筋骨隆々のドワーフ、矢と魔法を間断なく打ち込むエルフと獣人、褐色の肌のアマゾネスの姉妹は戦場を駆けめぐり、味方の射撃をかいくぐりながらモンスターへと斬りかかる。


前陣衛後衛に二分される部隊の中、陣の中心でばさばさと風にあおられるのは、一本の旗だ。
刻まれているのは滑稽な笑みを浮かべる道化師のエンブレム
一柱の『神』と契りを結んだ、『属眷』の証。

一本の草木もない荒れ果てた大地。岩や砂、全てが赤茶色に染まった茫漠たる大空間。
舞い上がる砂煙に霞む景色の奥には、遥か上方にまで届く巨大な壁、そして空を塞ぐ天井。
何十もの階層を積み重ねた『地底深く』。
決して地上には届かない雄叫びを張り上げながら、人とモンスターが戦闘を繰り広げる。

「ティオネ、ティオナ!左翼支援急げッ!」

この戦場にて誰よりも小柄な少年──小人族(パルゥム)の首領の指示が、的確かつ矢継ぎ早に飛ぶ。
戦いの趨勢を見極める統率者の声は高く鋭い。
目まぐるしく移ろい傾きかける戦況を彼の指揮が幾度となく立て直す。

「あーん!体がいくつあっても足らなーいっ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで働きなさい!」

命を受けたアマゾネスの姉妹が疾走し、三体のモンスターを一瞬で斬り伏せる。
事実、悪夢のような光景であった。
どこからともなく現れるモンスターの大群。
屠れども屠れども途切れることなく押し寄せ、その数をもって呑み込もうと襲いかかってくる。
一匹一匹が大の大人を易々と越すその巨体は、化石の骨にも似た棍棒型の鈍器を振り回し、最前線で盾を構える者たちの顔を苦悶に歪めた。肩を並べ密集し合った彼らの防衛線はじりじりと後退していき、半円を描く陣形がその規模を小さくしていく。亜人たちの一段は押されつつあった。

「リヴェリア〜ッ、まだぁー!?」

アマゾネスの少女の声が向かう先、前衛組が庇うその背後。
魔法と矢を連発する魔導士や弓使いに囲まれた中心から、その美しい声は絶えず紡がれていた。

「【――間もなく、焔は放たれる】」

翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束。浅く水平に構えられるのは白銀の杖。
細くとがった耳を生やした、絶世の美貌を持つエルフ。

「【忍び寄る戦火、免れぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

この戦場の仲で誰よりも美しく在る彼女は、その玲瓏な声で呪文を紡ぐ。力強く、流麗な旋律を持つ『詠唱』。
足元に展開された魔法円は翡翠色に輝き、無数の光粒を舞い上がらせる。
その柳眉を逆立て、彼女は呪文を紡ぐ唇はそのまま、前方の一点を強く見据えていた。

流れるその詠唱を耳にしながら誰もが力を振り絞る。
まだかまだかとその瞬間を待ちわびるように、己のはを食いしばった。

一方で、モンスターの群れの中でも一際巨体を誇る一体が仲間さえ蹴散らしながら驀進し、自らが待つ獲物を大上段に構えた。
迫りくる巨影に正対することになった前衛の一人は、盾の隙間からその両目を見開く。
尋常ならざる膂力から解き放された一撃は、構えられた盾へと食い込み、そして周囲を巻き込んで、前線の一角を吹き飛ばした。

「――ベート、穴を埋めろ!」
「チッ、何やってやがる!?」

こじ開けられた防衛線。遊撃を努めていた狼人が急行するが間に合わない。数匹のモンスターの新入を許す。
それまで前衛に守られていた魔導士達が青ざめるのと、フォモールの攻撃が炸裂するのは同時だった。

「レフィーヤ!?」

一人の少女が吹き飛ぶ。直撃こそ避けたものの、地面を粉砕した鈍器の一撃は、その衝撃波で細身の身体を殴り飛ばした。

地面に転がった少女へ、黒い影が被さる。
凶悪な獣面のフォモール。先程仲間の壁を突破した、あの超大型。自身を見下ろす赤い目玉に射すくめられ、少女は時を止める。彼女の瞳に、振りかぶられた鈍器が移った。
直後。
斬撃。

「えっ?」

彼女の視界に、金と、銀の光が走り抜ける。
間髪入れず、フォモールの体が血しぶきを噴出させ、宙に舞い上がっていた首が地面へと落下した。

茫然とする少女の視線の先。
長い金の髪を流す女剣士が、ヒュンッと、無言で銀の剣を振り下ろす。

「アイズ!」

前衛方面、一部始終を見たアマゾネスの少女が歓呼する。
アイズ、と呼ばれた彼女は、尻餅をついている少女の無事を確認すると、すぐにその場を動いた。
風邪の音とともに、銀の剣閃が瞬く・
後方に侵入していた残りのモンスターを肉薄し、一撃必殺、魔導士や弓使いの眼前で一基にフォモール達を全滅させた。

「ちょ、アイズ、待って!?」

制止の声を振り切り、未だ大挙して攻めかかってくるフォモールの大軍へと突っ込む。
盾を構える前衛達の遥か頭上を、空高く身を躍らせながら、飛び越えた。

「全く…こっちは初陣なのに」

金の髪をした彼女を追うように、今度は白銀の髪の小さな女剣士も同じように飛んで行った。
彼女ただ一人がアイズに追従できるのだった。
白銀の少女は討ちもらしを潰しつつアイズに付いて行く。

斬撃に次ぐ斬撃。近づくモンスター全てを断絶する剣劇の嵐。華麗であると同時に残酷な一挙手一投足が、向かってくる巨椀をすり抜け、胴を、首を次々に斬り飛ばしていく。

そして後方、莫大な魔力の高まり。ついに紡がれていた長大な詠唱が完成へと至ろうとする。

「アイズ、ソフィア、戻りなさい!」

自分たちの名を呼ぶ声に、少女たち――アイズとソフィアは後ろを一瞥し、跳んだ。
怒りの声を上げるモンスターたちに仰がれながら、空中で大きな孤を描き、蜻蛉を切って自陣中央へと着地、帰還する。

「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!」

次の瞬間、弾ける音響とともに魔法円が拡大し、アイズたちの、全てのフォモール達の足もとにまで広がった。
全領域が効果範囲内。
白銀の杖を振り上げ、エルフの魔導士、リヴェリアは己の『魔法』を発動させた。

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

大炎。
大きく拡がった魔方陣の中に勢いよく業火が立ち上ぼる。
団員以外のモンスター全体は燃やし尽くされ、跡形もなく消滅し後には焼けた地面だけが残る。
熱気と火の粉に満たされ、世界が灼熱に包まれる。
武器を静かに下ろす中。
アイズ達、『冒険者』の顔も緋の色に染め上げられていった。

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