10

その後、結局葉瀬中の負けとなった。これで一勝一敗――――三将の結果によって勝敗が決まる。しかし打つのはヒカルだった。

ヒカルの実力は最初からわかっていたことだし、終局まで優しく見守るかと思ったのもつかの間、加賀がいきなりヒカルにぼそぼそ吹き込みだした。内容は聞こえないがおそらくプレッシャーでもかけているのだろう。
そんな加賀にいろいろ言われて気が変わったらしい。ヒカルはぽろぽろ泣きながら、後ろの佐為を気にするような素振りを取った。その途端佐為が動き出す。

《二人で力を合わせれば逆転できます、絶対!涙を拭いて。打ち間違いをしないで。いきますよ…8の三、ツケ!》


二回戦が終わるとすぐに昼休憩に入った。

「お疲れヒカル」
「おー…」

声をかけても微妙な相槌しか返ってこない。佐為に打たせざるを得ない状況に陥ったことが悔しくって、巴の相手どころじゃないのだろう。

「し、進藤くん?その人は?」

ヒカルの背後からひょこっと出てきたのは、副将だった眼鏡の生徒。

「初めまして。私、ヒカルの友達なんです」
「あ、どうも…」

眼鏡の生徒の頬がぽっと色づいた。続いて巴はその横に立つ加賀にも声をかけた。

「お強いんですね。どちらもアッサリ勝っちゃって」
「どーも…見ない顔だけど、アンタどこ中?」
「私、ヒカルと同い年ですけど」
「はぁっ?小学生かよ、見えねー!」

小学生はさすがにナシだな、とかなんとか加賀はブツクサ言っていたが巴は聞こえぬフリをしておいた。

「ヒカル、お昼は?」
「え?昼?…あー、筒井さん達と食べるよ」
「ええっいいよ進藤くん、その子と食べなよ」

眼鏡生徒―――もとい筒井が慌てて言った。

「あ、いいんです。集中してるのに邪魔をするのも悪いですし…じゃあヒカル、決勝も頑張ってね」
「……おー」

浮かない顔のヒカル。この調子だと恐らく決勝も佐為が打つのだろう。

▽▲▽

《17の十四ヒラキ》

コトッ…パチン、

《17の四ツケ》

コト…パチッ、

海王中との決勝戦、やはりヒカルは佐為に打たせていた。でもそれを知っているのは巴だけ。みんなすっかりヒカルが上級者だと思い込んでいる―――本当は佐為が打っているのだが。

『ヒカル、いいですか』

対局を続けながら佐為が言う。

《ただ人形のように打つのではなく、私の一手一手に石の流れを感じなさい。
私はこれからヒカルに見せるための一局を打ちましょう。この一局の石の流れをそのまま見つめなさい。ヒカルにはもうできるはず。それが最初の一歩ですヒカル!あなたは目覚めた―――》

それは美しい一局だった。このままずっと見ていたいと思えるくらい――――しかし終わりは訪れる。

「…っ、ありません」

負けを悟り海王の学生が投了した。決して弱い生徒ではなかった、よく粘っていたと思う。
佐為の前ではあっけなく散ってしまったけれど、これはヒカルと佐為だけではできない一局だったのだ。

彼らの試合を見届けた後、巴は碁盤から顔を上げる。それと同時に驚いた。
いつのまにいたのか、塔矢アキラが真剣なまなざしでヒカルのことを見つめていたのだ。

ALICE+