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校長先生の言葉が右耳から左耳へと抜けていく。
アキラの頭を支配していたのは、とある少年の存在だった。少年の名前は進藤ヒカル、同世代では負けナシだったアキラをあっさりと負かした子。海王中の校長から碁の話題が出れば進藤の顔が頭をチラついて、まったく先生の話に集中できない。

――――進藤は何者なんだろう。どうして彼ほどの人が今まで無名だったんだろう。あれだけ実力があるのに初心者だって?そんな馬鹿な…僕はもう彼に二度も負けているし、お父さんだって進藤のことは気にしている…ただの子どもじゃない、絶対に。

「…くん、…塔矢くん」
「はい!?」

しまったボーっとしすぎた。慌てて返事をすれば、海王中の校長がにこやかに言った。

「今日は中学の囲碁大会をやっているんです。うちの囲碁部を一目見てください。なかなかのものですよ」

そうは言われても、アキラは気が進まない。今日は父に言われたから挨拶に来たのであって、大会になんて興味無いのだ。

「海王の囲碁部のレベルが高いことは知っています。でも僕は…」
「まァそう言わずに。ほら、あそこですから」

結局、うまく断る口実が見当たらなくて、アキラは会場となっている教室へ向かった。チラッと見てすぐに帰ろう――――そう思っていたアキラは、教室へ入った途端はっと息を呑む。

進藤ヒカルが打っていたのだ。

▽▲▽

進藤が小学生だと発覚したために葉瀬中は失格し、大会は幕を閉じた。前代未聞の事態に教室中がざわついている――――しかしアキラにとって、そんなことはどうでも良かった。
目の当たりにした進藤の力…打ち所のない、素晴らしい一局。彼の実力は本物だ。

「塔矢!」

アキラがいることに気付いて、進藤が近づいて来た。

「…美しい一局だった」

アキラは素直に思ったことを述べながら、心のうちで決意する。
彼から逃げてはいけない。この進藤ヒカルを恐れては、僕は前には進めない。僕はもっと上にいく。そのために彼へと立ち向かっていかなくてはならない。

「進藤くん。君を超えなきゃ神の一手に届かないことがよく分かった。だから…僕はもう君から逃げたりしない」
「塔矢…」

そうと決めたからには、さっそく帰って碁の勉強をしよう。彼に、進藤に、追いつくために――――意気揚々と振り返って、アキラは固まる。視線の先に高嶺巴がいたから。
彼女はとても複雑そうな顔でこちらを見ている…というか、どうして高嶺さんがこんなところに?

「高嶺さ、」
「巴!」
「えっ」

耳を疑う。何故、進藤が彼女の名前を…。
ピシッと固まって動けない塔矢の横を、進藤が軽やかにすり抜けて行った。

「オレ、なんかめちゃくちゃやる気出てきた!今からお前の家で打たせてくれよ!」
「……ヒカルってさ、前から塔矢と知り合いだったの?」
「え?お前も塔矢のこと知ってんの?まあこいつ有名人だもんなーそりゃ知ってるか」
「いや、そういうんじゃなくて…」
「つーか何でもいいから早く行こうぜ、ホラ!」
「まだ表彰式とかあるんじゃないの?怒られても知らないよ」
「いいから!」

進藤は強引に高嶺の手を掴むと、そのまま彼女を引っ張って行く。取り残されたアキラはいつまでも固まっていた。

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