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大会の翌日、月曜日。
巴が教室に入った途端、待ってましたとばかりに塔矢がぴゅーっと近づいてきた。

ヒカルが以前に碁会所で会ったという少年が、まさに塔矢だったこと。なんやかんやあってヒカルーーというより佐為が塔矢を二度も負かせたこと。彼はずっとヒカルのことが気になって気になって仕方が無かったに違いない。そんな状況で巴とヒカルが知り合いだったのが発覚。もう囲碁の世界から離れたとばかり思っていた少女が、再び囲碁と向き合っていた。ヒカルと一緒に。

「高嶺さん!」

塔矢はすごい剣幕。この後はどうせ「進藤って何者なんだ!?」とか、そんなところだろうが…佐為の話をするわけにもいかない。

「塔矢、どうしたの?そんなに怖い顔して…」
「進藤とはどんな関係なの!?」
「なに急に」
「高嶺さんと進藤は、どういう…」
「えーと」

机にランドセルを置きながら少し考える。どんな関係、と言われても、幽霊を介して知り合ったなどと言えるわけもなく。

「友達だよ、友達」
「…ただの友達?」

浮気を疑う彼氏みたいな発言だな、と思った。塔矢が気になってるのってそういうことじゃないでしょうと。ヒカルの強さについて知りたいんじゃないのかと。

「最近仲良くなったんだよ。塔矢こそヒカルと知り合いだったんだね、びっくりしちゃった」
「…進藤のこと名前で呼んでるんだ」

塔矢はとても深刻な顔をしている。なんでそこが気になるのか。

「HR始めますよーみんな席について!」

タイミングが良いのか悪いのか、ここで担任の登場。塔矢は物言いたげな視線をちらっとだけ寄越すと、すごすご席へ戻って行った。

▽▲▽

昼休みに入ると塔矢は真っ直ぐ私のところに来た。

「今日、一緒に碁会所へ行かない?」
「…教室ではその話、止めようよ」
「止めない。だって隠すようなことじゃないでしょ?」

照れることもなく塔矢はキッパリとそう言った。色んな意味で大物だよキミ。でも残念、今日もヒカルと約束してるんだ。

「ごめん、私、用事あるから」
「……もしかしてまた進藤と打つの?」
「うん、まあ、そんなところ」
「………どうして、進藤とは打つのに、僕とは打ってくれないの?」

だんだんと塔矢の表情が硬くなっていく。なんていうか私が彼にひどい意地悪をしているような気分だ。なにこの居心地の悪さ。

「高嶺さんがまた碁を始めたのって……進藤が関係しているの?」

それには流石に巴も直ぐには言葉が出てこなかった。
そうして少しの間を置いて話し出す。

「……違うよ。厳密に言えば、“ヒカル”じゃない」

そう。ヒカルを介した佐為の碁がきっかけだった。
亡き父の碁の面影が見えた、あの時の佐為との碁が。
――そして、先日の大会で偶然見たヒカルの内なる何かと、ある言葉が巴の中で渦巻いていた。

「塔矢、私ね、海王に行くの止める」

心ここにあらず状態で私を見ていた塔矢は、そこではっと息をのんだ。信じられない、という顔をしている。

「…今、なんて?」
「聞き間違いじゃないよ。海王には行かない。私は葉瀬中に行くよ」
「そんな…どうして」

あんなに勉強して主席で通ったのに。これからも僕と一緒だと言ったのに…何も言わなくても塔矢の心の声が伝わってくる。でも、ごめん。

「彼も……進藤も葉瀬中に入るよね」
「まあ、校区的にそうなると思う」
「そして高嶺さんも海王を辞めて葉瀬に行くんだ。わざわざ遠い葉瀬に…行くんだよね」

バレバレである。自分は塔矢に余計なことを喋りすぎたのかもしれない。

「……悔しいな」

とうとう無言になった巴を塔矢はうらめしそうに見つめていた。

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