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葉瀬中に入学して少し経った頃、ヒカルが言った。

「昨日さ、塔矢が囲碁部に来たんだ」
「………なにそれ急に。で、何?塔矢は何だって?」
「もう碁会所には来ないのか、だって。俺を待ってるってさ」
「それでヒカルはなんて言ったの」
「…お前とは打たないって言った。だって今の俺じゃアイツに勝てねーもん。勝てるようになるまで待たせてやるんだ」

それは塔矢、びっくりしただろうなぁ。塔矢は引き続きヒカルが好敵手だと勘違いしている。その好敵手の学校にわざわざ乗り込んできてまで勝負を申し込んだのに―――あっさりフラれたのだ。

《あれを打ったのは私なんですけどねぇ》

ヒカルの後ろで佐為がぼやいた。

「ヒカルはもう佐為には打たせないの?」
「うーん…とにかく、なるべく自力でやってく」

周りの子には聞こえないようにボソボソ問いかければ、ヒカルも小声で返答した。その内容に落胆したのは佐為だ。

《そんなぁー!ヒカル!!私もっ!私も打ちたい!!》
「お前は巴が毎日打ってくれてるだろーが!」
《それはそうですけどぉ…くすん、くすん。…塔矢の前に、ヒカルは筒井さんに勝たなくちゃ。まだ一度も勝ててないじゃないですか》
「ぐっ…でも筒井さんの前に巴だよなあ。俺、お前にも負けっぱなしだし」
《なに馬鹿なこと言ってるんです。巴の方が筒井さんよりずーーっと強いですよ」
「え、そーなの?」

ヒカルはこんな感じで見当違いなことばかり言う。佐為はたまにヒカルを気にしているような素振りをとるけど、今のところヒカルのレベルはこんなものだ。そのヒカルが塔矢に追いつこうと、最近は色々頑張っている。3年生の筒井と囲碁部を創設して、部活の無い日は私の家で打って、三人でああだこうだ検討もして。でも、今のままでヒカルは本当に塔矢に追いつくことが出来るんだろうか。

「それより巴〜後で英語教えてくれよ」
「ヒカルってば…勉強なんてやってる場合じゃないんじゃない」
「はぁ?何言ってんだよ。ガリ勉のくせにー」

私が海王を蹴って葉瀬に来ると告げた時、ヒカルは死ぬほどびっくりしていた。なんで、と理由を聞かれたけど「セーラー服が着たいから」という無茶な嘘で乗り切ったのは記憶に新しい。

▽▲▽

5月になるとヒカルは囲碁部の団体戦に出るため、メンバー集めに奔走しだした。しかし囲碁なんてマイナーもいいところ、そんな簡単に部員が集まるはずも無く、かなり苦労しているようだった。

「くっそーなんで巴は女なんだよ!男だったらお前と俺と筒井さんで団体戦も出れるのにさー…お前男装して出ろよ、俺も前は中学生のフリして出たし」
「それ本気で言ってる?私のこの容姿で男のフリ?バレるに決まってんじゃん、どう見たって可愛い美少女なのに」
「自信家だよなぁお前も…つーか巴、最近お前に渡してくれってスゲー数の手紙もらうんだけど。あれどうにかしてくれよ」
「私が異性にモテるのは昔からだから。ヒカルと仲が良いのは周知の事実だし、仕様がないんじゃない?」
「おっまえなぁ…」

《こら、集中なさい!》

ベラベラ話しながら碁を打っていた巴とヒカルは、佐為に怒られ、仕方が無いので無駄話をやめて再開する。形勢はかなり一方的。ヒカルも粘るけれど、いい加減に投了の潮時。5石置いてもヒカルは巴に敵わなかった。

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