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塔矢が一足先に合格を決めた。怒涛の連勝だった――――周囲は「やっぱりな」という感じ。

「今日で塔矢のやつが24勝で、その下に20勝の辻岡さん伊角さん、さらにその下に19勝の本田さん真柴さん高嶺、かぁ……お前、次は誰と?」
「真柴さん。来週は辻岡さん、最終日には伊角さんとの対局も残ってるし…まだ可能性あるよ。和谷くんは次、誰と?」
「…塔矢」

和谷がウンザリした様子で言った。気持ちはわかる。もう合格決まってる奴相手じゃ勝っても引きずり落とせないし、テンションは下がるものだ。

「今年はもう9敗したし…また来年、か。何年院生やればいーんだろなオレは」
「……」
「お前は、頑張れよ。まだまだ可能性残ってんだ。塔矢に続かねーと」
「…うん、そうだね」

和谷はいいひとだ。気分は最悪なのに、知り合って間もない巴の背を押そうとしている。嫌味とかそう言うのナシに。残り5戦、気は抜けない。


いつの間にか街は秋一色になっていた。
雑貨屋ではハロウィーンのグッズが、服屋では冬物のコートが早くも売られている。

「高嶺、さん?」

聞き慣れた声に顔をあげれば、カチンと固まっている塔矢がいた。巴が何か返事をする前に、彼はハッと右手で口を覆ってしまう。一切話しかけるな、という例のアレを忠実に守ろうとしているのだろう。

「ごめん」
「あ、待った」

そそくさ立ち去ろうとする塔矢の肩をなんとか捕まえる。いい機会だから謝ってしまおう。

「塔矢いま時間ある?」
「え…ある、けど」
「じゃあちょっと歩かない?」
「……うん」

驚きながらも塔矢は頷いた。嫌がっている雰囲気も無いし、とりあえず安心して歩きだした。


「……」
「……」
「…この間は、ごめんね」
「え?」
「ひどいこと言っちゃった、塔矢に」
「そんなことは、」
「いや、八つ当たりもいいとこだったよ。試験のこと、最初からヒカルにちゃんと話してればああはならなかったのに……だからその、私たちの喧嘩は塔矢のせいじゃないからね?」

塔矢は浮かない顔で巴の話を聞いている。

「話しかけないで、っていうのも、できたら撤回させてほしいな。我ながら勝手だなぁと思うけど。ちょっと頭に血がのぼってただけで、塔矢のこと嫌になったわけじゃないし。いや本当に」
「……」
「だから…って、やっぱりダメかな?」
「え?」

そこで塔矢がぽかん、と口をあけた。

「あっいや、僕はもちろん構わないんだ」
「? そ、そう…なら良かった」
「それでその、進藤とは仲直りしたの?」
「いや、まだ。とりあえず試験が終わってからかな…今は私もソワソワしてて落ち着いて話せる気しないし」
「そうなんだ…」

重い沈黙。いつのまにか市街地を抜け、大きな市民公園まで来ていた。向こうの方に子ども向けの遊具が見える。塔矢やヒカルよりも小さな子どもが笑いながらブランコに乗っている。

「高嶺さんは」

沈黙を破ったのは塔矢だった。真っ直ぐに巴のことを見ている。

「高嶺さんはどうして進藤を追うんだ?」
「別に追っているわけじゃないけど…」
「でも…君はいつも彼のそばにいる」
「そんなに一緒にいるかな?」
「いるよ。十分すぎるくらい」
「そうかな…でも、うん、そうかもね」

確かに佐為・ヒカルペアとはよく一緒にいる。特に中学に入ってからは朝も昼も夜も…ヒカルの生意気な発言をハイハイ聞き流して、時には軽い言い合いをして、佐為と碁の話をして…自分で思っていた以上に彼らと一緒にいた。

「ヒカルと話せていないせいかな、最近はずっと調子悪いよ。頭が鉛みたいに重くてさ」
「……」
「ていうか、うん、正直、寂しいんだと思う」

今まで家では一人で過ごすのが常だった。でも、最近は違った。
今まで別段寂しいとか感じたことすらなかったのに、一度味わってしまうと、こうも寂しいのかと思い知らされた。
きっとヒカルたちに会えないことが、それなりに堪えている、気がしなくもない。

「塔矢は?」
「えっ?」
「塔矢も、物足りないって思ってるんじゃない?ヒカルが…ヒカルが、あんな感じだったから」

語尾をかなりぼかしてしまったが、塔矢にはバッチリ伝わったのだろう。目に見えて動揺していた。

「物足りない?別にそんなこと…僕は進藤のことはなんとも…なんとも、思っていない」

嘘ばっかりだ。ヒカルがsaiなんじゃないかって、あんなに血相変えて確かめに来たくせに。

「……塔矢」
「なに?」

良いことを思いついた、気がした。

「私とデートしよう」
「えっ」

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