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「ねえ…本当に来たことないの?」
「うん。こんなに騒がしいものなの?ゲームセンターって」
「だいたいね、こんなもんじゃないかな」

場馴れしてない様子できょろきょろとゲーセン内を見渡す12歳男子、塔矢アキラ、やっぱりこういう俗な文化は知らなかったか。別に変なこと教えてるわけでも無いのに、軽犯罪に手を染めている気分になるのはなんでだ。

「あ、これ知ってる」

キョロキョロしてばかりの塔矢がUFOキャッチャーに反応した。
オーソドックスなものは知っているらしい。

「この人形を取るんだよね」
「そう。やってみる?」
「え?いや、いいよ、僕こういうの苦手だし」
「じゃあ私がやるから見ててよ」
「えっ」

塔矢が止める間もなく500円(3回分)を投入し、いざ開始。巴が操作している間、塔矢は横で「うわ」だの「おお」だのややオーバーなリアクションをしていた。そして運命の3回目、ばっちりクマの人形を落とした巴を塔矢は尊敬のまなざしで見つめていた。

「すごいね!」
「まぁね。趣味じゃないと思うけど、あげるよコレ」
「えっでも」
「こういうのは思い出だからね、思い出。はい」
「じゃあさっきのゲームのお金…」
「いや、そういうのはいいから次に行こう。あれなら二人で出来るけど、どう?」

そう言って巴が指差したのは「ドラムの達人」。ようは太鼓のアレと同じような感じ。

「…っていう具合に音楽に合わせて叩くんだけど、やらない?」
「うーん、よくわからないけど、やってみる」

さっきのUFOキャッチャーでテンションが上がっているのか、こちらは快諾。しかし困ったのは選曲だった。塔矢は想定以上に音楽を知らない…テレビとか置いてないのか。

「ごめん、こういうの疎くて…」
「え?大丈夫大丈夫、全然いいよそんなの」

結局、塔矢はあまり良い点数を出せなかったけれど、後半は楽しそうに叩いていたのでオーケーとする。

お金をあんまり使いすぎるのも良くないし、その後適当に数ゲームだけやると、ゲーセンを出て二人でアイスを食べた。思った通り塔矢は買い食いの免疫がなくて、最初はかなり渋っていた。

「高嶺さんはいつもこんなことやってるの?」
「いつもってわけじゃないけど、まあ、他の友達に連れられてね」

アイスを食べ終わるころには空は夕闇になっていた。もうちょっとしたら冷たい風が吹きすさぶ季節になる。

「高嶺さん」

さっきまで楽しそうに笑っていた塔矢が、今は困ったような顔をしている。

「……何?」
「どうして今日、こんなことを?」
「え、楽しくなかった?」
「そんな、楽しかったよ!」

即答した後、「いやそういう意味じゃなくて」と塔矢は頭を横に振った。

「だからつまり…プロ試験の合間に、こんな…」
「…私、こないだの日曜と火曜で2連敗してるんだ」
「うん、知ってるよ」
「違う相手に連敗って…正直今までになかったからさ。
自分の甘さがよく分かったよ。囲碁教室に通ってた頃の……あの時とはもう違うんだって」

巴がアキラと同じ囲碁教室に通っていたころ、巴も同い年で自分と対等に打てるのはアキラだけだった。
棋士の父親を持つ者同士、気も合ったし、実力も同じだった。でもそれは幼少のころの話。
プロを目指すなら、その扉がどれほど険しいか…それまで分かっていなかった。自惚れていたのだ。

「気分転換したかったんだよね。暗い気持ちのまま3連敗なんて嫌だし…今の連敗は、技術的なことじゃ無くてメンタルの弱さからきてる気がする。って、さすがにそれは言い訳かな。
……気分を変えるついでに、塔矢の英気を分けてもらおうかなーって。なんてね」

ふふっと軽く笑った後、少し迷う。胸のうちの想いを言うか、言うまいか…結局は口にした。

「ヒカルのことなんだけど」
「!」
「ヒカルはまだまだ私より弱いし、ヘラヘラしてることもあるけどさ…きっと今すごく頑張ってると思う。塔矢に追いつくために」

ヒカルはまだまだ実力不足。でも師匠はなんといってもあの佐為、きっとこれから伸びると思う。それが塔矢に届くかどうかは、なんとも言えないが。

「それまで待ってほしい、とかは、言わないよ。アイツがどこまで腕を上げれるかなんて誰にも分かんないし」
「……キミはどうして、進藤を…そんなに信頼しているの?」
「……なんでかな。でも、多分あの子は強くなるよ。きっとそのうち急成長してくる。そんな気がするの。
ヒカルね…前に、お父さんと同じこと言ってたの」
「え…、」
「“碁盤の上では神様になれる”って……変な言葉かもしれないけど、でも同じだった。
―――同じことを言ってくれる人がいたんだ」

巴はどこか嬉しそうにそう呟いていた。
それを聞いているアキラは複雑な気持ちでいたが。

「プロ試験に実質全勝中の塔矢に、私なんかが言えることじゃないんだけどさ」
「?」
「私はもっと強くなりたい。なるべく早く塔矢に追いつきたいし、追い越したいとも思ってる。生意気でしょう?」

突然の話に塔矢は呆けていた。

「塔矢はライバルがいなくて物足りないのかもしれないけど、私は塔矢のことライバルだと思ってる。もうちょっと私が強くなったら、塔矢もヒカルだけじゃなくて私のこともきちんと査定してよ」
「高嶺さん…」
「で、大口叩いたけど、正直今はまだ自信ない。試験に合格するだけで精一杯だしね。でもまだまだ、これから。だって私達まだ中学一年生だもん。
とりあえず、私はあと5回を死ぬ気で勝ってプロになるから。絶対に、なるから。それから力をつけて…塔矢につまないなんて言わせないから。だからさ、そんな情けない顔しないでよ」
「えっ?」
「気付いてない?最近の塔矢、空気の抜けた風船みたいな顔してたよ」

そうやって笑いかければ、塔矢は一人で百面を始める。困ったような、飽きれたような、嬉しいような、…最近気づいたんだけど、塔矢がこうやって表情をコロコロ変えるのは、自分かヒカルが相手の時だけだ。
佐為のことがあって、塔矢はヒカルに特別な顔を見せる。怒って、困惑して、期待して、絶望して、佐為の碁を思って、表情を変える。そして、

「待ってるよ」

ふと塔矢の顔を見れば、彼は――――嬉しそうに笑っていた。

「僕、高嶺さんが来るのを待ってる」
「……待たなくていいよ、バカ」
「え、バカ!?」
「ヒカルが近づいてきたら絶対にそんな反応しないくせに。もう、余裕ぶってるといつか痛い目みるから」

潔く知る。巴はまだまだ塔矢の眼中にいない。これでライバル宣言したのがヒカルの方だったら、塔矢はあのギラギラした眼で「君なんて近づけさせない!」くらい言うだろうに。それを「待ってる」など、まだまだ舐められているのだ。

「余裕とか、そんなつもりは…」
「いい、もう何も言わないで。全部逆効果になる」
「そんな」
「じゃあまた土曜日にね、さよなら」
「あ、待って!これだけ、これだけ言わせて!」

塔矢は自身を落ち着けるためにスーハー深呼吸をしてから、巴に言った。

「今日はすごく楽しかった」
「……」
「本当だよ。僕はあんまり、こういったことはしてこなくて…いつも碁ばっかりで。でも、それでもいいと思ってた。僕はプロになって父のようになるのだから、遊ぶ必要なんて無いと思ってた」

それは知っている。塔矢のピカピカのランドセルが何よりもそれを物語っていたから。

「それでも今日、高嶺さんとこうして出かけて…本当に、楽しくて。それで…きっとこれは…隣にいたのが高嶺さんだっから……君でなかったら僕はこれほどは…。
僕をライバルだと思ってくれてるっていうのも、すごく嬉しい。だからこそ僕も、そんな君に恥じない打ち手を目指そうと思う」

ん?あれ。

「友達としても、碁打ちとしても、これからもよろしくね」

最終的に、塔矢はそう言ってさわやかに締めくくった。

「……うん、よろしく」

巴はもうそれしか言えなかった。

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