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海王の大将(岸元)の話で、塔矢と自分との距離がハッキリと見えてきた――――悔しいけど、巴との距離も。オレはまだ院生とやらにもなってないのに、巴はその院生をすっ飛ばしてプロ試験を受けて……そして、合格したんだ。
巴がプロ試験に受かったことは筒井さんから聞いた。

――――ビックリだよ。塔矢アキラがプロ試験に合格したんだってこの月刊誌に載ってるんだ。それに、どうして教えてくれなかったの?あの子…高嶺さん!彼女も合格したって…ほら、小さいけどここに名前が載ってる。

巴が院生にもならずに試験をパスしたんなら、オレだって!…と言いたいとこだけど、海王の大将にも全然敵わなかったし、どうやら院生になって地道に力をつけていくのが一番っぽい。そう思ったけど、院生になると部活の大会には出られないしで、とにかく上手くいかない。結局オレは囲碁部を辞めた…三谷も、怒ってやめちまった。強引に誘った張本人が、院生になるから辞めるなんてオカシイって。自分でもそうだと思う……でもごめんな三谷。オレ、何が何でも塔矢を追いかけるって決めたんだ。

……決めたんだけど、やっぱり、辛いや。

《ヒカル…》
「お、落ち込んでなんかねーぞ、佐為、オレはなぁ!」
《そうじゃなくて、前見て、前》
「前?」

ぱっと顔を上げれば、オレの家の前に巴がいるのが見えた。オレが巴の家に行くのはしょっちゅうだけど、思えば巴がオレの家に来るのは初めてだ。何の用だろう。ずっと会ってなかった、久しぶりだな―――

「巴!…(じゃ、なくて)…何しに来たんだよっ!」

笑顔で駆け寄りかけて、慌てて止まる。巴は一瞬だけほっとしたような顔をしたけど、オレの言葉を聞いてすぐに顔を固くした。そんな反応されるとなんだかオレがソワソワしちまうじゃねーか、くそっ。悪いのは色々大事なこと黙ってた巴の方なんだからな。

《まだそんなこと言ってるんですかヒカル?向こうから会いに来てくれてうれしいくせに…》
「うるせー!佐為は黙ってろ!」
「ヒカル、しばらくだね」

巴がゆっくり話し始めた。久しぶりなせいか、巴の声を聞くだけで無性にドギマギしてしまう。

「…囲碁部を辞めたこと、聞いた。院生試験受けるんだってね」
「そーだよっお前にはカンケー無いだろ」
《ヒカル…》
「試験頑張ってね。それと、やっぱり自分の口で伝えた方がいいと思って。もう知ってるかもしれないけど…私、プロ試験受かった」
「知ってる。筒井さんが言ってたから」
「…うん」
《わーおめでとうございます巴!試験どうでしたっ?強い人いっぱい?》

オレがわざと素っ気なくしているのに、佐為が普通に巴に話しかけるからたまらない。もー、これだから佐為は!

「…つーか巴、そんなこと言うためにわざわざオレの家まで来たのかよ」
「だってヒカル、学校じゃ神業のごとく私を避けるし」
「さ…避けてねーよ別に」
「え、なんでそんなウソつくの」
「う」
《ヒカルはねえ、今さら謝りたくても意地っぱりだから謝れな、》
「佐為は黙ってろ!…いいか巴!オレはもうお前とは打たねーからな!オレも碁盤買ったんだ、もうお前の家には行か…ねえ…よ」

それを言ったとき、巴が悲しそうな顔をしたので思わず口が止まる。その顔はズルい。

「…そうなんだ」
「……おう」
「せっかくヒカル用の歯ブラシとか、パジャマとか、一式色々揃えたのに無駄になっちゃうね…」
「え」
「喧嘩する直前に買ったところだったんだ。勿体無いけど、捨てておくね。あとヒカルが前にドハマりしてたお菓子もストックしておいたけど、それも私が全部食べておくね。新しく買った詰碁集の本とか、棋譜とかも一緒に見たらどうかと思ってたけどそれも…」
《えーっなんですかそれ!見たい!見たいです私》

ラストの言葉に佐為が喰い付いた。腕をバタバタさせながらオレに『見たい』アピールをしてくる。

《ヒカル、ねえ、ねえ、いいじゃないですか!本当はもうそこまで怒ってないんでしょ?また行きましょうよ、巴の家!巴とも打てるし、棋譜も見れるし、ねっ?》
「〜〜〜あーもう、わかったよ、行けば良いんだろっ!行けば!!」
《やったー!》

結局、オレはまた巴の家に通うようになった。
”巴ってとんでもない策士だ”――――後日、わざと悲しそうな顔を浮かべてたとか、実はお泊りセットなんて全然買ってなかったとか、色々なことを笑いながら暴露されたオレは思う。巴は、策士だ。

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