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「そんでウッカリ塔矢がオレを追いかけて囲碁部にまで入ったってこと言っちゃってさー、もう大変だぜ。なんで塔矢がお前を?って何回も聞かれんの!」
「院生のみんなはヒカルのこと強敵だと思ってるわけだ?全然そんなことないのに」
「あっ言ったなー!見てろよな、いつか巴なんかちょちょいっと負かしてみせるから」
「ふうん?ちょちょい、っと…?えい」

パチン。

「あっ……ありません」

投了と同時に、ヒカルはしょぼんと項垂れた。

「ちぇー…なんか暫く打ってない間にめちゃくちゃ強くなってねーかお前?」
「プロ試験は総渡りだからさ、色々実戦も積めて勉強になったよ」
「いいなあ、オレも早く試験を受けてーよ」

まだやっと院生試験に受かったばかりなのに、ヒカルはそう言って不貞腐れる。と、同時にぐーっとお腹の音が鳴った。

「巴〜」
「ハイハイ。もう作ってあるから、温めるね」
「なるべく早くな!」
「無茶言わないで」
《…やっとこの光景が戻ってきた、という感じですねぇ》

少年少女のやりとりを見ていた幽霊は、そう言ってほほ笑んでいる。彼は今、少女が床一面に並べた棋譜をフンフンと見ていたところ。3人にとっての日常がすっかり戻ってきていた。

ヒカルは院生試験をなんとかパスし、1月から日本棋院の院生として活動を始めた。
少しトラブルがあって最初は居心地が悪かったようだけど、3週目にもなればすっかり馴染んだみたいだった。話を聞いている限り、面倒見の良い院生にくっついてる様子だったので、気まぐれで「誰?」と聞けば「和谷ってやつとー、あと伊角さんも!」と返ってきた。和谷と伊角にくっついているヒカルの姿。あまりにも容易に想像できた。

部活を辞めたからなのか、院生研修が無い日はヒカルと佐為がうちに来るようになった。そのためヒカルの生活用品は、結局一式で揃えることになった。
佐為とは家でも打てるから、と専らヒカルは巴と打ちたがった。しかし彼の上達の早さに舌を巻いた。まだまだヘタだけど、ヒカルはどんどん技術を吸収していく。


新初段シリーズでは、塔矢が王座と戦って、惜敗した。通例ではこの新初段シリーズ、トッププロは力半分で闘うらしいのだが、どう見ても座間王座は全力だった――――棋院の控室で様子を見ていたんだけど、かなり白熱していた。
塔矢の勇ましい対局にヒカルは勇気づけられたみたいだった。雪の降る帰り道、佐為と《そういえばヒカルが碁に惹かれたのは塔矢がきっかけでしたね》「まったくよーっアイツの馬鹿みたいな真剣さに引きずりこまれてさーっ」なんてやり取りをしていた。ヒカルが塔矢に惹かれて碁にのめりこんだように、巴もヒカルや佐為に魅入られて碁に再び向き合い始めた。

塔矢の翌週は、巴の番だった。
新初段シリーズ、対局相手は――――――緒方九段。

▽▲▽

「じゃ、対局前に記念写真を撮りますので…そうそう、棋院をバックにして」

出版部の男2人が、そう言って巴と緒方九段にカメラを向ける。パシャッパシャ、カメラの音。
―――――髪とか化粧とか、変じゃないかな。雑誌用の写真を撮るっていうから、少し気合いを入れすぎたかもしれない。もちろん13歳がばっちり化粧なんかしてるって思われるのは嫌なので、本当に薄くだけど。こうしてほんの少し手を加えると、我ながら大人びて見える。今日はスーツだし。

「…はい、じゃあ向き合って少し会話してもらえますか」

カメラマンの無茶ぶりに応えるために、仕方なしに緒方と対面する。

「本日はよろしくお願い致します。若輩者ですが、精一杯やらせていただきます」
「ああ、よろしく。しかし高嶺さんも今のキミを見たら驚くだろうね」
「…そうだと嬉しいです」
「あの人とは何度か対局させてもらった。…結局、勝たせては貰えなかったが」

緒方は特に表情を変えずにそんなことを言う。

「それにしても女流の特別枠からではなく、一般から棋士になるとはね。それも君の歳で、なんて…快挙じゃないか?」

ああ、それは出版部の人にも散々言われた。
すごいねーその歳で一般からプロ入りした女の子って初めてだよ!それも院生じゃ無かったんでしょ?今年は塔矢アキラもいるし、豊作の年かもしれないね。
それにあの高嶺本因坊の娘さんだなんて!やっぱり才能は受け継がれていたんだね!いやー、綺麗な顔をして末恐ろしいよ!…とかなんとか、以下略。
結局、父親の七光りが大きいようにも感じた。自分が掴んだプロの道なのに、こればっかりは覚悟していたことだが。

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