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スランプに陥っていたヒカルは悪癖を直し、順調に勝ち星を拾っていった。1組へ上がってからは和谷にsaiじゃないかと疑われたり、相手の手筋をヨミ切れずに連敗したりと色々あったようだが、それでも3月の時点で院生16位。ギリギリではあるが、これで若獅子戦にも出られるらしい。

「でもヒカル、塔矢とは当たれないよ」
「えっなんでだよ。オレあいつと戦いたいのに」

カレーを食べる手を止めて、ヒカルが聞いてきた。

「なんでって……対戦表まだ見てないの?一回戦のヒカルの相手、私だよ」
「え……えーーー!」

来たる若獅子戦、ヒカルと巴は最初からぶつかってしまった。こればかりはランダムだから仕方がない。

▽▲▽

若獅子戦当日、途中でヒカル・佐為と合流して会場へ向かう。
道中ヒカルは「巴が相手でも絶対に負けねー」と意気込んでいた。二人のうちどちらか、勝った方が次の2回戦で塔矢と戦えるのだ。
巴の方も、若獅子戦で塔矢と当たるつもりでこの数か月やってきた、絶対負けられないのだ。

「ねぇ、ヒカル」
「あん?」
「私、自分に喝を入れたいの」
「喝?」
「そう。私が勝ったら、私が塔矢に勝ったら…」
「オレに勝つの前提かよ!」

「一日、付き合って」

サラリと述べた巴の言葉に、ヒカルは一瞬言葉の意味が呑み込めず、お互いに一瞬沈黙が走ったが、

「…ば、…バッカじゃねーのかテメェ!なんでオレがお前に付き合わなきゃなんねーんだよ!」

次には顔を赤らめて、動揺を隠すように叫ぶヒカルがいた。
しかし巴の方はヒカルの言い分をスルーして続ける。

「というより、今度駅向こうのモールで大セールやるのよ」
「……だから?」
「荷物持ち、お願いね」
「はぁ!?勝手なこと言ってんじゃねー!!」
「だってコートとか重いんだもん」

いつもより若干愛嬌を込めて言う巴は、まさに自分の武器を知っている者の類だ。

「オレはヤダぞ、一日も巴に付き合うの」
「何言ってるの?毎晩のようにタダ飯食べてるヒカルに発言権あるわけないじゃない。嫌だったら1食500円に換算して全額返してみなさい無一文」
「!!!く、くそー」

同い年を全力で黙らせる巴。しかし、こればっかりは何も反論できないヒカルだった。

「いいよっオレが一回戦で巴に勝てばいいだけの話だもんな!」
「そうよ。まだ一度も勝てたことの無い私を負かせばいいだけの話なのヒカルくん」
「うるせえ!」


会館につくと、ヒカルと巴は受付でそれぞれ花のブローチをつけてもらった。プロと院生の差なのか、ヒカルの花のほうがやけに寂しい。

「差別じゃね?」
「バカ」

二人で小突きあいながら会場へと入って行けば、見知った顔がチラホラ見えた。
ヒカルは院生仲間を見つけた途端「あ!みんなあそこにいる!」なんて言って、ぴゅーっと走って行ってしまう

「巴ちゃん」
「あ、真柴さん。おはようございます」

ヒカルが消えた途端、どこからか真柴が近づいてきた。得意気にネクタイを締めているあたり、自分がプロだということを誇示したくてたまらない。

「今日も可愛いね」
「…どうもです」
「あっちに院生の皆がいるね、ちょっと挨拶しに行こうよ」
「え?はぁ…」

誇らしげに真柴が院生連中のところへ突進して行った。することもないので、巴も大人しくそれに続く。

「やあみんな久しぶり」
「真柴さん…お、高嶺」
「和谷くん」

和谷が一番に反応してきた。真柴の顔を嫌そうに眺めている。

「伊角さん今日はよろしくう、お手柔らかにお願いします」

これは嫌がられるはずだ。真柴は伊角に厭味ったらしくお辞儀した後「プロはいいですよお」「さっさとこっち側に来てくださいよ」とかなんとか言い始めた。

「ご無沙汰しています、皆さん」

真柴の印象が最悪だっただけに、巴の柔らかな挨拶はそれなりに好印象だったのだろう。院生のみんなは快く挨拶を返してくれた。「ポッと出のやつが試験受かりやがって」くらい思われてるかとも邪推してたけど、そうでもなかった。

「和谷くんと伊角さんとは新初段の時もお会いしましたよね。その時以来かな」
「あー塔矢のアレな!びっくりしたぜあの時。高嶺と進藤が知り合いなんてさー」
「二人は中学が同じなんだっけ?」
「そうです。ヒカルとはよく打ってますよ」
「へえー」

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