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 ――どうしてこうなったのだろう。件の男とはもう二度と会うことはないと思っていたのに。

 「…それ、返してください」

 銀色の鉱石がついたブレスレットを、手遊びするかのようにひらひらと振り回しているその男に、白銀の女は静かに問いかけた。

 ***

 真夜中借家に帰宅して直ぐ、汚れを払いたいが為にシャワーを浴びにいった。ユリは慣れた順序でタオルと着替えの服を手にシャワー室に入り、そして左腕につけていたブレスレットを外していつもの場所、壁に付けられたフックに引っかけた。
 その瞬間、まるで何かの膜でも取れたかのように、眩い光を放つ美貌が顕になった。もともと整った顔立ちに誰が見ても美しいと称する容姿をしているが、今の彼女はそれだけで表せる美しさの比ではない。真正面から見たら魂でも抜かれてしまいそうだ。
 「目眩ましの石」と呼ばれる特殊な石を磨き、ブレスレットに取り付けていた。そのブレスレットにオーラを込めることで、自身の本来の姿を隠すことができるのだ。そうしてユリは自分が「ヴィーラ」であることを隠すために、普段からこのブレスレットを身に着けている。

 しかしシャワーを浴びている間、つい気が抜けてしまっていたからだろうか。温かいお湯に、一日の疲れを取っているとき、誰かが入ってくることに気付けなかったのだ。否、そもそも女性の入浴中に侵入してくるなど、日常ではあり得ないことだが。
 そうしてシャワーカーテンを開いてバスタブから降りたとき、そこにある筈のものがなかった。

 「目眩ましの石」がない。いつも通りたしかにフックに引っ掛けたと思っていた。しかし同時にユリはこうも思った。もしかしたらベッドルームの方に置いてきたのかもしれないと。
 時々シャワーさえ浴びる体力もない程疲れて帰ってくるときがある。そんなときは直ぐにベッドに直行し、サイドテーブルにブレスレットを置くのだ。今日はもしかしたら自分でも気付かないうちに、そちらの癖が出てしまったのかもしれない。そうやって軽く受け取り、殆ど気にも留めず、バスタオルを身体に巻き付けシャワールームを出た。

 しかし、シャワールームを出た途端、彼女の動きは止まった。

 窓が開いている。普段出かけるときは閉めているし、今は夜だから用心のために鍵を付けている。それなのにどうして。
 ――誰かいる。不可解な出来事が重なった結果、ユリの中で一つの結論が出た。

 気配が全くないことから、相当な手練れにも思える。普段人に恨みを買うようなことをしているつもりはない。ひっそりと静かに暮らしてきた筈だが。慎重な足取りで音を立てないよう、リビングルームの様子を伺う。
 
 「…貴方は、」

 しかしその人は隠れもせず、全く堂々とした立ち振る舞いでそこに立っていた。

 ***

 「どうして貴女がここにいるんですか」
 「……」
 「その手にあるもの、私のですよね…?…それ、返してください」

 無断で侵入してきた男は先日、ユリが除念した幻影旅団の一員だった。しかし彼女の言葉がまるで聞こえていないのか、男は顔色一つ変えず、眉をしかめてこちらに顔を向けている。
 やがて男は応えた。

 「……お前、何故この間と姿違う。路地裏にいたときと今は同じ…けど、二日前とはやはり違う。何故だ」
 「…それが知りたいのなら…ブレスレットを返して下されば、容易に分かりますよ」
 「答えたらコレ、返してやってもいいね」
 
 ブレスレットをひらひらと弄ぶ。仕方なしと、ユリは重い口を開いた。

 「“ヴィーラ”と呼ばれる民族の末裔が…私です」
 
 ヴィーラという民族は世界一の美貌を持つとされ、悪趣味な話ではあるが人体コレクターにとっては高嶺の花とされている。実際七代前の先祖の時には大掛かりな人体売買が行われたこともあった。以降世界中に散り散りとなったヴィーラは数が激減し、二十年ほど前に絶滅宣言が出されているのだ。しかしユリが存在している今、彼女だけが唯一の生き残りともいえる。つまりヴィーラが生きていると分かればコレクターに目をつけられることは間違いない。
 そのため「目眩ましの石」を使って自分の正体を隠していることを説明した。オーラを使うことで機能できるものだから、男を助けたときに念能力を使い果たしたことで、石は機能せず本来の彼女となっていたこと。普段はそのブレスレットを身に着けていること。ユリが説明している間、男は口を挟むことはしなかった。
 
 「全て話しました。もういいでしょう…?」
 「ハッ、別に元々盗る気なかたね。お前の正体知りたかただけ」

 そう言うと男はブレスレットをユリに向かって投げた。意外にもすんなり手元に戻ったブレスレットを今度は取られないようにと、しっかりと手首に取り付けた。結局男には全てを知られてしまったため、「目眩ましの石」を機能させても意味はなくなったのでオーラを込めることはなかった。
 そしてここからは重要な案件だ。男は幻影旅団――そんな裏の人間に自分の正体を知られてしまっては、今後の身が不安だ。

 「…私のこと、誰かに言いますか?」
 「ワタシに変な収集癖あると思うか。そこらの変態コレクタと一緒いしょにするな」
 
 つまり“言わない”ということらしい。盗賊と聞いていたので、まさかと思っていたが、彼らの中にも趣味嗜好はそれぞれあるようだ。

 「あの、そ、それじゃあ……」
 「それよりお前、いつまでそんな恰好かこうでいる。痴女だたか」

 まるで変人でも見るかのように問いてきた男。今の彼女はバスローブ一枚だけを身体に巻き付けており、豊満な胸の谷間と優美な曲線が浮き彫りになっている。一方のユリは男の言葉に一瞬思考が停止したが、次の瞬間には一気に顔を赤らめて抗議した。

 「ち、違います!私はシャワーを浴びてただけで、其処に貴方が勝手に侵入してきたんでしょうっ」
 「ワタシ盗賊よ。律儀に玄関から入るわけないだろ」
 「そんな堂々と言わないで下さい!」
 「風呂場に鍵せず入てる方が悪いね」
 「一人暮らしなんですから普段しませんよッ。…!!やっぱり風呂場にかけておいたブレスレットを取ったんですね!女性が湯浴みをしているところに入ってくるなんて……エ、エッチ!」
 
 それだけ言い捨ててユリは一目散に自室へと駆け込んだ。今度は男に入られないよう、しっかりと鍵もかけて。

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