無闇やたらに走り続けた木ノ葉丸が、その男にぶつかったのは、それから数分してからだった。
尻餅をついた木ノ葉丸と、ナルト、サクラ、アカデミー生二人の目に入ったのは、全身黒で覆われた男と髪を四つに縛った女。
「いてーじゃん......」
威圧的な声が男の口から漏れた。その手が木ノ葉丸の胸元を掴み、宙へ吊り上げる。「うがっ」と木ノ葉丸が苦しそうに顔を歪めるが、男は一層に放そうとしない。
「やめときなって。後でどやされるよ」
呆れたように女が口を出すが、それも木ノ葉丸を気遣って、というふうではなかった。
サクラは思わず身を震わせた。その額に冷や汗が流れる。何者かは知らないが、危険な匂いがする。だがそんな雰囲気もなんのその、ナルトが真っ先に「おいコラ、その手を放せってばよ!」と突っかかっていた。じろりと男の目がナルトへと流れる。
「うるせーのが来る前に、ちょっと遊んでみたいじゃん」
「う......放せ、コレェー!」
木ノ葉丸がぼすぼすと弱々しい蹴りを入れた。それは男の怒りを煽るだけだ。
「元気じゃん。クソガキ」
男は更に強く木ノ葉丸の首元を絞め、それを見たナルトの怒りは沸点に達した。
「テッメェーー!!」
走り出すナルト。だが、その足はすぐにもつれ、ナルトは盛大にこけていた。
今の間に動いていたものと言えば、男の指先だけだったはずなのに。「なんだ、今の...!?」と素直に零すナルトに男は笑った。
「なんだ、弱いじゃん。木ノ葉の下忍ってのはよォ」
その言葉にサクラは気付く。この台詞からこの二人組は木ノ葉の忍ではないことが推測できる。だがそれなら何故、木ノ葉にいるというのだ。
しかし、性懲りもなくまたぎゃんぎゃん喚き始めるナルトに制裁を入れた、そんな時だった。
何処からか飛んできたクナイが、一直線に男の真横を通ると、地面に突き刺さった。
そして――ガシッ、人を殴る音とは程遠い音が響く。
木ノ葉丸を殴るはずだった男の拳は、いつの間にか彼女の手の中に納まっていた。
「…暴力だけの男って、一番嫌いなんですよね」
「なッ…お前、いつから…!」
思わず木ノ葉丸とトモエから手を離す男。木ノ葉丸はぴゅーっとナルト達の方に走って行く。
チャクラを集中させていたのだろう、拳を受け止めたはずのトモエの左手は、全くの無傷である。
「トモエ!流石だわ…!」
「か、かっこいいってばよ…っ」
トモエから距離をとった男が、ギロリとした視線を彼女に向ける。
しかし、そんなものに怯える彼女ではない。トモエは再びカンクロウと距離を縮める。
「気づいています?年下は嫌いだとか何とか仰っていますが…」
そう言いながら、トモエは妖艶な笑みで男を見下した。
「貴方がやってた行為は…貴方が嫌いなガキより、もっとガキ臭いんですよ?」
「テメ…!!」
皮肉をたっぷり含んだその言葉に、カンクロウは相当イラついたようだ。
「生意気なガキがァ!!」
そう言って拳を振るうが、トモエはそれを軽くかわした。
後ろでサクラが「トモエー!そんなヤツやっちゃいなー!!」と叫んでいるのが聞こえた。
だが、これ以上騒ぎになっても困るので、取り合えず何度も殴りかかるこの男の動きを止める。そう考えたトモエは、印を結び始めた。
すると――、一歩踏み出した男の拳に何かが飛んできた。地面に音を立てて転がるそれは小さな石だ。
かなり強い力で投げられたらしく、男は声を漏らして腕を押さえる。
印の結び途中である手をそのままに、トモエは石が投げられたほうに目を向けた。
「……よそんちの里で何やってんだ、てめェらは」
「きゃー!サスケくんしびれるぅ!」
声のした方へ顔を向ければ木の幹に腰掛けているサスケがいた。それを見ると、トモエは印を解除した。
「ムカつくガキがもう一人…」
「失せろ」
弄んでいた石ころをサスケは一握りで潰す。挑発的な目は男に堂々と突き刺さる。おかげで男の苛々がますます上昇する。
「キャーッ!カッコイイーーッ!!」
「ナルト兄ちゃんカッコ悪りーーッ!!」
その一方で、ナルトを指差して喚く木ノ葉丸。ナルトはサスケの登場に、悔しそうにギリギリと歯軋りをする。
「あ、トモエの姉ちゃん!」
「?」
「姉ちゃんのおかげで助かったぞ。ありがとうコレ!」
ぐいぐいと服の裾を引っ張られて振り向いた先には、にっこりと笑う木の葉丸。
「キミ、怪我は?何処か傷むところはないですか?」
ゆったりと屈んで、木の葉丸の細くて小さな肩に手を置く。そして不思議そうに見つめた。木の葉丸の顔が徐々に赤く、真っ赤に色づいてきたからだ。
「大丈夫ですか、木の葉丸くん?」
「っだ、大丈夫だこれ」
「おや?顔が赤いですけども」
「もう、だめだこれ」
突然ふらりと傾きだした木の葉丸は後ろに倒れていく。慌てて手を伸ばすけれど間に合わなくて、地面に彼は寝込んでしまった。
その顔はまだ真っ赤なままで、木の葉丸の同じ班である女の子と男の子が状況に気がつくと紫苑から離れて駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと木の葉丸ちゃん!?」
「……だ、だいじょうぶ? 木の葉丸くん」
「すっすみません!木の葉丸ちゃんが迷惑かけちゃって!そ、それじゃあ!」
二人係りで木の葉丸を支えると女の子が頭を下げた。そして応える暇を与えることなく彼らは走っていってしまった。またしても伸ばした手は宙を舞う。砂埃を立てながら走っていった彼らはもう見えない。
「オレはお前みたいに、利口ぶったガキが一番嫌いなんだよ。降りてこい、ガキ!」
一方、男はついに武器であろうものにまで手を伸ばしていた。「オイ、"カラス"まで使う気かよ!?」と女が叫ぶと同時にサスケとトモエの目は細められた。こんな町中で忍具を使い始めれば、本格的に周囲にまで影響を及ぼしてしまう。
だが、その時だった。
「カンクロウ、やめろ」
冷静極まりない声が全員の耳に届いていた。前触れは、一切なかった。
サスケのいる枝の反対という近距離にいたというのに、サスケでさえもその気配に気付けなかったのだ。
その姿は七班と変わらない背丈の少年だった。
「我、我愛羅......!」
「里の面汚しめ」
どうやら知り合いであるらしく、男・カンクロウと、少年・我愛羅の間には妙な空気が流れた。外見ではまず間違いなくカンクロウのほうが年上だ。だというのに、カンクロウのほうが怯えている。
だが唯一、そんな奇妙な光景に気を取られていない人物がいた。トモエの瞳には、我愛羅の容貌だけが映っていたのだ。
どこまでも深い赤の髪。目の周りを象るまでに至っている隈。中に何が潜んでいるのか、計り知れないその瞳。そして、"我愛羅"という名前。
───ボール、
ブランコ、砂、赤、悲鳴、翠、温もり、涙、笑顔、約束───。
「女。......お前の名は」
トモエが自分の意識から我に返ったのはそう問われた時だった。他でもない、我愛羅という少年に。
いつの間にやら枝から下りた我愛羅は、男女二人組の間に立っていた。トモエを、真っ直ぐ見つめて。
「......? どしたの、トモエ」
全く動かないトモエに心配そうに声をかけるサクラ。トモエは、そのサクラに軽く首を振ってから、ゆっくりと我愛羅に視線を合わせた。
その瞬間、我愛羅が僅かに目を丸くしたのは見間違いではないだろう。トモエの目に映るのが我愛羅の赤のように、我愛羅の目に映るのはトモエの銀だった。
しっかりと二人の視線が交差したのは果たして数十秒だったのか、一瞬だったのか。わからないまま、トモエは小さく口を開けた。
「憶えてる......?」
「......!」
驚いた顔をしたのは周囲のほうだった。我愛羅ももちろんまた僅かに表情を動かしたが、それは他の者の同じ種類のものではない。
そんな我愛羅にトモエはほんの小さく微笑んで、でもどこか申し訳無さそうに呟いた。
「......ごめんなさい」
その言葉の意味は我愛羅だけが、我愛羅だけしか理解できないもの。
我愛羅は瞬間的に息をのみ、そしてすぐさま姿を翻し、瞬身で消えていた。そしてトモエと我愛羅を見比べながら驚いていた二人組、カンクロウとテマリも戸惑いながらすぐに我愛羅のあとを追うことで、その場には木ノ葉の者だけが残される。
意味深な空気だけが残り、トモエの微笑みは少々崩れていた。
「......トモエ」
「......なにか?」
「いや......知ってるのか?あのガキのこと」
「......…もしかしたら、ですけどね」
サスケに問われたことでトモエの微笑みは微妙ながらも普段のものに近づき、不安げに見ていたサクラも安心を取り戻す。
───しかし、第七班のすぐ近くの茂みに隠れている忍数名の、不穏な空気は尚も残っていた。男三人、女一人で構成されている形だけの"同志"。
彼らは観察、または偵察するように第七班を眺めていたのである。
「どう思う?」
一人の男が口にすれば、別の男が「大したことないと思うけどさ」と切り出し、ついさっき姿を消した我愛羅の他に、サスケの話を持ち出した。
「まぁ…大したこと無いさけど…木ノ葉の黒髪と、砂のひょうたん……それから、あの白銀女。あの三人は要チェックだよ」
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