三十一

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"ぎゃぁああああああ!!"

 その声は七班のところまで届いていた。張り裂けるような叫びに、「今の、人の悲鳴よね......」とサクラが弱々しい声で呟く。カラスが数羽森から飛び去っていく様子が見えた。

 「な、なんか、緊張してきた」
 「ど、どうってことねぇってばよ、サクラちゃん」

 しかし平気だと言って笑うナルトも見栄を張っているようにしか見えない。その上、女二人の前で「ちっとしょんべん......」とか言っていそいそとズボンに手をかけたナルトを、サクラが力一杯殴ったことに同情の余地はない。

 「レディーの前で何晒そうとしてんのよ、草陰行きなさいよ!」

 はたかれてしぶしぶ草陰に移動するナルト。フーフーと猫のように唸っているサクラは、既に恐怖のことなど忘れたようである。えらく早い変わり身で、トモエは相変わらず笑みを浮かべており、サスケはその後ろでただただ呆れているようだった。

 ナルトが用を足している間、トモエは木にもたれ掛かりじっと耳を澄ましていた。
 この森には今 たくさんの人間が忍んでいる。いつ何時襲われてもおかしくないのだから、こんな休憩のような時間にも気をつけておくに越したことはない。
 サスケもまたトモエと同じように周囲に警戒を張っている。

 一方で、サクラは石の上でぼうっとトモエを見つめていた。銀色の頭から、足のつま先まで。

 流石に視線に気づかれ、不思議そうに首を傾げるトモエに、サクラは自嘲気味に笑う。

 「トモエは怖くないの?」
 「私がですか?」
 「いつもと同じでふわふわ笑ってるから、平気なのかなって」

 それはサクラの本音だった。雪箆トモエという少女は、何時だってそうだ微笑みを絶やさず周りに柔らかな印象を与えているのだ。
 波の国のときも、彼女は窮地以外は笑っていた。
 サクラにはその姿が、まるで恐怖などないかのように映り、それだけ彼女が“強さ”を持っているようにも見えた。

 「どうしたら、トモエみたいに強くなれるのかしら」

 笑顔を浮かべているトモエを前に、サクラは溜め息をつく。けれど突然トモエがぽつぽつと言い出した。

 「私は…“強く”なんて、ないですよ」
 「え?」

 小さく呟かれた言葉はサクラには届かなかった。サクラがもう一度問いてみようとしたその時ナルトの声が帰ってきて、かき消される。

 「やーすっげぇ出た!すっきりー」
 「ナルト......だから、レディの前で、そういう!!......って、トモエ?」

 だがナルトにサクラがまた制裁を加えようと近づいた時、急にトモエがサクラの前で道を塞いだのだ。
 ナルトに視線を送ったまま放さないトモエの瞳。下がって、とトモエは小さくサクラに声をかけた。サクラは疑問符を浮かべるしかなかったのだが、次の瞬間にはそれも吹き飛んでいた。
 サスケがナルトを吹っ飛ばしたのだ。

 「サ、サスケくん!?いくらなんでも、そこまでしなくったって!」

 しかし、サスケは反応しない。
 ナルトは口元についた血を拭いながら顔を上げる。「な、なんなんだってば......」とそれも最後まで言うこともできず、サスケの蹴りが目前に迫り、ナルトは素早く避ける。応酬は暫く続いたが、結局最後はナルトが枝から思い切り落とされた。
 起き上がったナルトは強くサスケを睨んだ。

 「何すんだってばよ、いきなり!」
 「何をだと?それはこっちの台詞だ!」

 今度はクナイまで構え始め、再び襲ってきたサスケにナルトは歯ぎしりをする。サスケとナルトの戦いがまた続く。サクラは更に狼狽え、じっと見ているだけのトモエの服の裾を掴んだ。

 「トモエ、ねえ、どうして二人を止めないのよ!」
 「見てください、サクラさん。ナルトくんの動き」

 トモエはそれだけ言って、またサスケとナルトに目を戻した。
 ナルトの動き。そう言われてサクラも訝し気に二人を目で追った。それはただ、クナイを構え、ぶつけあう二人の姿。
 しかし、その数秒後にはサクラも違和感に苛まれた。何故、ナルトがサスケにああも応戦できる?

 「嘘でしょ?まさか、ナルトがサスケくんの動きについて来れるなんて!」
 「違いますよ」
 「え?」
 「アイツをよく見ろ!」

 その時、サスケがナルトから離れ、サクラを促した。ナルトの相手をしたにしては息切れが酷いサスケは、またナルトを強く睨みつける。

 「言え!本物のナルトはどこだ!」
 「え!?」
 「ハ!?な、何言ってるのかワケわかんねぇ!!」
 「あくまでもシラを切り通すつもりか?お前、顔の傷はどうした」

 サクラがハッとする。ナルトも目を丸くして黙り込んだ。

 「さっき試験官につけられた傷は、どうしたって訊いてるんだ」
 「それに、ナルトくんは右利きですよ」

 だというのに、今のナルトのホルスターは、左についているのだ。

 「てめぇはナルトより変化が下手だな。偽者ヤロー」とサスケの挑発的な声が場に響く。ナルトは俯いて沈黙していた、がーー突如 煙がナルトの体を覆い、煙が散った頃には、別の忍が姿を現した。
 額当ては雨隠れ。アンラッキー、と籠った声が聴こえた。

 「バレちゃあ仕方ねェ。巻物持ってんのはどいつだ」

 誰がそんな質問に答えるものか。全員が身構え、雨忍もすぐさま実力行使に移った。

 「私はナルトくんを」

 トモエがそう言い、すぐさま茂みに入っていく。サスケはサクラを護るようにしながら印を組んだ。
 火遁 鳳仙火の術───燃え上がる火の粉が雨忍を襲う、が、もちろん素直に攻撃に当たってくれるはずもない。雨忍は木々を伝い、ナルトとトモエが消えていった方向へと動き、サスケも無論それを追った。

 「ごめんってばよ、トモエちゃん......!」
 「はいはい、これはお約束というものですね。縄を切りますからじっとしててくださいね」
 
 すると不意にナルトとトモエのそんな声が聴こえ、サスケは一瞬集中を切らした。見ると、ナルトはようやく縄から解放されたようだった。
 雨忍はその隙を逃さない。「ほら隙が出来た、ラッキー!」と叫んだ雨忍はすぐさまクナイを放った。その程度なら木の枝に隠れることができたのだが、サスケの目に映ったのは、クナイの先にくくり付けられた起爆札。

 「サスケ!!」

 トモエが気づいて叫んだ時、派手な爆発音が鳴った。

 とはいえ無事だ。煙に巻かれながら、サスケは真っ直ぐ地へ降りていく。しかし、地に足がつくと同時に、サスケは背後で気配を感じ取る。
 
 「これぞラッキー。動くと殺す。巻物を大人しく渡せ」

 雨忍の持つクナイがサスケの首に当たっていたのだ。サスケは動けない。逆らえば確実に殺されるだろう。
 だが、サスケは余裕の笑みを零していた。ナルトの放ったクナイが雨忍の背後に迫っていたのだ。下品な言葉で毒づいた雨忍はさっと上へ跳んだ、が、サスケとてその隙を逃すわけがない。

 ナルトのクナイを無駄な動きなく放ち、雨忍が咄嗟にそれを避けたと同時に、その背後に回り込む───

 ぐさり。

 生々しい音と共に、雨忍の左腕に痛みが走る。サスケが持つクナイが雨忍の腕から生えた。

 「サッサスケくん!」
 「ボケボケすんなサクラ!こいつ一人とは限らないんだ!いいか、気を抜いたら本気で殺されるぞ!!」

 殺し合いも有り。それが、この試験なのだから。

 雨忍は勝機がないと見込んだのか、それからはすぐサスケから離れ、どこか遠くへ消えていった。サスケも深追いはせず、状況を見て地面に下り、顔についた血を拭う。
 とりあえずこの森に入ってからの一回戦では、誰もケガを負うことなく済まされた。
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