「(動かなきゃ......)」
ずっとこうしているわけにもいかない。早く仲間と合流しなければ。
あの風のことを思い出す。あの風を放った張本人が、もしかしたら今も三人を襲っているかもしれないと考えると、ぞっとした。あの視線が仲間達に絡まっていると考えれば。あの、蛇のような視線が。
行かなければならない。早く、早く、早く。
殺気。
「!!」
トモエは咄嗟にその場を離れた。
見れば、今までトモエが立っていた場所には数十本の千本が刺さっていた。反応が少しでも遅ければハリネズミになっていただろう。
トモエはキッと向かいの茂みに目をやった。木陰に隠れていた三人組はのっそりとトモエの視界に入ってきた。中央を歩く大男に、仮面をしている男、それに身長の低い小男。その全員が雨隠れの額当てをし、背にいくつか傘を背負っている。
トモエと目があったのは中央の大男だった。
「確かお前は、木ノ葉のフォーマンセルの一人だったよな?なんで一人でいる......なんて聞いても、答は一つしかないか」
くつくつと笑う男にトモエは眉をひそめる。どうやらこの男は他の三人が死んだと考えているらしい。だが特に反論する理由もないトモエは、黙って足下の土を均した。雨忍たちは揃って訝し気な顔をする。
「無謀だな。向かってくる気か?」
「......見逃してくれるんですか?」
「あり得ないな」
「三対一、どうせ逃げるのは難しいですから。それに、巻物を奪えるかもしれませんし」
トモエは強い視線を三人に向ける。「奪う?」とせせら笑う雨忍。可能性は、確かに低い。そこまでトモエは自分の能力を過信しているわけではない。だが、思わせておけばいい。
口では挑発的に言ったが、実際はそこまで考えていない。巻物は二の次だ。三人に隙をつくり、その間にこの場から消えればいい。
「ぬるい里で育った木ノ葉の下忍が......井の中の蛙だってことを教えてやるよ!」
先に動いたのは男だった。また千本を投げられ、トモエはクナイを放つ。キィンと金属音が響いて二つの武器は地に落ちた。
それを合図に、雨忍三人衆は散る。中央、左、右へと。
相手の位置と行動を把握できなければ対応しきれない。トモエはできるだけ後方に下がり、三人全員を視界に入れるようにする。左右に動くトモエの瞳に仮面の男が接近してくる様子が映った。
「風遁 風車」
仮面男が持つクナイに対抗し、トモエは風を纏った拳で受け止めた。「風遁か」と呟いた男。二つの力は相殺し合い、これではキリがない。
他に二人も相手にしなければならないトモエは、身を離そうと男の腹に蹴りを入れる。「ぐっ」と呻いた男は狙い通り後方に下がった。苛ついたように睨んでくるが、トモエは他の二人に気を散らす。すぐ後ろに別の気配が近づいてきていた。
「(踵落とし!)」
瞬時に判断したトモエは両腕をクロスさせてそれを防いだ。頭に届きそうになった足を間一髪で防ぐ。だが、「(重い......!)」と目を眇めるトモエ。体格の差は歴然だ。
地に足がついた瞬間、トモエは咄嗟に自らかがみ込んだ。不意に抵抗が消えた大男はバランスを失う。その隙に背後に回り込んだトモエは、すぐさま印を結んだ。
「風遁」
「させねえよ!!」
しかし、そのまた更に背後から声。トモエは察知して横へ逃げた。
小男が背負っていた傘を振り回していた。それが届きそうになるも、「風波!」と術を放ち、相手の軌道を変える。男の舌打ちが聴こえてくるようだった。
三対一のハンデは想像以上に大きい。
「(…チッ…一人ずつなら相手になるのに)」
逃げようにも、これではキリがない。相手はわざと一人ずつかかってきている。トモエの意識を分散させるためだろう。先ほどの踵落としでずきりと痛んだ腕を庇う。またも並んだ男たちがニヤリと口角を上げた。
「口ほどにもねェ。さすが木ノ葉の忍だな」
無意識に、トモエの眉間に皺が寄る。先ほどの男のセリフ、"ぬるい里"という言葉も蘇った。
「オレの里は内向的で、他里の情報ってのはあんまり手に入らないんだがよ。それでも五大国の情報はさすがに入ってきやすい。その中でも木ノ葉ってのは、生温い里だって有名でな」
「......何が言いたいんですか」
「試験の為にこの里に来てみりゃあ......まったく、噂ってのは大抵信用ならねえんだが、今度ばかりは正しかったってことだ。ガキが忍者ごっこだってよ。聞きゃあそんなガキのお守りまで、この里じゃあ忍が一日中やってんだろ?
こんなトコは、忍里じゃねェ。平和に浸った軟弱者の集まりだ」
頭に血が上るという感覚を、トモエは今、ゆっくりと味わっていた。
再不斬と戦った時以来、いや、あれとも違う。あんな、一気に百度に到達にするような憤りではない。煮え立つような、もっと奥のほうから、じんわりと上がってくるような、憎しみにも似たもの。
自分が侮辱されたなら、なんとも思わなかっただろう。
だが、違う。侮辱されたのは、里だった。
三代目が、トモエの両親が命掛けで守った、この木ノ葉隠れの里だった。
「......言いたいことはそれだけですか」
今までの声とは違う、煮え立つ内心とは裏腹に、冷たい温度を感じさせるような声が響く。それを何とも感じなかったのか。ヘッと笑った男たちは、互いに合図し合い、瞬時に三方向に分かれた。すなわち、トモエを取り囲むように。
トモエの視線が全員を一人ずつ捉える。男たちはそれぞれ、背負っていた傘を手に構えていた。
「もっと楽しませてくれると思ったんだがな。次こそハリネズミにしてやろう」
忍法、と口ずさむ男の口を、トモエは黙って見つめていた。
「「「時雨千本!!」」」
一度宙に浮いた三本の傘が、男達が印を組み終わると同時に方向を定める。狙うは当然、一点のみ。柄のほうがトモエを差すように回る。そして同時に、トモエへと突き進んだ。
トモエはぱちりとポーチを開き、三つの手裏剣で無駄なくそれらを狙った。カカっと音をたて突き刺さり、傘は一瞬勢いをなくす。だがそれと同時に、傘が開いて千本が飛び出した。
何十本、いや、何百本か。
ハリネズミ。これを喰らえば、トモエに残された道は一つしかないだろう。
元より、この雨忍たちは、第七班はトモエを除いて全員殺されたと勘違いをしていた。その時点でトモエが巻物を持っている可能性が薄いことなどわかっていたはずだ。それにも関わらず、初めから男たちが選んだ道といえば、トモエに攻撃を加えること───もっと正確に言えば、殺すことだった。
千本が向かってくる中で、トモエは嫌に冷静だった。
他里の忍を見れば考える間もなく殺すことが、ぬるい里でない条件なのか。
「反吐が出ますね」
男たちが訝しげに眉をひそめる。トモエは印を組んでいた。
「氷遁・吹雪の舞」
次の瞬間、トモエを中心に激しい吹雪が起こった。
数千に及んだ千本も吹雪には逆らえず、逆方向へと飛ばされていく。それだけではなく、周囲にあるもの全てを吹き飛ばし始めた。
唸る吹雪は邪魔をするもの全てを隅へ隅へと追いやっていく。それは雨忍三人衆に至っても例外ではない_。
数十秒後、トモエの周囲には、土砂しか残っていなかった。
***
試験開始から数十分。暗い第四十四演習場の中、キバ、赤丸、ヒナタ、シノの第八班は、最終目的地の塔へと木々の間を飛んでいるところだった。天地の巻物は既にキバの懐にある。第八班のノルマは既に終了した。そのため、キバは実に上機嫌である。
「罠にかかった奴らが運良く地の書を持ってるたァなァ!この分じゃオレ達、一番乗りだぜ!」
「調子に乗りすぎるな。それは危険だ」
すかさず口を出したのは、キバと正反対の性格といってもいいシノ。相変わらず常に冷静である。
「どんな小さな虫でも、常に外敵から身を守るため、敵に遭遇しないように注意を払う。これが安全だ」
「んなの解ってらァ!相変わらず解りにくい喋り方しやがって、この虫オタク!」
明らかな嘲りが気に障ったのか、シノはぴくりと眉根を寄せる。それを素早く察知した温和な性格のヒナタは、慌てて二人の間に入り仲裁をする。
「で、でも、シノくんの言うことも一理あるかと」
「チッ。わかったよ、ったく!」
さすがにヒナタからも言われると反論できないのだろう。キバは不機嫌そうに言って、先頭へと躍り出た。
その時だった。
ほんの一瞬ではあったが、唸るような凄まじい音が三人の耳に入ったのだ。三人はすぐさまその場の枝に止まる。気配を察知しようとするも、近くに何かがいるとは考えられない。
どこかで戦闘でもしているのか。八班は顔を見合わせる。
「いやにでけェ音がしたな」
「クゥン」
キバと赤丸は鼻を動かすが、収穫は得られない。
「クソ、何だか知らねェが風が遮ってやがる。匂いがうまく辿れねェ......ヒナタ!」
キバがヒナタを見れば、ヒナタは既に印を組み意識を集中させていた。「白眼!」という声と共にヒナタの目に神経が集中する。ヒナタの目には既にここら一帯の景色は映っていない。普通なら肉眼で捉えることのできないほど遠く、遠くにその目はある。次々と景色が変わっていく。暫くは暗い森が続き、光が見え始め、拓けた場所になり───
ヒナタはそこで目を見開いていた。
「何か見つかったのか」
いち早くヒナタの表情の変化に気付いたシノが尋ねる。ヒナタは暫く白眼でそこを見ていたが、そのうちシノやキバ、赤丸を目に映し、弱々しく口を開いた。
「トモエちゃんが、戦ってる......」
「トモエが!?」
「それも、一人だけで。ナルトくんもサスケくんも、サクラちゃんも近くにはいない!」
それがどういうことなのか、考えが行き着かないほどヒナタは楽観主義者じゃない。まさかと思ってしまう心は止められなかった。だがそこで、力強い手がヒナタの肩に置かれる。
「早合点すんなヒナタ!行って、確かめればいいだけの話だ......!」
キバは珍しく脳内で冷静に思考を巡らせていた。
あのサスケが簡単にやられるとは思えない。トモエ以外が全滅というよりは、トモエだけがはぐれたというほうが納得できる。しかし、だからといって安心できる事態ではない。この森の中、ほとんどがスリーマンセルで行動している。ならば、敵に会った時は既に三対一、出会い頭から不利は決まってしまうのだ。
更に、木々に耳を寄せたシノによって絶望的な発言が上乗せされた。
「.....六人。トモエを除き、"六人"がその場に集結しているようだ」
「なっ、二チームかよ!」
最早考えている暇も猶予もない。普段ならキバの安易な行動は咎められるものだが、この時ばかりはキバの行動を制するチームメイトもいなかった。
行くぜ、とだけ叫んで走り出すキバのあとに、先ず赤丸が吠えて続き、シノもヒナタもそれを追う。試験もなにもない。トモエ自身も今は敵だろうと知ったことではない。
仲間のために駆けつけるのは、木ノ葉の忍として当然のことだった。
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