三十四

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 いつの間にか、土煙だけを残し、吹雪はやんだ。トモエを中心とする一帯は数十秒で荒野と化していた。生えていた木々は全て折れ、追いやられ、土だけが残っている。えらく拓けた場所に変わってしまった。それほどの術を、トモエはほとんど考え無しに放ってしまった。

 「(チャクラが残り少ない......)」

 忍の動力源はチャクラだ。それを一気に使ってしまったために、トモエはふらりと座り込む。意識は大丈夫だが、暫くは大した応戦もままならないだろう。今のトモエの対抗手段は、数本のクナイや手裏剣か、もしくは、チャクラいらずの雪箆の風だけだ。
 どこかの茂みに隠れて、回復を待つほうが得策だろう。

 トモエはもう一度、ふらりと立ち上がった。重い体を引きずり、土と木片ばかりになってしまった地上を歩く。自分のせいだとはいえ、茂みまでは少し遠い。自嘲気味に、トモエは笑ってしまった───

 雨忍三人の姿はトモエの視界に入っていなかった。
 どこまでか知らないが吹き飛ばされたのだろう、とトモエは考えていた。
 当たり前だった。"吹雪の舞"はただの打撃技でしかないので、死に至っていないことは確実だが、怒り任せに使った術だ。気絶程度は当然だろうと思っていた......思い込んでいた。

 まさか彼らが"吹雪の舞"を防ぐ方法を持ち合わせていたなど、トモエは思いもしなかった。

 「やってくれたな......小娘」

 悪意の籠った声はトモエの背後から響いた。足を引きずっていたトモエは本能的に横に転がっていた。ハッと起き上がってみれば、大男が一人、拳を握りしめていた。

 「動きが鈍いなオイ、チャクラ切れか!?」

 男の蹴りが飛んでくる───咄嗟に思いついた対抗手段は、しかし実行されぬまま、トモエは力任せに蹴り飛ばされていた。ずさっと地面に転がり、トモエは僅かに血を吐いた。

 見れば、男の体は確かにボロボロだった。だが確かなのは、気絶するまでには至らなかったことだ。何故、と一度脳内で唱えたトモエは、パッと男のある持ち物が目に入り込んだ。
その背に背負っている、巨大な傘。

 「もしかして......その傘で」
 「ご名答。その通りだよ。これは、雨隠れの里で作られてる特殊な傘でな......ちょっとやそっとの頑丈さじゃねェ。例え鬼が金棒振り回したところで壊れやしねえ」

 ぱきり、と違う方向から枝を踏む音がして、トモエは振り返る。大男だけでない、小男も仮面の男も、無傷ではないが、その手に傘を持っていた。互いに万全の状態ではない。しかしこの状況、チャクラをほとんど使ってしまったトモエが、更に不利に陥ってしまったのは明らかだった。

 ザリッと土を踏みしめる音を聴き、瞬時にこの場から離れようとするものの、遅い。後頭部に打撃を叩き込まれトモエは地に伏してしまう。震える手でなんとか印を組もうとしたが、その前に手を踏みつけられていた。

 「ぐっ…」
 「下忍のくせに......やけに強力な術を使いやがって。ムカつく小娘が」

 悪態をつく男を見上げ、余裕がないのにも関わらず、トモエは笑ってしまった。

 「ぬるい里の忍を、相手にしてるんじゃなかったんですか?」
 「クソガキ!!」

 男は強くトモエの腹に蹴りを入れた。自業自得だと内心思いつつ、トモエは気持ちの上では若干すっきりしたことは否めない。この状況下、周囲に敵が取り囲んだ状態で、トモエは不思議と冷静だった。
 まだこの状況から脱するすべがあるからかもしれない。ただ、そのタイミングが微妙に掴めないままだ。

 「妙に大人ぶってるのが気に食わねえ。その目、すぐ開かねえようにしてやるよ」

 男が手にもったのはただの数本の千本。しかし、それだけでも今のトモエにとっては十分な凶器だ。普段なら避けるのは容易い、が、今は動くこともままならない。できるだけ目を開いて男たちを見上げる。

 「フン。じっとしてりゃあ可愛いのになあ?」

 男の声が歪んで聴こえる。そこにある千本は死へのカギ。無論、開けさせるわけはない。トモエはひっそりと目を細め、しっかりと照準を合わせた。
 使うタイミングを、見誤ってはならない。

 「あばよ」

 なんでもないことのように、無情な声がトモエの脳内に響く。
 千本の風切り音がやけに大きく聴こえた。

 ***

 トモエはその時術を使おうとして───しかし、一瞬で呆気にとられていた。

 一瞬だった。
 突然トモエの視界から千本だけでなく、男たちも視界から消えたのである。というより、暗闇ばかりで、何かが見えるどころか本当に何も見えない。

 「.....え?」

 予想もしていなかった事態だ。トモエは本気で戸惑い、痛む頭を抑えながら、ゆっくりと上体を起こした。

 痛みではなく、混乱でくらくらしてきた。
 だがそんな時、トモエは自分の肌にさらさらと落ちてきたものに気付く。

 「......砂?」

 と同時に、トモエの視界にようやく光が戻っていた。暗闇を作っていたものが剥がれ始めたのである。徐々に視界は元の景色へと戻っていく。一面に張られていた砂がぼろぼろと崩れていく。空、木々、の次に見えたのは、雨忍達。

 しかし、トモエは身構えることもしなかった。雨忍たちの意識もトモエになかったからである。彼らの視線の先を追い、トモエは、ようやく目を丸めていた。

 「我愛羅くん......?」

 砂瀑の我愛羅、そしてそのチームメイトであり兄妹であるテマリとカンクロウが、そこにいた。
 だが、我愛羅はトモエのことなど見ようともしないようだし、テマリとカンクロウも目を丸くして我愛羅とトモエを見比べているばかりだ。
 三人のうちトモエに面識と言えるほどの面識があるのは、たった一人のみ。だから助けてくれた可能性があるのは我愛羅だけーーだが、可能性があるといっても、そうする義理はあったのか。

 「......我愛羅、くん?」
 「......」

 しかしトモエの声に言葉は返ってこなかった。ぴくりとも動かない我愛羅は雨忍にばかり視線を注いでいる。トモエがそれ以上セリフを思いつかないうちに、雨忍の一人のほうが口を開いていた。

 「どういう了見だ?砂が木ノ葉を護って何の得になる」

 真っ直ぐ我愛羅へと投げかけられた問いかけだ。しかし、我愛羅はそれにも応えない。それが癪に障ったようで、雨忍は青筋をたてた。

 「まあいい。宣戦布告と見なすぜ、チビ。オレらの前に立ちはだかったことを後悔させてやる」
 「御託はいい。早くやろう、雨隠れのオジサン」

 ようやく口を開いた我愛羅は、真っ正面から挑発の言葉を吐いた。我愛羅の背にあるヒョウタンから砂が出てくる。
 しかし、この二次試験のルールにおいては、我愛羅よりもその兄カンクロウのほうが冷静だった。もし巻物の種類が同じなら、争う必要はない。チャクラを使う無駄な戦闘は避けたほうがいい。
 しかし、カンクロウが全てを言う前に、それは「関係無いだろ」という声で遮られていた。

 「目が合ったヤツは、みな殺しだ」

 明らかに雨忍達を格下に見てるような物言いにより戦闘は勃発した。

 「じゃあ早くやってやるよ!!」

 男の手にあった数本の傘が宙に浮き、印の結束と同時に術が発動される。忍法・如雨露千本。無数の千本が傘から飛び出し、我愛羅の周りを囲み、襲っていく。その千本の勢いは砂煙が起こる程のもので、結果どうなったかすぐ確認することは不可能だ。
 しかし、雨忍は既に勝ち誇った笑みを讃えていた。

 「他愛のない......」

 しかし、我愛羅をよく知っている兄妹と、敏感に風でチャクラを感じ取ることのできるトモエは、確信をもった目で我愛羅の位置を見ていた。
 砂煙が消えた後。そこにあったのは、砂でできた殻。それはいつしかさらさらと崩れ、中にいる"無傷の"我愛羅が見えてくる。その瞬間、ようやく雨忍は愕然とした。

 「な......一本も!?」

 雨忍の口から零れる戸惑いの声。対して、我愛羅にチャクラの乱れは何一つ見られない。我愛羅は真っ直ぐな冷たく落ち着いた目で雨忍を見ているだけだった。
 それから、呟いたのだった。


 「千本の雨か......じゃあ、オレは血の雨を降らせてやる」


 それは実に小さな呟きだった。独り言だろう。しかし風に乗った言葉は、しっかりとトモエの耳まで届いた。
 どくん、とトモエは跳ねた鼓動を感じた。驚愕は顔には出なかった。ただ手を拳にして強く握りしめる。

 何が彼をこんなに変えてしまったのか。

 トモエにはわからない。あの日以来、あの一度以来、会うことのなかったトモエに、悟りようもなかった。

 現実味のないブランコの音が脳内に響いたー―
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