それはとても控えめな笑顔だった。けれどトモエは今でも覚えていた。涙で頬を濡らしたままのあどけない笑顔。その笑みを見て、幼い自分もまた笑ったはずだ。
その出会いはお互いしか知らない、小さな出会い。幼いゆえの好奇心と偶然とか重なった巡り合わせ。たった数十分の短い間。
それでもトモエは鮮明に記憶に残している。赤い髪の、きれいな瞳の少年───我愛羅を。
その我愛羅が今、トモエの目前で戦っている。血走った目で残虐な言葉を吐く少年となって。敵である雨忍に欠片の容赦もなく。殺意をもって近づいてくる相手にも怯えず、戸惑わず、ひたすら冷静に。
トモエの耳に我愛羅が呟いた術名が届いた。
「砂縛柩」
同時に突っ込もうとしていた雨忍の足下の砂が崩れる。砂が突如動き出し、まるで意思を持ったように雨忍の体に巻き付いていくのだ。悲鳴を上げても意味なく、砂に覆われた雨忍は、最早顔しか見えない。
「うるさい口まで覆っても殺せるが......ちょっと惨めすぎるからな」
「ひっ。まっ待て!!」
我愛羅の声は何の情もない。昔と変わらない白く綺麗な手は、落ちていた雨忍の傘を掴んで広げる。
そうして、もう片方の手はゆっくりと掴まった雨忍のほうへ上げられた。我愛羅の冷血な表情は変わらない。変わっていくのは、更に殺気立っていく彼の目のみ。
あげられた我愛羅の手が、ぴくりと動く。
同時にトモエの心音が警鐘を鳴らしていた。
「砂爆葬送」
トモエの頬に、赤い液体が降ってきた。真っ赤な、真っ赤な、液体だった。
トモエは唇を噛み締め、震える体を抑えようと、強く自分の体を抱きしめた。血の匂いが嫌でも鼻につく。辺りには血が散乱している、その全てが雨忍だったもの。
男は死んだ。原型すら留めていない。存在が一瞬にして、消えたのだ。
「苦しみはない。与える必要もないほど、圧倒したからだ」
赤い髪の少年は言った。
「死者の血涙は漠々たる流砂に混じり、更なる力を、修羅に与う」
それから我愛羅の瞳が動く。あと二人いる、雨忍のほうへ。射止められた雨忍たちはあからさまにびくりと体を震わせた。
「ま、巻物はお前にやるっ。お願いだ、見逃してくれェ!!」
雨忍の一人が我愛羅の足下に巻物を転がせた。だが我愛羅は見向きもしない。殺気だった目は未だ雨忍達のほうに。
「我愛羅、くん」
擦れた声がトモエの口から零れた。我愛羅は見向きもしない。あまりに小さすぎて聴こえなかったのだろう。トモエの心臓がまたどくりと音をたてた。今からまた起ころうとしている殺戮を予測しているかのように。
止めろ、と全身が叫んでいる。
トモエの足の裏が強く地面を踏みつけた。
「(もう、見たくない)」
そして瞳は強く。トモエは自分の頬についた血を拭き取った。
「(見たくない......殺させたくない!)」
力一杯、足下を蹴った。
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