サクラは、現実と夢の狭間で揺れていた。こくり、こくりと頭が今にも落ちようとしている。それほどに疲労していた。全てはトモエが逸れたあとにやってきた強敵、大蛇丸の仕業だった。サクラの背後ではナルトが、サスケまでもが気絶している。動けるのはサクラしかいない。看病だけならまだしも、この危険な森の中では精神力も使う。睡魔はそろそろサクラを呑み込もうとしていた。
だがその時、それは一気に吹き飛んだ。
「寝ずの見張りかい?」
突然耳に飛び込んできた声。ハッとしたサクラの瞳が映したのはいつかの音忍三人衆。サクラは一瞬怯んだが、サスケを起こせだの、サスケと戦いたいだの好き勝手言ってくる相手に、さすがに腹がたって言い返した。
「何言ってんのよ!一体何が目的なの!?大蛇丸ってヤツが影で糸引いてるのは知ってるわ!サスケくんのこの変な痣はなんなのよ、サスケくんにこんなことしといて、何が"戦いたい"よ!」
サクラはその言葉の中に音忍が反応するキーワードが入っているのには気付かなかった。あの強がりなサスケがあそこまで苦しむ姿は初めて見たのだ。今のサスケが戦えるわけがない、起き上がることすら不可能なのだ。
しかし、音忍三人衆にそんなことを気遣う必要はない。その一人であるザクはゆらりと揺れてサクラに近づこうとした。
サクラはその瞬間緊張を一気に高めたが、ザクを呼び止める声があった。ドスはその場の地面を触っていた。
「ベタだなあ。ひっくり返されたばかりの土の色。この草、こんなところには生えないでしょ」
それはまさにサクラが仕掛けた罠だった。サクラの頬に冷や汗が伝う。
「トラップってのはさぁ。バレないように作らなきゃ、意味ないよ」
「チッ、下らねぇ。すぐ殺そうぜ」
ザクのその言葉を最後に、三人衆は一斉にサクラに襲いかかった。
しかし、サクラにもまだ策はあった。足下に備えていた糸をクナイで切った直後、三人衆に巨木が襲いかかった。「ヤバい!」と声を上げたのはドス。このスピードで直撃した場合、大ダメージを喰らうのは必至だ。
が、ドスは言葉とは裏腹に、口元に笑みを浮かべていた。
「なーんてね」
その一瞬で、巨木は粉々となっていた。サクラは目を見開く。三人衆はそのまま一直線にサクラへと向かっている。
「はっきり言って才能ないよキミは。そういうヤツは、もっと努力しないと駄目でしょ!」
サクラは本能的に察知した。彼らが自分の元に辿り着けば、あっという間に殺されてしまうだろうと。しかし、成すすべはなかったなく、また、予知するすべもどこにもなかった───
まさか助けに来る者が現れるなど。
「木ノ葉旋風!!」
目を瞑っていたサクラの耳に聞き覚えのある声が届いた。そして次に、誰かが蹴られる音。サクラはそうっと目を開いた。真っ先に見えたのはよく目立つ深緑。
「だったらキミたちも、努力すべきですね」
「......何者です」
サクラはすぐさま熱烈な告白をしてきた相手を思い出した。
「木ノ葉の美しき蒼い野獣、ロック・リーだ!」
あの時悪印象を持った相手が、今ここで敵の前に仁王立ちになり、自分を守っていたのだ。
サクラは呆気にとられた。そして、その深緑の隣では控えめに見える銀色にようやく気付いたのは、その数秒後のこと。リーに支えられてそこにいるのは、紛うことなくサクラのチームメイトだったのだ。
「トモエ!!」
振り向いたトモエは相変わらず笑っていた。その擦り傷だらけの顔で。
「サクラさん......良かった、無事で」
「無事でって、あんたのほうがボロボロじゃない!」
「大丈夫ですか?」「はい。本当に、ありがとうございました」とリーと会話したトモエは、よろめきながらもサクラの近くへ寄り、その場でへたり込む。サクラの信じられないものを見るような目を受け止め、トモエは「軽い傷だから、大丈夫だよ」と無理に嘘をついた。確かに目立った外傷はないため、完全な嘘ではないが、それだけでないのも確かだ。
しかし心配はかけまいとするトモエは、「私のことよりも......」と目を背後に向けた。サクラも思い出したように振り返る。
倒れている二人の仲間の姿。
「ごめん......トモエ。私、何もできなくて......二人に、守られただけだった」
「サクラさんは悪くありませんよ」
トモエは強く断言した。サクラは眉をひそめてトモエを見る。トモエは二人の姿を見るばかりだった。
「私が一番、何もできませんでした……本当に、ごめん.なさい.....」
「トモエ......?」
「でも、今は」
再び前を向き直したトモエにつられ、サクラも目を向ける。目前では、一人、音忍と対峙しているリーの姿。
一つ年上の木ノ葉の先輩であるというだけで、リーは七班には無関係だ。それだというのに、まるで使命があるとでもいうように彼はいる。
「お二人とも、安心してください。ここは僕が戦いますから」
「え、でも。あなたに関係なんて」
サクラが戸惑って応えても、リーは身じろぎ一つしなかった。
「僕はアナタがピンチの時は、いつでも現れますよ」
「で、でも今は、あなたにとっても私は敵よ?」
「サクラさん。前に一度言ったでしょう。"死ぬまでアナタを守る"って」
直球な台詞を恥ずかし気もなく言ったリーに、逆にサクラのほうが恥ずかしくなった。あ、ありがと、とどもりながら言うサクラの声は小さい。トモエは横でくすりと笑ってしまう。今涙を流してまで自分の言動に感動していなければ、完璧な王子様なのに。
しかし、そんな悠長な場でもない。一度蹴飛ばされたドスが戦闘態勢に入っていた。
「仕方ないなあ.....ザク、サスケくんはキミにあげるよ。コイツらは僕が、殺す!」
その行動は素早い。だが、リーも同等、またはそれ以上に反応速度が速かった。ドスが腕にある武器と思われるもので攻撃しようとする直前に、地下から引っ張りだしてきた巨大な根で防御に出たのだ。
「キミの攻撃には何かネタがあるんでしょう?馬鹿正直には避けませんよ。キミの技は、前に見せてもらいましたからね!」
驚きに目を見開くドスを一瞥したあと、リーは自らの手に視線を移した。巻かれている包帯を意味深にじっと見つめる。リーがこの状況で思い浮かべるのは師の言葉だった。危険すぎるこの術の、発動条件。
「(ガイ先生。では、心置きなくあの技をやります。何故なら、今がその......!)」
リーが心の中でそう唱えた時、包帯は完全に解かれた。
「大切な人を、守る時!!」
叫んだリーの姿は一瞬にして全員の視界から消えていた。と思えば、ドスは顎に強い衝撃を受けていた。いつの間にか現れたリーが下から蹴り上げたのである。それだけでは止まらず、リーは吹っ飛ばしたドスに影舞葉を実行していた。
それを見てハッとしたのはトモエ。リーの行動その全てが、試験前にサスケに対してかけようとしていた技と酷似していたのだ。それは、あの亀が"禁じ手"とまで言っていたもの。
しかしドスの危険を察したのはトモエだけではない。ドスのチームメイトであるザクもである。ザクはチッと舌打ちしたあと、すぐさま印を組んでいた。
「喰らえ!!」
そう叫んだのは、ドスの体と共に、真っ逆さまに落ちているリー。更に回転まで加わり、その落下スピードと相俟って地上の砂煙が酷くなる。
「表蓮華!!」
その声と共にドスの頭は地面に激突していた。リーは技を完璧にかけ終えた後、すぐさまドスから離れた。
しかしリーは僅かな違和感を覚えていた。全員の目の前で砂煙が少しずつ消えていく。すると、音の忍以外がハッとした。ドスが落ちた地点がスポンジのように盛り上がっていたのだ。
「ふう......」
「!?」
溜め息を零したのは、たった今リーの技を受けたドスだった。土の中から顔を出したドスはのそのそと起き上がる。「恐ろしい技ですね......」とドスがリーを見ながら言う。
サクラもトモエも息を呑んだ。アレだけの技を受けほぼ無傷で終わったのは信じられない。それだけ、ザクによる術がドスを助けたということ。二対一になった時点で不利。おまけに、リーは今の凄まじい術の反動で動けないようなのである。
しかしドスは待ってくれない。リーはなんとかドスの術を避けたものの、彼の脳に異常が起きた。
「ゲジマユくん。キミの技は確かに速い。けど僕の技は、それを超える音速だ」
リーは確かにドスを見返していた。しかし、その視界は歪みに歪み、ドスの顔の輪郭さえ捉えることができない。その感じたことのない不快感にリーは耐えきれず嘔吐する。ドスはその様子を冷ややかに見ていた。
「僕の技にはちょっとした仕掛けがあってね。かわしても駄目なんだよ、僕の攻撃は」
「何なのよ、その攻撃って!」
「"音"だよ」
ドスは服の裾をめくり、その腕にある機械のような武器を見せびらかした。
「音ってのはそもそも何なのか、知ってるかい?」
「......振動」
「御名答。音が聴こえるということはつまり、空気が揺れているのを耳の鼓膜がキャッチするということ。そして人間の鼓膜は、150本を超える音で破れる。また更に奥深くにある三半規管に刺激を与えることで、全身のバランスを失う」
まさに今のリーの状態のことである。
視界が歪み、耳も痛み、まるで外部から遮断されたような感覚。今のリーではまともに立つことすらままならないだろう。それを知っているザクは面白そうに笑い、ドスと同じように自身の技を説明する。超音波と空気圧を自在に操ることのできる能力。それのおかげで、ドスは"表蓮華"を喰らってもほぼ無傷だったのだ。
「説明は終わり。次は」
ドスの目にはもう、倒れているリーの姿は入っていない。
「キミだァ!!」
視線の先には、サクラのみ。
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