六十四

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 前を走るサスケの速さは、いつもより遥かに早くトモエはどんどん離れていってしまった。今のサスケにはイタチのことしか頭にないだろう。無我夢中のように走っていくサスケの後ろ姿が小さくなっていく。
 こうなっては致し方ないので、自分一人で行動するしかない。イタチが探しているのは九尾の力を秘めたナルト。つまりナルトの姿を探せば、必然的にイタチも見つかることになる。

 【里から少し離れたー…歓楽街のある宿場町だったけなぁー】

 朝、ナルトが言っていた言葉を頼りにトモエは走った。そしてたどり着いたのは、とある宿屋。

 ドガァアンッ、突然上の階から爆発のような音がした。その音に驚いたトモエはもしかしたら、と思い駆け上がっていく。

 ――そして案の定、トモエの瞳に最初に映ったのは…


 「うちは、イタチ」



 “千鳥”を発動しているサスケをうちはイタチはいとも簡単に腕を掴んで止めていた。
 サスケは憎しみの籠った目でイタチを睨むが、イタチは相変わらず涼し気に。グッとサスケの手首を握る力を強めた。その痛みに顔を歪めたサスケだが、瞬間、全ての意識が別方向へ向く。

 ナルトだ。サスケの危機を感じて印を組み始めたナルトから、禍々しいほどのチャクラが溢れでてきたのだ。
 だが、遅い。ーーべきり。

 「ぐぁあっ...!」

 サスケはあまりの激痛に膝をつく。解放はされたが、ダメージは大きい。

 「サスケェ!!ちくしょう!」

 焦ったナルトが更にチャクラをひねり出そうとするが、それも最後までは叶わなかった。鬼鮫が大刀を振ったかと思うと、一瞬でナルトを覆っていたチャクラが消え去ったのだ。目を剥いたナルトの空色に、鮫肌を構え直した鬼鮫のニヤリと笑う顔。

 「私の"鮫肌"は、チャクラも削り、喰らう!」

 大刀"鮫肌"は刀とは思えない蠢きを見せている。歯を食いしばるナルトに最早成すすべはない。サスケも気迫だけは残っているがまだ呻いている。

 「ちょこまか術をやられると面倒ですねェ。まず足より、その腕を切り落としましょうか」

 冷然な顔で残酷に言う鬼鮫。まだ九尾のチャクラを.探し求めているナルトに「無駄ですよ」と一蹴する。
 "鮫肌"が徐々に振り上がっていく。ナルトは咄嗟に目を瞑った。

 「氷遁・氷針波!」

 地面に着いたトモエの手から、波のような氷が鬼鮫を襲う。鬼鮫は大きく一歩後ろに飛び退きトモエを見る。

 「おや?あなたは先程の…」

 しかし鬼鮫の言葉などトモエの耳には入らず、トモエはその後ろの人物を真っ直ぐに見据えていた。

 低く冷たい声
 感情のない瞳
 目の前にいるのは本当に、自分の知る彼なのだろうか

 「鬼鮫、構うな」

 鬼鮫が再び動き出し、トモエはナルトの下へ急ぐ。しかし、目の前に自来也が現れたことでトモエは足を止める。

 「お前ら、ワシのことを知らなすぎるのォ...。男自来也、女の誘いに乗るよりゃあ、口説き落とすが滅法得意...ってな」

 助平なじいさん、というだけではない白髪の大男ーー伝説の三忍、蝦蟇仙人・自来也が、その場に現れた。

 ***

 「どうやら、その女にかけていた幻術は解いたようですねェ...」

 自来也は眉根を寄せ、それから背負っていた女性を床に下ろした。

 「ナルトからわしを引き離すために、女に催眠眼で幻術をかけるたァ。男の風上にもおけねェやり方だのォ。......目当てはやはり、ナルトか」

 瞬間的にナルト、サスケが目を見開く。だが誰もがナルトにもサスケにも一瞥をくれない。鬼鮫は僅かに眉を寄せ、イタチは静かに自来也を見ている。

 「道理でカカシさんも知っていたはずだ。なるほど、情報源はアナタか」
 「......」
 「その通り。ナルト君を連れて行くのが、我が組織・"暁"から下された、我々への至上命令」

未だ蝦蟇と力比べをしている鬼鮫を挟み、イタチは言う。
 
 「ナルトはやれんのォ…」
 「......どうですかね」

 低い声で凄む自来也と、至って冷静に対応するイタチ。続けて、自来也は「ちょうどいい」と零す。

 「お前ら二人は、ここでワシが始末する!」
 「......手ェ、出すな......!」

 しかし、その自来也に応じたのはイタチでも鬼鮫でもなかった。床に転がっていたサスケが呻くような声をあげたのだ。

 左手首の骨折の痛みに耐え、ゆらりと立ち上がったサスケ。ナルトも自来也も目を丸めてその姿を見る。だがサスケの目的はただ一人。密かながらも燃えるような怒りを目に、サスケはイタチを睨むばかり。

 「コイツを殺すのは...オレだ!」

 そのあまりにも憎しみに溢れた瞳に、ナルトは制止の言葉をかけることができなった。イタチがサスケに振り向くのを、ナルトは息を潜めて見ていた。

 「......今。お前などに、興味はない」
 「...! ふざけるなァ!!」

 吠えたサスケは拳を振り上げるが、それがイタチに届く一歩も二歩も手前でサスケは蹴られていた。壁に叩き付けられたその姿を目に、「サスケェ!!」と叫ぶナルト。だが、サスケの為と、ナルトが足を踏み出すことは許されなかった。

 「ナルトォ!手ェ出すなっつってんだろうが!!」
 「...!」

 遠く見える剣幕に、ナルトは足を踏み留める。サスケは壁に支えられながら、それでも立ち上がった。

 「言った筈だ...!オレは、この日のためだけに生きてきた......この日のために!!」

 サスケの目に宿る写輪眼。その目が思い返すは幼き日のあの惨劇。生暖かい死体がいくつも重なり、サスケはその前に立っていた。成すすべもなく。ただ目前に迫る恐怖に震えながら。
 しかしその手は痙攣しており、もはや印も結べない状態だ。それを察したトモエは、震える身体を動かしサスケの前に立った。

 「おい、トモエ…!!これは俺の戦いだ!!お前は離れて――「決めつけるな!」

 荒ぶる彼女の声。何時も冷静な彼女だが、仲間に叫ぶことは今までなかった。

 「貴方だけじゃない…!私だって…ッ」

 そう言うとトモエは迷うことなく、素早く印を結んだ。

 「氷遁・氷陣壁!」

 途端、イタチとトモエの前に氷の壁が現れる。自来也も彼女の術のこなしに感嘆の息を吐いた。

 「教えて下さい、イタチさん…あの夜…どうして、イタチさんは…!」
 「黙れ」

 イタチの静かな声とは打って変わって、トモエは珍しく感情を剥き出しにして目の前の人物を見つめていた。

 「…私の父、雪箆フブキは死に際にこう言っていました」

 
 【イタチさんを…許してあげなさい】


 「なんで…ッ、どうして父はそう言ったのか、未だに私は分からない…!

 どうして……、


 父は――貴方に殺されたというのに…!!」

 トモエの心の叫びが木霊する。いつの間にか瞳には涙もあふれ出ていた。

 「…答えて下さい…ッイタチさん!」
 「……しつこい奴だな」

 イタチは容赦無く、トモエに蹴りを叩き込む。それと同時に彼女の首を掴み、壁に強く打ち付けた。術者の影響で、出現していた氷の壁が消滅する。

 「…ぐッ、!」
 「俺がお前の父親を殺したことは、紛れもない事実だ。それ以外何も変わらない」

 僅かに吐血し気を失いかけたトモエは倒れ込み、イタチは変わらない口調で言葉を紡いだ。

 「ッんの野朗ォォォォ!!」

 そんな彼女の姿を見た途端、サスケの頭の中で何かが切れた。痛みなんてものは忘れて、彼はそのままイタチに向かって飛び出す。
 速度は先ほどの比ではない。しかしそれにも関わらず、イタチはサスケの攻撃を許さない。逆に殴られたサスケはまたも壁に激突するーーー吐血。

 「サスケ!!」
 「......まだ、だ......!これは、オレの、戦いだ...!」

 それでも言い張るサスケの想いは、不気味なほどこの廊下に響いた。だが、今度動いたのはイタチが先だった。兄の瞳の色をサスケは見る。ーーその、見下すような紅色を。

 「...ッ上等だ!!」

 だがその激情も虚しく、サスケはすぐに腹を蹴られていた。痛みに全身が震えるサスケ。肋骨がいくつか折れるーーーだが、サスケが感じた痛みは物理的なものではなく、突き付けられた事実に対する精神的なものだった。

 「(あの時から少しも縮まらない、この差はなんだ)」

 肋が折られる。血反吐を吐く。体の力が、抜けていく。サスケの襟首がイタチの手に掴まれた。イタチは相変わらず静かな目で、サスケの体を壁に押し付けた。

 「お前は......弱い」
 「...!」
 「何故 弱いか......足りないからだ。.........憎しみが」

 サスケの耳元で囁かれた言葉。サスケは歪む焦点を必死にイタチに合わせた。数年前は慕っていた兄の瞳に、あの頃望んでいた色はない。
 イタチの眼の模様が、ゆっくりと形を変える。トモエの記憶はそこで途絶えた――。
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