六十六

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 トモエは走っていた。電灯も家の明かりもなく、月光だけが照らす道のりを、そこら中に倒れている亡骸を視界に入れないようにしながら、一直線にうちは家を目指していた。時間が経つ度に不安が小さな心を襲っている。サスケと共に行けば良かったという後悔も。
 だが、遠い遠いと感じていた目的地は、確実に近づいていた。

 「...は、ぁ、ハア.......ッ」

 うちは家の前に辿り着いた頃には、また息が上がっていた。だが、今度こそゆっくり息を整える余裕はない。見慣れた家の扉を睨み、震える手で引き戸に手をかけた。

 だが、開ける前に背後を振り向いていた。そこには月に照らされた、うちはの家紋が並ぶ塀ーーその中の一つだけ、真ん中が裂けている。トモエは胸にざわりと這い寄るものを感じた。
 ーー傷をつけたのは、確かイタチだった。

 「(......何考えてるの、私)」

 すぐさま頭を振る。視線を戻して、ようやくそろそろと戸を引いた。待ち受けていたのはただ、暗闇の廊下。

 「ミコトさん...フガクさん...?イタチさん、サスケ......」

 怖々とこの家に住む者の名を挙げてみたが、予想通り、返事は一切なかった。じわりと手の平に汗が滲む。意を決して戸を全て開けきって、怖々と中に進んだ。あまりにも静かで、逆にしん...と聴こえてきそうなほど静寂が滞っている。トモエはごくりと唾を呑み込んだ。

 「(気配が...)」

 だがその想いを振り切り、サンダルを放り出して廊下を走り出した。うちは家は広い。部屋はいくつもいくつもある。それらを手当たり次第に開けていって、そのたび背筋が冷えるのを感じた。

「(気配が、どこにも...!)」

ーーミコトやフガクはどこかへ避難したのだろうか?イタチは敵襲を察知してどこかで戦っているのか?サスケは違う所に向かったのか?
 トモエは焦る足を止められない。一つ一つ部屋を確認して、一つ一つ可能性を潰している。

 しかし、それはいつしか最後の部屋となった。

 うちは家の最奥にある部屋。だだっ広く、トモエもよくイタチやサスケと共に遊んだ場所ーー。ここでなかったらうちは家の人間は誰一人としてこの家にいない事となる。

 どくり。何故か一層高鳴った心臓に、気付かないフリをした。

 ゆっくりと戸を押した。重い戸は一息では開かず、だがそれでも窓から月明かりが入り込んでいるのが見えた。だがほぼ真っ暗で、何もーーー
 .........何も?

 「(......あ、し......?)」

 暗闇に慣れてきた目に見えたのはーーーヒトの、脚だった。
 一層背中に嫌なものを感じ、手の力が弱まっていく。重々しい音をたて、また扉は閉まっていく。

 「(......今、の、は?)」

 ーーしかし、トモエはすぐに眼力を強くした。自分を戒め、一気に扉を弾き開けた。
 今見たものを、気のせいだと、思いたかった。

 血溜まりの中にミコトとフガクが倒れているだなんて、信じたくなかった。
 ーーーだがそれは、現実だった。

 目を見開くトモエ。全身の力が一気に抜けたように、すとんと脚の力が抜けていた。吐息に混じった声はか細い。

 「ミコトさん...フガクさん...?...ミコトさん!!フガクさん!!」

 その場で叫んだ声は、虚しくその場に響き渡る。答えるものは誰もいない。トモエだけの空間があった。
 ミコトとフガクは既に、あの世に落ちている。もう此処には、無い。

 笑う顔。笑う顔__トモエを迎え入れてくれた、優しい笑顔が消えていく__
 
 「(な.......っ泣く、な...!)」

 目を強く瞑り、拳を強く握った。震える足に鞭を打ち、必死に力を振り絞った。

 「( 泣くな...泣くな...)」

 既に学んでいる。絶望は、何も生まないことを。

 「え……な、んで、…」


 倒れているミコトとフガクから視線を横に向けたときだった。
 “それ”は月明かりから外れ、暗闇の中に紛れてよく目を凝らさないと視認できないほどだ。
 しかしトモエの灰色の瞳にはハッキリと映っていた。

 ―――自身の着物の後ろにも縫われている“待雪草”、雪箆家の家紋が。

 今、その家紋を背負っているのは木の葉の里でたった二人。
 雪箆トモエと、


 雪箆フブキーートモエの父が其処に倒れていたのだ。


 「お父さん…!!お父さん!」

 慌てて駆け寄ると、暗闇の中ではっきりと視えてきた父は血だらけだった。そう、フガクやミコトと同じように。
 父は任務で家を空けていた筈。何故今、うちは家にいるのか、どうしてこんな姿になっているのか。

 「返事して…!お父さん嫌だ!起きてよ!」

 呼びかけに応えない父。途端、トモエの中で最悪の展開が頭を過り、直ぐにその考えを払拭した。

 「……トモエ」

 か細い声が耳に届いた。それと同時に聞こえてくる、ひゅーひゅー、という苦しげな呼吸。
 トモエと同じ灰色の瞳が、うっすらとその色を見せていたのだ。フブキが意識を取り戻したらしい。灰色の瞳だけをトモエへと向けていた。
 
 「お父さん!良かった…生きてたッ、直ぐに大人の人を呼んでくるから!だからもうちょっと――」


 「イタチさんを…許してあげ、なさい…」

 
 ―――何故、その名前が出てくるのか。トモエには父の考えが理解できなかった。

 「な、何言ってるの、なんでイタチさんが…」

 顔を引き攣らせながら問いかけるトモエに対し、それから父は最後にこう続けた。

 
 
 不甲斐ない父親で ごめんよ


 
 その時、父は笑っていた。潤んだ瞳から悲しみの欠片を零しながら。
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