七十

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 白の病室。二人。サスケと、サクラ。
 ついさっき医療のスペシャリスト・綱手の手によって目を覚ましたサスケは、いつも以上に口数が少ない。サクラはそんなサスケが寝ているベッドのそばにじっと座っていた。......どことなく、気まずく感じながら。

 「あの、サスケくん......何があったの?」
 「......」
 「......起きたばかりだし、まだしんどいわよね。寝とく?」
 「......」

 定期的に声をかけてもサスケの反応は一切ない。サクラは気を落とし、そっと俯いた。何も知らないサクラは問いただしたい気持ちでいっぱいだったが、このサスケの前ではそれもできない。暗い気分でいっぱいのサクラに、先ほどからずっと脳内を離れない声が、また甦った。


 『トモエ......?』


 あの声は確かにサスケのものだった。サスケが目を開けた時、サクラが思わず抱きついてしまった時だった。サスケはか細い声で、確かにそう言った。サクラの胸が痛んだのは当然のことだった。

 「(こんな時にまで、私......)」

 サクラは自嘲する。サスケの中でトモエは、それほど大きな存在なのだ。

「(二人はずっとお互いを支え合ってきたんだもの......そんなの、当たり前の事よね......)」

 コンコン___

 その時不意に聴こえた音にサクラはハッとし、顔を上げた。

 「はい」
 「......サクラさん?」
 「......トモエ。...入ってきなさいよ」

 それはつい今までサクラが考えていた人物の声。サクラは目の端で確かに反応したサスケを捉え、再び胸が痛んだが、できるだけ動揺を押し殺した。がらりとドアを開ける控えめな音。
 
 「いつ任務から帰ってきたの?いきなりいなくなってびっくりしたんだから」
 「つい昨日です......私も急に呼び出されてそのまま行っちゃったので。すみません」
 「何言ってんの、別に謝らなくていいわよ。......その紙袋は?」

 トモエがその間、一切サスケに顔を向けなかったことに気付いた者は、果たして。
 ただトモエはサクラに受け答えし、手に持つ袋を指差された事で、中身を見せていた。数個の真っ赤に熟れたリンゴである。

 「わ、おいしそう。私が切るわ」

 サクラの手に、トモエは躊躇なく紙袋を渡した。だがそれによってサクラがトモエの様子に気付く。
 
 「......トモエ?どうか、した?」
 「......どうもしないですよ。リンゴ、お願いします」

 しかしトモエはサクラの元を離れていた。その目は迷うように右往左往する。
 だが、ーーその時ちょうど顔を上げたサスケの瞳と、トモエの視線が交わった。

 「(......サスケ......)」

 幼なじみを呼ぶ声は、実際の声にはならなかった。サスケの瞳は酷く暗い。それが、トモエの瞳には、昔うちはが殺された後の暗闇以上に見えた。

 「......大丈夫ですか?もう起きても、」
 「お前は」
 「!」
 「お前はアイツに、何もされなかったのか」

 リンゴの皮をむきながら、サクラは二人の様子を伺っていた。会話内容はサクラには全くわからない。だが首を突っ込む勇気も持てないサクラは、ただ二人を見つめていた。
 起きてから初めて会話らしい会話をするサスケ。それに対するトモエの顔は、サクラの目から見ても酷く強ばっていて、そしてサスケから目を背けていた。

 「なにも......あの人は私を見逃してくれたみたいですね」
 「......見逃したんじゃない。所詮オレもお前も、アイツの器を量るのには適してなかったってことだろ」

 トモエはそれに応えない。窓に近寄ったトモエは、ぼそりと、「空気、入れ替えましょうか」とだけ言って窓を開けた。サスケもサクラもそれには応えなかった。

 滞る沈黙。
 サクラの中で沸き上がるのは不安。トモエの中に沈殿しているのは確信。ーーサスケの中を蔓延するのは、苛立ち。

 黒の瞳はじっと銀色を見つめていた。だがトモエが振り向くことはない。トモエの様子がおかしい事はサスケにも分かる。

 「(何なんだ......)」

 サスケが見据える先に浮かんだのは、兄であり憎しみを向ける先であるイタチだった。

 イタチが目的としていたのはサスケではなかった。何故かナルトがイタチの目的だったのだ。

 「(何なんだ......!)」

 そこにどんな理由があろうと、サスケには許せなかった。"復讐者"であるサスケを差し置き他の誰かのほうが前方に立っていることは見過ごせなかった。それがあるいはただの嫉妬心であったとしても、サスケに、この感情を捨てることは不可能だった。
 ナルトは、思いも寄らぬスピードで、どんどん強くなっている。

 「サスケ、サクラちゃん。入るってばよ?」

 その声が聴こえた瞬間もサスケの耳に強く響き、漆黒の瞳はじろりとドアを睨んでいた。

 ガラガラとドアを開けた先にはナルトが突っ立っていた。
 そうしたナルトはまず第一に銀色が目につき、「トモエちゃん?」と首を傾げる。振り返ったトモエは小さく笑う。「シカマルくんから聞きました。ありがとう」と言うトモエにナルトはニカッと笑った。

 それだけのことが、更にサスケの感情を高ぶらせる。

 サクラと談笑するナルトはサスケの異変に気付きもしない。トモエも黙ってまた視線を元に戻すのみ。何よりも、サスケはその空間で、自分の胸に噴き上がる苛立ちの音を聞いていた。

 「うん、うまくむけた。食べやすいように切って、と」

 ナルトとの会話の合間にサクラは呟き、つまようじでリンゴを刺す。そして「はい、サスケ君、リンゴ!」といつもと変わらない笑顔でそれを渡そうとする。
 ーーーしかし、それに対してのサスケの行動は、誰にとっても予期せぬ行動だった。


 ガシャン__!!


 「!?」

 サクラが差し出したリンゴを、サスケの手が皿ごとはね除けたのだ。

 「お、おい!?なにやってんだってばよサスケ!」

 その破片がぶつかりぎょっとするナルト。目を見開いたまま硬直するサクラ。トモエは振り向き、下唇を噛む、サスケは暗い瞳で俯いていた。

 「サスケくん......?」

 サクラが小さく零す。だが顔を上げたサスケが見る先は、ただただナルトだった。

 「なっ...なんだよ。そんな、睨むことねーだろ!」

 トモエがびくりと体を揺らすが、誰かがそれに気付く事はない。トモエ自身もサクラも、ただサスケとナルトを見ていた。漂う空気が異常な事は誰にでも判る。サクラは怯えたように二人のチームメイトを見やっていた。
 サスケの低い声が響く。

 「おい、ナルト」
 「な、なんだってばよ」
 「オレと今から、戦え」

 ナルトは怪訝な顔で「はぁ!?」と喚いた。

 「綱手のばーちゃんに治療してもらったばっかだってのに、何言ってんだ...」
 「いいから、戦え!!」

 だがサスケは本気も本気だった。途端にサスケの瞳に宿ったのは写輪眼だったのである。ーー敵意のこもった目。仲間に向けるそれとは全く違う。
 ナルトも息を呑む。サクラは口を挟めない。
トモエはやはりだんまりを決め込んでいる。

 「オレを助けたつもりか。五代目かなんか知らねェが、余計なことさせやがって」
 「なんだと......!」

 サスケの口から次々と出てくる言葉に、ナルトにまで怒りが沸く。サスケはそれを機とばかりにベッドから下り、ナルトに向かい合って写輪眼で睨みつけた。ナルトももう、サスケの体を気にすることはない。

 「オレと戦いたいと言ってただろ。今から戦ってやるって言ってんだよ。それとも、怖じ気づいたか」
 「...フン。ちょうどいいってばよ......オレもお前と戦りたいと思ってたとこだ」

 「ふ、二人ともやめよ......ね」と今にもお互いを殴り合いそうな空気の中でサクラは言ってみるが、効果がないことは明らかだった。
 サクラは遂にトモエに助けを求めようとするが、トモエは今や、拳を握って俯いているだけだった。

 「ついてこい」

 サスケがナルトに言った一言を機に、互いをライバル視する二人は病室から出て行った。ぱしゃりと踏みつぶされたリンゴをサクラは暫く黙って見つめていた。

 トモエはやはり動かなかった。

 仲間を誰より大切にするトモエが、あの空気の中で一言も口出ししなかったのは、誰から見てもおかしな事だった。サクラはそっとトモエを見上げる。トモエの顔にかかっている陰が酷く重たいことは、サクラにも見て取れた。

 「......トモエ。サスケ君とナルト、追いかけよう?」

 それでも、サクラはトモエのほうへ手を差し出す。微かな希望に縋る想いで。
 だが、サクラの耳に聴こえたのはただ小さな声。

 「ごめんなさい......サクラさん」
 
 それは拒絶の言葉だった。サクラはきゅっと伸ばした手を握る。トモエが何に謝っているのかは恐らく誰にもわからない。サクラには訊くのも憚られた。

 「......いつも、一人で抱え込んでるのね」

 踵を返すサクラ。その言葉に反応したトモエはゆっくりと顔をあげた。
 赤の服に、鮮やかな桜色の髪。
 その後ろ姿へとトモエは何か言いそうになったが、結局擦れた息しか出ない。トモエはサクラの震える声を聞いているだけだった。

 「知ってるわよ......アンタが強がりで、何でも自分でしようとする性格だってことくらい。けど、けど仲間なんだから......!少しくらい、頼ってくれたっていいじゃない......バカトモエ!!」

 そうして、サクラは足早に病室から出て行った。ナルトとサスケを追ったのだろう事はトモエにも分かった。

 トモエはただ胸の奥に渦巻いた違和感に密かに気付いただけだった。深く考えずに、両手を組んで握りしめる。

 「(サクラさん......違う。私は今、目を背けてただけ)」


 ーーサクラは、"現在(いま)"を壊さないために走り出したというのに。

 「(ごめんなさい......サクラさん)」

 トモエはまた心中で繰り返す。サクラが出て行ってから数秒か、数分か。
 トモエはようやく動きだし、病室のドアを乱暴に開けたかと思うと全速で走り出した。
 不思議なほど迷う事なく、トモエは真っ直ぐ病院の屋上を目指していた。

 「(私、怯えてるだけだった。私にできることだって、きっとまだあるのに、ひたすら地面を眺めてるだけだった)」

 ーー分かりかけているからこそ、できることもあるというのに。

 長い階段をひたすら上り続けていくトモエ。その手に滲む汗を無視し、止まる事なく。
 サクラが見ている希望を、トモエも手繰り寄せたい。ーーートモエが希望を見れる最後まで。
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