「やめてよ───!!」
サクラの悲痛な声が空高く響き渡った。それは、ちょうど長い階段を走り終えたトモエの耳にも届いていた。
トモエの瞳に映ったその場の光景。
ナルトの手中のチャクラの渦と、サスケの手に迸る雷とーーー二人の目に宿るは、互いに譲れない想い。そうして、一人の少女が駆けて行く。必死な願いを言葉に変えて。
「サクラさん!!」
トモエは間髪いれずに走り出す。冷静な判断力は今この場にいる誰にも無かった。
このままだと一番危ういのは無論サクラで、ようやくチームメイトの姿にナルトとサスケが気付いたとはいえ、それは止められるものではない。
ーーーが。
サスケとナルト、二人の手首をいとも容易く掴む手があった。
「うわぁッ!!」
「なッ!?」
それが誰か確認する間もなく二人は投げ出され、病院の給水タンクにぶつかる。ドガと音をたて、二人の術によってタンクは貫かれ、盛大な水音が溢れた。
「病院の上で何やってんの?喧嘩にしちゃ ちょいやりすぎでしょーよ、キミたち」
現れたのはまさしく第七班の担当上忍、カカシだった。
そしてサクラが驚いて投げ出された二人を振り返った時、トモエがサクラを抱きしめていた。
「トモエっ?」
サクラが反射的に名を呼んでも、トモエは顔を上げなかった。その二人の頭を、カカシは順に撫でていた......だが、カカシが厳しい目を向ける先は、トモエでもサクラでもない。
二つあるタンクにそれぞれぶつかったナルト、サスケ。ナルトがぶつかったそれには小さな穴だけが空いていて、そこから僅かな水が漏れ出している。サスケはその様子を確認した後、自分が突き破ったタンクを見つめた。捻ったような大穴から、滝のように轟々と溢れ出ている水。
サスケは口元を上げていた。
「ナルトを殺す気だったのか?サスケ」
するとサスケの下に落ちてきた声。カカシがタンクの上に座っていた。「なに優越感なんかに浸ってる」と心なしか低いその声の主をサスケは睨みあげる。
「さっきの千鳥。同じ里の仲間に向ける大きさじゃなかったな......なんでこんな子供じみたマネを」
「......フン」
だがサスケはまともに応える気はないようだった。
隣のタンクの前で息切れをしていたナルトは、そうしたサスケにゆらりと目を向けている。いつになく苦渋で歪んだ空色の瞳も、もうこの決闘が普通の意味以上のものだと気付いたようだ。憤りを含めた当惑がナルトを支配していた。
誰もがサスケに疑惑の瞳を向けていた。トモエ以外は。
サスケはその、ただ一人に一度目を向けてから、軽く地を蹴ってフェンスの向こう側へ降りて行った。
「......サスケくん.....」
見えなくなった仲間へ静かに呟いたサクラ。その瞳に映るはずの青空は気のせいか霞んでいる。そこでようやくトモエが顔を上げ、「ごめんなさい...サクラさん」と何度目か知れない言葉を零していた。
ううん、とサクラは言おうとした。ーーーだが、サクラはこの瞬間、心に縛り付けていた鎖が一気に外れるような感覚に陥っていた。
サクラの瞳から流れだした涙。必死に抑えようとしてもそうしきれず、漏れ出した嗚咽。
「......サクラさん、」
そのサクラを目の前にして、トモエは強く歯を噛んでいた。感情の矛先をどこへ向ければいいか分からないからこそ、そうするしかなかった。
トモエはもう一度サクラを抱きしめるトモエの目には涙こそないが、自身で自分の顔に滲み出ている表情を自覚していた。
「(まだ......泣いちゃだめだ)」
トモエは自分を戒めていた。トモエの瞳には哀愁以上に、決意が溢れていた。
「(まだ......まだ、きっと、大丈夫なはずだから......)」
トモエが密かに胸中で呟いた時、トモエとサクラ、二人の頭を温かい手が撫でた。トモエが顔をあげれば、目尻を下げた微笑を零しているカカシが。サクラも潤む目を擦りながらカカシを見上げる。
「だいじょーぶ。また昔みたいになれるさ」
「カカシ先生......」
「それと......トモエ」
「!」
「一人で何でも抱え込もうとするな。お前自身にそんなつもりはないんだろうけど、もう少しオレたちを頼れ。......な」
ぽん、ぽん。
カカシはトモエの頭を撫で、困ったように微笑んでから、一瞬にして消えていた。その口調はまるで病室内での一連の出来事すらも知っているようだったが、そんなはずはない。
「(トモエ...)」
サクラはそっとトモエから離れ、仲間であり友人であるトモエの顔を見る。つまり、察しの良いカカシから見ても、トモエの様子がおかしいことは明らかだったということだ。
だが、それでもトモエは無言で、カカシの言葉を呑み込むようにぎゅっと強く目を閉じているだけだった。
「サクラちゃん......」
不意に聴こえた声に、サクラが思わずトモエから意識を外した時、トモエはその数秒で消えていた。
振り返った時サクラが感じたのは、温かく柔らかい、しかしどこか弱々しい風だった。
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