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時にはバスだけじゃなく、飛行機での移動になることもある。
空港内を徒歩で移動して外にスタンバイしているバスまで向かう、この簡単な筈のルートだけど、稀に大変な思いをすることもあるのだ。
その日、いつも通り飛行機を降りて出口へと向かうと、悲鳴にも似た歓声が聞こえてきて思わず「げっ」とげんなりしてしまった。ファンが応援してくれるのは勿論嬉しいけど、度を越した人たちも中にはいるわけで。常識的マナーを忘れてしまうのか、俺たちが歩いている周りに勢いよく走ってくるその人たち。
あっという間に囲まれてしまった俺たちを必死で警備してくれるスタッフもいるけど、数には中々勝てなくて、ぎゅうぎゅうに押されながら歩くしかない。
その時、前方にはヒョン達がいて後方に俺とユリが歩く構図になっていた。ユリは華奢な分、倒れやしないかと心配するスタッフが付きっきりになることもあるけど、その日はユリの方に熱狂的な女の人がいて、歓声を叫びながら彼女の方に駆け寄ろうとしていたのが見えた。勿論、スタッフの人が危険だと判断して直ぐに前に出て止めようとしていたから、そこまでは良かったのに、
事件はその直ぐ後に起こった。
スタッフが彼女の盾になろうと目を離してしまった瞬間、ユリの直ぐ傍にいたらしい男が彼女の手首を掴んでしまったのだ。さらに、あろうことかそのままユリを引っ張っていこうとしたらしい。
群衆の中で女性の悲鳴にも近い声ばかりが耳をつんざき、異常事態に気付けという方が難しかったかもしれない。
でも、その時何かが聞こえた気がして…俺にも分からなかったけど、誰かが助けを求めるような声が。
そうしてふと横に目線を向けた途端、視界に移ったのは、
―――今にも泣きそうな女の子が、震えながらも腕をこちらに伸ばす姿だった。
それからのことはあまり覚えてない。多分自分も必死だったんだと思う。
一部始終を見ていた人曰く、俺はユリが伸ばした手を掴んで勢いよく自分の方に引き寄せていたということ。
俺も気づいたときにはユリは俺の腕の中にいて、何故か必死に酸素を求めていた。ユリこそ恐怖でいっぱいの筈なのに、残念なことに男の俺も彼女と同じように腕が震えていたのだ。
それから直ぐに男は逃走。騒ぎに気付いたスタッフさんとヒョンたちが俺とユリを守るように囲って、周りから顔が見えないよう壁になってくれた。
皆が何か口早に言ってた気もするけど、空港の警備の人たちが駆けつけてくれるまで、俺はただ黙って、自身の頼りない腕の中に彼女を入れていた。
***
事件の後、空港で警察の人たちやスタッフさんから話を聞かれている間、俺はユリの傍を離れることはできなかった。
もしもあの時、俺が気づけなくてユリを助けることができてなかったら。最悪のケースが頭に浮かぶ度にぞっと鳥肌がたってしまい、彼女の存在を近くで確認できないと不安だったのだ。
そして周りが何か話を進めている間、ユリは一言も喋らなかった。頷いたり、首を振ったり、身振りで意思疎通を図ることはできるけど、視線はずっと下を向いていた。
それもその筈。あんなことがあったら誰だって普通でいられない。実際、俺だって恐怖を感じたぐらいだ。
その後、おおよその話は終わったのか、俺たちは一先ず宿泊先のホテルに移動することとなった。勿論、さっきよりも厳重な警備の下で。
移動の間も俺はユリの隣になるべくいようとした。
でも、俺がスタッフに声をかけられて歩みが止まったとき、ユリもその場を動かなかった。
―――まるで俺に合わせて足を止めたみたいに。
彼女のその様子が目に映ったとき、俺の中で何かがグッと込み上げてきた。
ヒョンたちはユリが女の子扱いされるのに抵抗があるって言ってたけど、俺は別に女の子だからって下に見るつもりはない。以前の俺ならあり得なかったかもしれないけど。
むしろ今は、ユリが女の子だからこそ、男としてこの子を、
何があっても守ってやる――――心の中でそう誓った。