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あの日のことは今でも憶えている。
空港の通路を兄さんたちの後ろにつきながら歩き、ファンと思われる人たちが周りにたくさんいて、スタッフさんたちが必死に道を作ろうとしてくれていた。
ただこういったとき、ファンの多くが兄さんたちを見に来ているから、自分はそんなに大変だなと思うこともなく、寧こういう光景も見慣れたなと傍観するように見ていた気がする。
でも、そんな呑気なことを考えていたから罰が当たったのか。
何かに腕を引っ張られたと理解した瞬間、ひゅっと心臓が止まったような、酸素が取り込めないような感覚に陥った。今思えば、突然の異常事態に対し必死に身体が抵抗していたのかもしれない。
その時の自分が感じていたのは気味の悪い恐怖そのもので。
得体の知れない力によって、自分だけがその場から消えてしまうような気がした。
人間はこういう時言葉が消えるっていうけど、自分も例外ではなく、今までどうやって声を出していたのか不思議な程、何も出てこなかった。
しかも最悪なことに自分は兄さんたちの最後尾で、唯一自分に付いていたスタッフもまた別のファンを止めていて、この状況を知らせる術が一つとして見えず、その瞬間絶望を感じた。
嫌だ 怖い 気持ち悪い 誰か 気付いてよ お願い こっちを見て お願いだから
誰か、
―――助けて
そうして、いつもより重く震えて言うことを効かない腕を何とか伸ばしたとき、
丸みがちな大きな瞳と目が合った。
瞬間、自分が必死の思いで伸ばした腕を、彼は掴んでくれた。
さっきよりも力強く、反対方向へと引っ張られる身体。
けれど恐怖は感じられなかった。
やがて自分の頭がようやく落ち着きを取り戻した頃、真っ黒いシャツが目の前に広がっていた。
それから事件が起こったその場から退出して警察の人やスタッフさんたちに話を聞かれている間も、先ほどの恐怖はずっと自分の身体にまとわりついて胃がむかむかするような気持ち悪さがあって、正直、兄さんたちやスタッフさんたちがいても、それは消えなかった。でも、
ジョングクさんが助けてくれた―――
この事実だけが、その時の自分にとって唯一の救いだった。
***
事件から幾日か過ぎたけれど、いつまでも“これ”を引きずりたくなくて、兄さんたちにも余計な気回しをさせたくない。
“甘えるのは今日だけ、次の日からはまた「ユリ」に戻る”とあの日眠れないベッドのなかでそればかりを考えていた。
それでも周りの人たちが遠回しに気を遣ってくれていたのは気付いていたから、それがまたいたたまれなくて、ピンと琴線を張るように神経を尖らせていた。
普通でいないと。
皆に心配かけちゃいけない。
―――しっかり歩け、自分
それなのに、空港のホールへと向かう途中、思うように動いてくれない自身の身体が悔しくて、もう前すら見られなくなったときだった。
誰かの手が自分の左手に触れてきた。自分は誰かが掴んでくる感触に一瞬あの日を思い出してしまったけど、その手は何かが違っていた。
「傍にいるから、もう大丈夫だよ」
優しい声で言う彼の手は誰よりも暖かくて、私は思わず泣きそうになった。