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 んー…どうしたものかなぁ。
 可愛い黄金マンネを応援できたらと、丁度一人でいたユリに声をかけて直球で質問してみたのだけど、これはジョングクにはどう言ってあげた方がいいのだろうか。いっそのこと今は伏せておくべき?でもジョングクのことだから、そういうの絶対気になってるだろうし。
 そうして、ユリが帰った事務所の廊下で一人考え事をしていた僕は先ほどの話を聞いていた人物たちがいたとは気づきもしなかった。別に誰かが聞いていても問題はないけれど、でも、それがまさかこいつだったとは。

 「…ヒョン」
 「うわ!ジョングギ!?」

 突然現れたジョングクにびっくりして大きな声が出てしまった。幽霊かよと突っ込みたくなるほど暗いオーラが漂っているジョングク。これは、もしや…

 「……聞いてた?」

 こくりと首を縦に動かす様子に溜息が出てしまいそうになった。

 「今日レコーディングがあったんです。休憩入ったからドリンク買いに行こうと思って……それで」
 「そっか…」

 廊下から僕たちの声が聞こえてきたから、思わず死角に隠れて聞き耳を立ててしまったらしい。
 同じ事務所なんだから出くわすなんて当たり前だし、仕事も別々で行われることがあるから細かいスケジュールまでは把握してないから、こういう事態が起こっても不思議じゃない。のだけれど、タイミングがなぁ。

 「ごめん、俺が急ぎすぎたんだ。お前に聞かせるつもりはまだなかったんだけど…」
 「いいんです。ヒョンは気を利かせてくれたんですよね、ありがとうございます」
 「いや、でもユリはユンギヒョンがかっこいいって言ってたけど、あれは“お兄さん”としてだろうから。そんな気にすることじゃ、」
 「ユンギヒョンの傍が落ち着くって、前にユリがそう言ってたんです。俺、思うんですけど、ユリにとってユンギヒョンは他の兄さんたちとは違う、何か特別な思い入れがある人なんじゃないかって」

 ジョングクの言葉に僕は何も返せなかった。何故かといえば、やっぱり僕も同じことを感じていたから。それはデビュー前からのユリを思い返せば納得がいく話で。

 実はユリは僕たちとは練習生時代を殆ど一緒に過ごしていない。彼女の場合、僕たちとは経験値が遥かに違ったし、事務所の試験を合格して直ぐにデビューが決まった超エリート生だ。だから最初の頃は一緒に過ごした時間があまりにも少なくて、苦労した練習生時代を共にする僕たちは家族みたいに仲良くなっていくなか、ユリは一人だけ後ろの方にいた。
勿論、リーダーのナムジュニヒョンとか、最年長のジニヒョン、それからテヒョナなんかは積極的に声をかけていたけど、ユリの方から皆に近づこうとはしていなかった印象が強い。
 そんななか、ユリが唯一、自分から傍にいこうとしていたのはユンギヒョンだったのだ。僕はそれがどうしても分からなくて。だってこう言っちゃ失礼だけど、ヒョンは一見すると不愛想でとっつきにくいというか、一番近づきにくいメンバーなんじゃないかなって思ってたから。
 あの当時のユリはヒョンに話しかけるわけでもなく、ダンスの休憩中にちょっと間をあけて隣に座っていたり、ヒョンがどこかに行けばユリも後からそれに続いていたり、まるで親鳥についていく雛鳥みたいな感じだった。ヒョンはそんなユリを鬱陶しく思うわけでもなく、二人は何も言わずとも一緒にいる、みたいな不思議な空間を作っていた。
 
 今思っても、なんでユリはあの時からヒョンの傍にいようとしたのか真意は分からないけど、ジョングクの言う通り、彼女にとって何か特別な存在であることには変わりない。
 だから僕もユリから「ヒョンがかっこいい」と聞かされたとき、ちょっと焦った。ジョングクのためと思ってやったことが、逆にジョングクにとって痛手な話になるんじゃないかと。

「…ジョングク、ここで悩んでても仕方ないよ。ユリからまだ詳しい話を聞けてないのに、俺たちが憶測だけで決めつけたってしょうがないだろうし。
まだ仕事あるんでしょ?今はそっちに集中しな」
 「………」
 「何か聞いてきて欲しいこととか、気になることとか、俺で良かったら頑張ってみるから……な?」
 「…はい」

 そのまま負のオーラ全開で戻っていくジョングクに、上手く力になってやれない自分がもどかしくて仕様がなかった。
 そしてジョングクを見送ったところで、自分もそろそろ次の仕事に向かおうかと思った時、これまた、まさかの人物と出くわした。

 「ユンギヒョン!」
 「お疲れ。これから仕事?」
 「はい。ヒョンはまた作業室ですか?」
 「いや、今日はもう上がり」
 「そうですか、お疲れ様です」

 廊下でばったり会ったユンギヒョン。ジョングクと話したばかりだったから、本人の登場に少し驚いてしまったけれど、ヒョンはいつもと変わらない様子だったから、俺たちの話を知っているわけではなさそうだ。流石にヒョンにまでユリとの会話を聞かれてたらどうしようかと思ってしまった。

 「じゃ」
 「はい。………ヒョン?」
 「ん?」
 「そっちは突き当りですけど…」
 「え、あ、そうか。ちょっとぼーっとしてたわ、ありがとうな」

 何年も来慣れてる筈の事務所の出口への道のりを間違えるなんてヒョンらしくなかった。いつも通りに見えたけれど、本当にそうなんですよね?

 まさか、いや、そんなことはない。そう思い込むことだけが、その時には自分には精一杯だった。

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