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そうして迎えに来た車に乗り込んだ俺たち。折角大きめの車だからホソギヒョンがゆっくり休めるよう前の席に一人で座って、俺とユリは後部座席に二人で座ることにした。車が動き始めて直ぐホソギヒョンの寝息が聞こえてきたら、相当眠かったんだろう。
「楽しかったですね」
「あ、うん。こういうの最近できてなかったし、良い息抜きになったかも」
後部座席で二人きり。しかもホソギヒョンが眠っているから邪魔にならないよう、できるだけ小声でひっそりと話すから、静かな空間でユリの声だけが耳に響いてくるような感覚にどきどきしてしまった。
「ジョングクさんって、ご飯食べるとき時々ほっぺが膨らんでますよね」
「っ、そうかな」
「はい。兎さんみたいで可愛いです」
え、なんでだろう。いつものユリと違う気がするのは、俺だけ?
「大きな口で食べているのも可愛い」
「…ユリ」
「はい?」
「……酔ってる?」
「そうですか?あんまり酔った感覚はないんですけど…ジョングクさんは酔ってますか?」
いや酔ってる。これ、絶対そうだ。
だっていつもより表情が柔らかいし、普段聞いたこともないようなことばっかり言ってくるし。ホソギヒョンみたいに顔色が変わるわけじゃないけど、多分これがユリの酔っている姿なんだろう。
見た目はいつも通りなのに、纏っている雰囲気とか、言葉がいちいち可愛い。
「お兄さんたちは皆さん強いですよね。あ、ホソクさんは除いてですけど。でもホソクさんのそういうところも意外な一面で良いと思うんです」
「……」
「あとジョングクさんは期待通り飲める感じです。できないことはないイメージがありますから、やっぱりかっこいいですね」
「………ユリも、」
「?」
「かわいいよ」
テヒョニヒョンが会食のときだけどうしてユリの傍を陣取ろうとするのか、今わかった。ユリはきっと酔ったら素直になっちゃうんだ。心の声がポロっと出ちゃうんだろうな、いつもなら絶対言わないようなことを喋っているから。
それに今日なんとなく見てたけど、テヒョニヒョンがユリにご飯を食べさせてあげるとき、ユリは抵抗もせず素直に応じていた気がする。ヒョンはそれらを分かっていて、クールでミステリアスなユリが普段は見せないような姿を独占してきたんだろう。なんて人だ。
暫くして宿舎に着いたことで、完全に寝落ちしたホソギヒョンを背中におぶって部屋まで運んだ。遅れて戻ってくるヒョンたちはまだ暫くかかるみたいで、酔った自覚のないユリとまだ少し一緒に過ごせそう。
「お水どうぞ」
「ありがとう」
俺の隣にいる子は今酔っていて、いつもより素直な女の子。
それを利用するようで気が引けるけど、どうしても今確認しておきたいことがあった。
「…ユリはユンギヒョンのこと、好き?」
「はい。大好きです」
「それってさ、メンバーとして?それとも、……男の人として?」
ずっと気になっていたことだった。ユリにとってヒョンはどういう存在なのか。
もし、キミにとって何か特別な人だとしたら、―――俺はそれ以上になれるのかな。
「大事なメンバーです。家族みたいに、大切な人」
「……ほんと?」
「勿論です」
「そ、っか…」
どっと肩の力が抜けた気がした。“メンバー愛”であって、異性として意識しているわけではないということ。それだけで安心してしまう自分。どんだけ余裕ないんだよ。
「……ユンギさんって、ちょっとだけ父に似てる気がするんです」
「ユリのお父さんってヒョンみたいな人なの?」
俺の中でまだ会ったことのないユリのお父さんの姿が浮かんでいく。ヒョンみたいってことは、来世は石になりたいとか言うのかな、それともびっくりするぐらい滑舌いいとか?
「夢中になって作曲する姿とか、ですかね。確信を持って言えるわけではないんでけど、子供の頃に見た記憶がそれぐらいしかないので。あ、でも父もラップをかじっていたって聞いたことがあるので、やっぱり似ていますよね」
絶対に顔には出さないようにしていたけれど、俺は内心驚いていた。それはヒョンと似ているとかの話じゃなく、なんとなく彼女の言い方からして、もしかして、ユリのお父さんを今まで見ることがなかったのは―――
「それから、あと、自分がお世話になっていた人にも似てるんです。繊細で、心優しくて、でもその分傷ついていることもあって……放っておけない感じが」
“どちらも、もう亡くなっているんですけどね”
ユリはそう言ってちょっとだけ笑っていて、でも泣いているようにも見えた。
名前は伏せていたけど、ユリがお世話になっていた人で既に亡くなっている人といえば一人しか思いつかなった。彼女がバックダンサーを務めていたアメリカのトップアーティストのことだ。その人は、ユリが韓国に来る前、俺がちょうどオーディションを受けていた頃に、自宅で自殺をしているところを発見されたと世界中で大きなニュースとして取り上げられていたのを憶えている。
その人が亡くなっていることは知っていた。でも、お父さんも亡くなっていることは初めて聞いて、なんて言っていいか分からず、つい口が閉じてしまう。
「多分ユンギさんの作業室って父と重なるから、落ち着くんだと思うんです。それからちょっと放っておけないところも、できるなら何かしてあげたいなって」
ユリの大事な人たちがヒョンに重なってみえるんだ。作業室に安らぎを感じるのも、ヒョンのためにだけ動いてあげるのも、全部その人たちと重なっているから。今までずっと疑問に感じていたことには、彼女にとってちゃんとした理由があった。
そして、それを知って後悔した。自分の勝手でヒョンについて聞いてしまったけれど、結局それがユリにとってあまり触れてほしくない部分に繋がって、俺は無理やり掘り起こしてしまったのではないか。
「ごめんなさい、あんまり明るい話じゃないですよね」
「いや…全然、そんな……こっちこそ、ごめん」
「でも良かったです。今日ジョングクさんに話せて」
「俺に…?」
「父のことは随分昔のことなので今は悲しいとかはないんですけど、ただこういう話って嫌でも雰囲気が暗くなっちゃうから、あんまり話したくなかったんですよね。皆さんに気を遣わるのは申し訳ないですから。かといってずっと黙っておくのも、こう、胸の中で突っかかりがあるというか。
けど、ジョングクさんならいいかなって。……ううん、寧ろ聞いて欲しいかなって」
「…そっか…」
「自分だけじゃなく、ジョングクさんのことも教えてくださいね。自分、もっとジョングクさんと仲良くなりたいです」
手を当てなくても分かるぐらい、今絶対、頬に熱が集中してきている。
これはもうお酒のせいってことでいいかな。
そう。顔が赤いのは、多分、そのせいだ。―――お互いにね。