カルマの時間2
一時間目の数学から最後の時間まで、赤羽はありとあらゆる方法で先生に何かしらダメージを与えようとするが、どれもあっさりとかわされ、そして手入れをされていた。ネイルからフリフリのエプロン、それから髪型まで。
やはり警戒心MAXの先生の暗殺なんて、無理ゲーなのだ。
「おや高嶺さん」
「(ペコリ)」
「先生はこれからカルマ君のところに行きます。きっと渚君もいると思いますよ」
「?」
「ヌルフフフ。よかったら一緒に行きましょうか。手入れをするために」
殺せんせーは、気づいているのだろうか。赤羽が殺せんせーを「先生」として殺そうとしていること。
歩き出した殺せんせーの背中をじっと見つめていると、殺せんせーは突然ぐりんっと後ろを振り返った。それに驚いてビクッと肩を揺らす。
「高嶺さんはカルマ君と親しい風に見えましたが…」
「…本校舎にいたとき、少しだけ…顔見知りだったから」
「なるほど。…やはり彼の手入れには、あなたが必要不可欠なようです」
先生の言葉の意味が、私には分からなかった。
昨日の様子を見るかぎり、何を言ったって無駄なのだ。私は考えを悟られないように顔を俯かせた。しかし殺せんせーにはお見通しのようで、「顔をあげてください」と言われる。
「私はあなた達の先生です。迷っているのなら導き出し、願いがあるのならそれを叶えてあげたい」
「………」
「あなたは一年、二年と先生という存在を信じきれず、数少ない友達にも頼らなかったのでしょう。しかし今の担任は私です。さあ、あなたの願いを吐き出してみなさい」
百合は殺せんせーの目を見つめ返し、そしてようやくはっきりと本音を告げた。
「……赤羽君に、先生のこと教えてください。私じゃ、どうにも出来ない」
「「友達想い」のあなたらしいですね。もちろん、先生は最初からそのつもりですよ。そのかわり、あなたにもついてきてほしい」
「…わかりました」
歩き出した先生の後ろを歩く。教えてあげて、なんて言ったが、正直それを見届けられるような心の準備は出来ていないけど、知りたい気持ちも少なからずある。
「さてカルマ君、今日は沢山先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ? もっとピカピカに磨いてあげます」
殺せんせーの顔がしましまもように変わる。なめているときの顔だ。殺されるつもりなんてさらさらないのだろう。先生の真後ろに立っている百合の姿は、赤羽と渚からは見えていないし、彼女からも2人の姿は見えない。
しかしカルマはと言えばそんな殺せんせーを待ち構えていたかのように、不気味なくらいの笑顔を浮かべながら殺せんせーに顔を向けて立ち上がり、そしてハンドガンの銃口を殺せんせーに向けた。
そんなカルマの笑顔に百合は何となく寒気がした。…嫌な予感がしたと言ってもいいかもしれない。
「…確認したいんだけどさ。殺せんせーって先生だよね?」
「はい」
「先生ってさ、命を懸けて生徒を守ってくれるひと?」
「もちろんです。先生ですから」
赤羽は銃口をこちらに向け微笑む。そして、そのまま
「なら殺せるよ。──確実に」
彼の身体は、ゆっくりと崖の下へと落ちていく。その時、自分の身体が一気に熱くなるのを感じた。考えるよりも先に体が動く。面と向かって言いたいこと言えない意気地なしのくせに、自分の身体は迷いなく彼と同じように落ちていった。
渚の驚いた声が一気に遠ざかる。百合は必死に手を伸ばして、銃をもつ彼の腕を掴んだ。銃を奪うことは出来ないけど、銃の向きぐらいは変えられる。二度と離さないように腕を掴む手にぐっと力をこめて、訪れるであろう痛みに備えて目を瞑った。
耳元で「なんで、」というつぶやきが聞こえた次の瞬間、ぼふっという衝撃とともに浮遊感が消える。
「カルマ君、自らを使った計算ずくの暗殺お見事です」
音速で助ければ赤羽の体が耐えられない。かといってゆっくり助ければその間に撃たれる。その状況で赤羽を助けるために「先生ちょっとネバネバしてみました」ということで、触手のネットに捕まった赤羽は身動きが取れなくなっていた。
「…殺せんせー、…私がこうするって…分かってた?」
「そんなことはありません!咄嗟の行動で銃口を逸らしたのはすばらしいですが、もうちょっと考えて動いてください!先生ヒヤヒヤしました」
冷や汗を流しながらそう答えたが、実際予想くらいはしていたんだろう。だからわざわざ自分をこの場に連れてきたのだ。全部殺せんせーの思惑通りってわけだ、腹立たしい。あとすごいネバネバする。
「ちなみに、見捨てるという選択肢は先生には無い。いつでも信じて飛び降りて下さい」
「……………………はっ」
先生の答えに、赤羽は鼻で笑う。百合は赤羽の手から銃を取って「もう無茶苦茶なことしないで」と助かった安堵から深く息を吐いた。そんな彼女を見て赤羽君は「アンタも本ト無茶苦茶したよね」なんて悪態をつく。
「……死ななくて…よかった……」
彼の胸元に手を添えると、確かに心臓の音が伝わる。絞り出した声は震えていた。百合自身それに気づくことは出来なかったけれど、目の前の赤羽はその言葉を聞いた瞬間、目を丸くした。
1人でやる暗殺なんてそもそも無謀すぎる、なにせ相手はマッハ20のとんでもないやつなのだから。
そして赤羽を見ると、彼は自分をじっと見つめたあとに「高嶺さん」と呼ぶ。
「“あの時”は言えなかったけど…今回の件も含めてお礼言わせて」
聞こえるか聞こえないかくらいのお礼の言葉に、彼女の頬が緩んでいた。
「カルマ君も、平然と無茶したね」
「今のが考えてた限りじゃ、一番殺せると思ったんだけど、しばらくは大人しくして計画の練り直しかな」
「おやぁ?もうネタ切れですか?」
君も案外チョロいですねぇ、という殺せんせーを見ればその触手には、先生曰わく手入れ道具が握られていた。みたところ健康、美容系が多い。先生に挑発に、赤羽はいらついていた。けれど先ほどまでとは違う。
「殺すよ、明日にでも」
赤羽の言葉を聞いて、殺せんせーの顔に赤丸がうかぶ。昨日見た殺意とは全く違う。クラスのみんなと、同じものだ。
「帰ろうぜ、2人とも。帰りメシ食ってこーよ」
「ちょッ、それ先生の財布!?」
「だからぁ、教員室に無防備で置いとくなって」
「殺せんせー財布がま口なんだ…ていうかお金持ってたんだ…」
赤羽と殺せんせーの会話を聞きながら、百合たちは二人の後を歩く。
百合は、飛び降りて赤羽の腕を掴んだ時のことを思い出す。思い返してようやくわかったことだが、あの時彼の手は、自分を庇うように体を支えてくれていた。何でって声が聞こえたけれど、こちらからしたら彼の行動の方が疑問だった。
「返しなさい!!」
「いいよー」
「な、中身抜かれてますけど!?」
「はした金だったから募金しちゃった」
「にゅやーッ不良慈善者!!」
「…不良慈善者…」
「悪い人じゃないんだけど、ああいうところは変わらないね」
苦笑いを浮かべる私たちに気がついたのか、赤羽君は何楽しそうな話してんの、と殺せんせーガン無視で会話に入ってきた。
「赤羽君変わらないねって話」
「はあ?そういう高嶺さんも全然変わってないけどね、いい意味でも悪い意味でも」
「……ホントいい性格してるよ、赤羽君」
しかしE組に戻ってきたときより表情は明るい。一時はどうなることかと焦っていたが、もう心配いらないみたいだ……心配?私、いつの間に心配していたんだ。
不思議に思いながらも、殺せんせーにお礼を言うと「先生ですからね」と、当然のことをしたまでといった風に胸を張る。あからさますぎて有り難さが減るけど、殺せんせーらしい。
どうやら当分、殺せんせーを暗殺できる生徒は現れなさそうだ。