楓さん

 その後の数学の授業もはっきり言って退屈だった。一度目の人生であんなに苦手だったのに、何故か今はまるで小学校の算数をやっている気分だ。配られた小テストも5分で解いてしまったし。きっと他の授業も同じような感じなのだろう。子供のままごとに付き合ってあげているようで、自分で決めた道とはいえ、私はこんなことをするために帰ってきたのではないのだが、致し方ない。

 「委員会ですか?」
 「余ってるのは図書委員と美化委員会の二つしかないから、どっちか選んでおくように」

 給食の時間、担任の教師に委員会所属のプリントを渡された。委員会とか何年ぶりだろうか。ていうかこれ選択肢は二つあるようで、私にとっては一つしかないのだが。どう見たって図書委員一択だろう。
 うちの学校は死ぬほど掃除に五月蠅い教師がいて、身支度から指摘されてしまう程だ。そんな面倒くさい教師が顧問の美化委員会だけはごめんだった。とか思っていたら、またも面倒くさい話が舞い込んできた。

 「…図書委員にしよう」
 「図書委員なら佐々木さんと、正弥と一緒だな」

 プリントを覗いてきたのは隣の席の男子生徒、今は班ごと席を固めているので向き合う形になっているが。いやそれよりちょっと待ってくれ。佐々木さんは分かるよ、しかしもう一方の名前は受け入れるのに時間を要するのだが?
 学生生活を送るうえでその名前の男子生徒を私は極力避けたかった。しかし私の願いとは裏腹にまさかこんなことになるとは。
 
 熊崎正弥という男子生徒は一見すると普通の男子生徒だが、大人しそうな雰囲気とは裏腹に粘着質で意固地な部分がある。そんな彼と私は前世で彼と恋人ごっこのようなものをしたことがあった。ごっこ、と言ってしまうのは、“中学生同士”の恋愛なんて所詮その程度だったからだ。だが、恋人ごっこのようなものをしていたせいで、私は色々と厄介なことに巻き込まれたり、学年内で変に浮いてしまったり、良い思い出なんて一つもなかった。次第に露わになる彼の性格にも私は最終的にうんざりしていたし。
 そのため彼とは今回、極力接点のないよう生活を送ろうとしていたのに、いきなりのフラグ回収である。

 私の前方にいる班にちらりと顔を向ければ、自分の名前が挙がっていたからなのか、彼もこちらに視線を送っていて目が合ってしまった。うわー、完全に意識しとる。
 それでも仕方なく図書委員に入るしかない私は、もう一人の委員仲間の佐々木さんという女子生徒と仲良くなろうと心の中で誓った。

 ***

 昼休みではうちのクラスに訪問者が数人やってきた。その数人とは、小学校が一緒だった元クラスメイトの女子たちだ。私が通っていた小学校は小さな学校で、その中でも私たちの代は少子化を体現したかのような生徒の少なさであったため、2クラスある他学年の中で唯一1クラスだったのだ。しかし1クラスしかなかった分、それなりに協調性も高められ、団結力はあった方なのだろう。こうしてわざわざ元クラスメイトの下を訪れてくれるぐらいには。

 「久しぶり〜!」
 「背めっちゃ伸びとる!」
 「はぁ〜相変わらずとんでもない美人さんだ。モデルできるわー」
 「ずっと何してたのさ?突然いなくなったから不思議だったんだよ」
 「まぁ色々とね。皆はやっぱりクラスがバラバラになっちゃったんだね」

 私たちが通っていた小学校が小さな学校なのに対し、同じ中学に通うことになるもう一つの小学校はマンモス校だ。そのため元クラスメイトたちは少ない人数をさらにバラバラにされ、新しいクラスでたくさんの知らない生徒たちに混ざらなければならない。いうなればアウェー状態というものだ。

 「最初はめっちゃ心細かったけど、今はもう慣れたよ」
 「新しい友達ができたんだ?良かったね」
 「保護者みたいな言い方(笑)」
 「静ちゃんは誰と一緒だっけ?」
 「田辺さんと、宮原さんと一緒だったよ」
 「おおー、楓ちゃんと仲良かったから良かったじゃん」

 教室の方へと顔だけ振り返れば、未だに給食を食べている宮原楓さんが席にいた。田辺唯さんは給食当番だったので片付けに行っている。田辺さんとも小学校時代は良好な仲だったので、休憩時間には向こうから話しかけにきてくれて、また一緒になれて嬉しいなどの言葉をくれた子だ。
 
 そして宮原楓さん。彼女と私は周りからも仲が良いといわれるほど、行動を一緒にしていた気がする。しかし実際は、楓さんが私に付いてきていたといったほうが正しい。

 私は小学校時代から殆ど何でもできたので、小さなクラスで一目置かれる存在であった。しかし私自身は、小さな学校で過ごす生活が嫌というわけではなかったが、学校とはどこか一線を置いていたのだ。そのため時々学校を休んででも先生に付いて行って、普通の小学校では経験できないようなことを学んでいた。そんな私をクラスメイトたちは異質に思うでもなく、寧ろ、凄い子だと受け入れてくれていたから、今思えば本当に良い子たちが集まっていたな。
 そして、そんなクラスメイトたちをないがしろにしたわけではないが、私は特定の仲の良い友達をつくろうとは思わず、自分から関わろうとしたことは先ずなかった。そんななかで楓さんだけは私とよく一緒にいようとしていた。
 授業で誰かとペアをつくるときは真っ先に私のところへきていたし、家に遊びに行っていいかと聞かれたこともあった。(しかし私は学校が終わったら、いわゆる習い事のようなことばかりしていたので遊ぶ時間が殆どなかったため、やんわりとお断りをするしかなかったが。)

 しかし楓さんは、なんでもできる私にただ付いてくるような子ではなく、寧ろ楓さん自身もクラスではそれなりに存在感のある子だった。顔も整っていて、勉強もできる頭のいい女の子。それが彼女だった。

 実は前世でも私は彼女と仲が良かった。名簿が隣だったから自然と友達になったのだと思うのだが、その時の私はどこにでもいる普通の子供だったので、楓さんとも家で遊んだこともあったし、時には授業を一緒におさぼりするような仲だった。しかし楓さんは私と違い、頭の良い綺麗な女の子で、一緒にいた私は成長につれ次第に劣等感を感じるようになったのだ。もしかしたら私は彼女の引き立て役なのではないか、そんな被害妄想を考えてしまうほどに。

 だから二度目の人生で彼女と会ったとき、つい前世を思い出してしまい、彼女と距離を取ろうとしたのだが、何故か今度は彼女の方から私に近づいてきたから、はてどうしたものかと思っていた。しかし、いざ友達になってみると感じたことはそれだけだったのだ。
 前世ではあんなに劣等感を感じていたのに、中学でも1/5の確率で一緒のクラスになったとき私は一生この子の引き立て役かよと、楓さんという存在に鬱陶しささえ憶えていたのに。

 だが、答えは簡単だ。それは今の私の方が圧倒的に彼女の上をいっているからだった。

 自分でも言うのもおこがましい話だが、今世の私は、万人が美しいと思う美貌を持っていた。幼少時から一際整った容姿に自分でも戸惑い、成長期の今はまたさらに磨きがかかっていき、今でも鏡を見ると驚きそうになる。

 幼少時から何度も不審者に声をかけられ、小学校へ時々警察の人が注意喚起をしに来たのは殆ど私が原因だった。一度誘拐されそうになったときは、持ち前の体術で逆に捕まえたこともあり、意識を失った不審者を交番まで送り届けた際は何故かドン引かれた。

 とある先生の付き人として芸能人の育成の手伝いをしたときは、必ずと言ってもいいほど芸能事務所からスカウトを受けたし、反対に美貌がありすぎて、ビジュアルを重視された女性アーティストからはバックダンサーのお断りを貰うこともあった。理由は私の方が目立ってしまうからだ。それは致し方なかったし、私に依頼をしてくるアーティストは他にもたくさんいたので困ることはなかった。

 また、小学校のときから年齢関係なく、たくさんの男子から好かれていた。直接言われたわけではないが、どこから嗅ぎ付けてきたのか女子からそういう話をしょっちゅう聞かされたり、私には他の女子と比べて態度が違う男子もいたりした。まぁ小学生なんて恋愛対象にもならないが、かわいいなぁぐらいに思っていた。
 
 そして、運動や勉強、音楽など様々な分野においてクラスで一番だった私。小さなクラスでトップになろうとさほど嬉しくなかったが、全国テストで一位になったり、空手や合気道などの武術の大会で優勝したり、ピアノコンテストで賞を貰ったり……etc. 私が出場しようと思ったわけではないが、両親や先生が殆ど勝手に応募して、嫌々出たものばかりだ。いつの間にか実家には私が貰った賞状やトロフィーで溢れ返っていて、そろそろ置き場に困るだろうから別に出なくていいんじゃないかと母に言ったら怒られたこともあった。
 
 楓さんは確かに綺麗な顔をしている、それでも私が並べばその差は歴然だろうし、頭は良いが満点が取れるわけではなく。彼女の特技はピアノだが、ウィーンのコンクールで賞を貰っている私の方が伴奏を頼まれていたし、運動が得意ではなかった彼女を体育の授業で手助けしていたのも私だった。
 前世でクラスのマドンナ的立場だった彼女が、今世では私と立場が逆転していたのだ。

 だから私も前世のような劣等感も感じることなく、寧ろ、心に余裕ができて、彼女のことをそんなに気に留めることがなくなった。
 それでも楓さんが私と一緒にいようとするのが謎だったが、アメリカに移住する前に何となくこうだろうなぁと考えがまとまった。
 
 おそらく彼女は、何でもできるチートな私を漫画の主人公みたいに見ていたのだ。考え方が大人で(実際中身は大人だし)、“普通じゃない子供”の私に憧れのようなものを抱き、私と友達になることが彼女にとって一種のステイタスになっていたと思う。
 かといって、それが分かったとしても私は特に何も感じなかった。私は自分がやりたいことで頭がいっぱいだったし、楓さん自身も無意識でやっていたことのようだったから、一緒いようとする子を突き放すことはしたくなくて、自然に身を任せていた。

 そして今も、小食で口が小さく給食がなかなか食べきれない彼女を、私は遠くから見守るだけだ。

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