体育祭2
午前の競技が一通り終わったところで昼休憩となった。クラスごとテントの下でお弁当を食べるのが常らしい。私も母の手作り弁当を鞄から取り出した。世界中を飛び回っていた頃は、弁当は買うか作るかしかなかったから、誰かが作ってくれた弁当も数年ぶりになる。
楓ちゃんと飯坂さんたちの輪に入らせて頂き、お弁当を食していたときだった。うちのクラスの体育祭実行委員である女子生徒が発した言葉に、思わず聞き返してしまうほどの事件が起きたのである。
「…ダンスするの?」
「組全体での応援ダンス。嘘、聞いてない?」
「うん……何も」
「太樹!!ちょっとお前、間門さんに伝えといてって言ったじゃん!」
「え、俺だっけ?」
「動画見せてってこの間言ったでしょう!?」
どうやら実行委員会の彼らの間ですれ違いが起きていたらしい。男子生徒の方が私にそのダンス練習動画を見せる筈が、彼はすっかり自分の仕事を忘れてしまったようだ。男子生徒は特に悪びれる様子もなく、真面目そうな女子生徒の方が申し訳なさそうに謝ってきた。
「ごめん、マジごめんね」
「構わないよ。後ろの方で適当に合わせておくから」
組全体で踊るなら端っこの方なんて目にもつかないだろうし。それにダンスがあること自体は私には何も問題はない話だ。
「午後の二番目の競技なんだけど、一応動画見せとくから。待ってて、先生にパソコン借りてくるね」
女子生徒はそう言って教師テントの方まで走っていってくれた。ここまでしてくれるとは逆に申し訳ないのだが。これでは適当に合わせるわけにもいかなさそうだ。
「優しい子だね」
「相田理香っていうんだよ。飯坂と仲良いよな」
「うちら席が前後だもん」
「でも静ちゃん、確かダンス経験あるよね?ダンス習ってるって、昔言ってたよね」
「そうなの?じゃあ大丈夫そうじゃん」
「あぁ、いや…うん…」
ダンス経験者であるのは間違いなかった。というか、つい最近までアメリカでアーティストのバックダンサーをしていたし、何なら世界大会で優勝したこともある。経験者と言っていい実力なのか、もはや自分でも分からず、彼女たちにはそれを言い出せなかった。
「はい、これ。そんな難しいものじゃないから、音だけでも聞いといたほうがいいと思うし」
女子生徒が持ってきてくれたノートパソコンに映る動画をとりあえず見てみる。暫く日本を離れていたので最近の流行りは知らない。でも先日テレビのCMで流れていたから、ここ最近人気の曲なのだろう。
踊りも複雑な動きはなく、寧ろ、こういう場のために作られたかのような、頑張れば誰でも踊れる優しいダンスだった。
「持ってきてくれてありがとう。これは清水先生に返しておけばいいかな?」
「え、いいよ、まだ使ってて。先生に了解取ってあるから」
「ずっとここに置いておくのも危ないし、もう憶えたからだいじょ――「もう覚えたの!?1回しか見てないのに!?」
なかなかに大きな声だった。大人しそうな子だと思ったが、それなりに快活な子だったらしい。
いや、しかしそんなに驚かれるとは思わなかった。ダンスを一回見て覚える人なんて、私の周りには幾人かいたから。専属のダンサーをさせてもらったあの人も、ダンスの先生も、世界大会で知り合ったダンサーも同じようなものだった。
そんなわけで私も彼らと一緒で、一度みた踊りは基本的には頭に入るし、それを表現することもまぁ大体できるのだ。
「本当に?大丈夫なの?」
「あ、うん。…実際にやった方がいいかな?」
どうやら信じてもらえる話じゃなさそうなので、とりあえず一度踊ってみた方が早そうだった。
「じゃあ俺も一緒にやるわ!練習しときたいし!」
すると話を聞いていた例の楽観的な実行委員の彼が話に乗ってきた。なんでも実行委員は一番先頭で踊るらしいので、最後にもう一回練習しておきたいとのことだった。私のためじゃないんかい。
そうして彼の隣で、音楽に合わせて踊ってみたのだが、今さっき食べたご飯が胃の中に残っていた私は極力最小限の動きで適当に合わせてみただけだった。なのに、序盤から何故か皆の歓声が止まない。え、そんなに?
「すごーい!一回見ただけなのに!」
「かっこいい〜!!」
「太樹より断然うまくね?」
「力抜いてるところが上級者って感じだ」
踊り終えたところで何故かクラスから拍手が沸き起こる。よく見れば近くにいた他クラスの生徒たちや一部の上級生からもちらほらと拍手をしている人がいた。
さらに、皆の反応に戸惑っていれば、黄色いハチマキをつけた上級生と思われる男子生徒がこちらに向かって、走ってきた。
「きみさ!もしかしてダンスの大会とか出たことない!?」
「……あります、けど」
「やっぱり…!二年前のDANCE ALIVE WORLD CUPで優勝してた子だよね!俺、それテレビで見てたんだよ!」
「そ、そうなんですか」
結構グイグイくる男子生徒に思わず後ずさってしまった。しかし、あの大会を見てたと言っていたが、ダンスを相当詳しくないと知らないような大会なのに。ていうかまさか知っている人がいるとは思わなかった。あの大会は私が初めて出場したダンス大会で、帽子を被って顔はあまり見えないようにしていたし、ダンサーは芸名みたいな名前で活動している人も多く、自分も本名は伏せていたから、私だと知られることはまずないと思っていたのだが。
こんな身近でばれるとは思いもよらなかった。
「世界大会で優勝した人に出会えるなんて、すげぇや!」
「どうも…」
男子生徒のそれなりに大きい声で話してくれちゃうものだから、当然後ろのクラスメイトたちから驚きの声が聞こえてきて、今だけはこの生徒の口を塞ぎたくなってしまった。
その後、男子生徒はひとしきり喋った後、自分のクラスの方へ戻っていき、私はようやく昼休憩へと戻ることができたのだが、
「世界大会って何!?」
「ダンスめっちゃできるってこと?」
「だから一回見ただけで憶えれたのかぁ」
「今度なんか踊ってみせて!」
「間門さんって何者なん?」
クラスメイトからの怒涛の質問攻めに私は乾いた笑いで返すしかなかった。