体育祭3

 ついに残りの競技は最後のリレーだけだ。男女混合リレーでは最後のアンカーは女子が先で、最後に男子のアンカーへバトンを渡すことになっている。ちなみに私がバトンを渡す男子のアンカーはあの楽観的実行委員の男子生徒、松坂太樹くんだ。背が高くサッカー部でゴールキーパーを務めているらしい彼は運動ができる男子生徒のようで、今回の体育祭への意気込みも半端ではない。

 「もう一回、これで最後な」

 それさっきも同じこと言っていましたよ。バトン渡しが綺麗にできるよう彼は何度も私に練習を強要してきた。グラウンドの隅っこで練習する私たちの横で、既に多くの生徒たちがトラックの周りを囲んで応援に徹しようとしていた。
 最初は我々一学年が走るのだが、クラス全体リレーなので普通のリレーより遥かに時間がかかり、先ほどリレーがスタートしたとはいえ、私たちの出番まであと5分はかかるだろう。

 「おい、二人ともそろそろ戻れ」

 しかし流石にそろそろ持ち場に戻らねばならなくなり、担任の教師が呼んできたことで練習はようやく終わりとなった。これ私が体力馬鹿だったから良かったけど、練習しすぎて本番前に体力尽きていたら元も子もないぞ。

 「うわ、最下位じゃん」

 練習から戻ってみれば、松坂くんの言葉通り、残念なことに我がクラスは一番最後を走っていた。こればかりは仕方ない。運や実力がものを言うのだから、どんな結果だろうと受け入れなければならないのだ。

 「静、本気で走れよ」
 「はいはい」

 負けず嫌いな彼はどうしても一番になりたいらしい。仕方ないな、兄には悪いけれどここは私が頑張るしかないようだ。

 「えぇー静ちゃん手加減してよ」

 そう言ってきたのは近くにいた別のクラスの男子生徒。彼は小学校が同じの元クラスメイトの一人だ。私が憶えている限り、彼も相当な負けず嫌いで、かなりのやんちゃ小僧だった筈。今はクラスが離れているので接点は先ずないだろうと思っていたのだが、意外にも彼は私のことを憶えていたらしい。

 「キミも早かったよね」
 「静ちゃんに勝ったことないし、この間すげぇタイム出したんでしょ?マジやめてよ」
 「いや、そんなことを言われてもね…」

 色々ぼやいてくる彼を適当にあしらいつつ、そろそろスタンバイ準備に取り掛かる。こういう場面は緊張するという子が殆どだろうけど、私としては、体育の授業とさほど変わらない。もっと神経を要する状況に追い込まれたこともあるからな、それと比べれば、なんてことはなかった。

 私の前に走る女の子にバトンが渡ったことで、他クラスの女子生徒たちと同じく、アンカーの証である赤いたすきを肩にかけてスタンバイ。うちのクラスは最後尾なので、私は一番端に位置して彼女を待った。

 それからは久しぶりに本気で走った。流石にここで手を抜いたら後が怖かったし。
 走っているうちに前を走る子たちを数人抜いていき、気付けば私の前には誰もいなくなっていたみたいで、二位の子と結構な差をつけて太樹くんにバトンを渡していたようだった。

 あぁなんだ一位で走れてるじゃないかあの人、とか他人事のように見ていたら突然身体に衝撃が。

 「かっこいい!静ちゃん、かっこよかったよ!」
 「ごぼう抜きしてたじゃん!」
 「早すぎてマジでヤバかった!」
 「今日のMVPだぞお前!」

 私の腕にしがみついていたのは楓ちゃんで、見れば私を囲むようにしてクラスメイトたちが集まってきていた。大変興奮し切っている生徒たちに、私は逆に冷静になってしまった。
 まぁ皆さんが楽しいならそれでいいか。

 それから太樹くんはそのまま一番でゴールし、私たちのクラスは一学年で一位となることができたのだ。今度は太樹くんに群がっていく彼らを遠くから眺めていれば、担任の教師が珍しく笑顔で声をかけてきた。
 
 「よくやった。次も頼むぞ」

 そう言って肩に手を置かれてしまった。これは次も本気で走れよ、という直々のお達しなのだろうか。学年対抗のリレーに出場が決まった我がクラスへの勝利のための。
 とりあえず喉が渇いたので、盛り上がるクラスの輪から外れ、飲み物を取りに自分たちのテントへ戻る。次は二、三年生たちが走るから、次の出番までまだまだ時間に余裕はありそうだ。

 「本気出し過ぎ」

 鞄から飲み物を取り出したところで聞き慣れた声がした。まだ声変わり前の如何にも少年らしい声だ。

 「まぁ、本気でやれって言われたからね」
 「小学校のときより早くなってなかった?」
 「…脚が伸びたからじゃないかな」
 「むかつくわー」
 「考紀くんもそのうち伸びてくるよ」

 声をかけてきた私の幼馴染、児嶋考紀くんが隣のテントで私と同じように飲み物を飲んでいた。隣のクラスである2組とテントが近いのも必然だった。しかし彼が私と同じように飲み物を取りにきたのは偶然なのだろうか。

 「相変わらずチート過ぎだし」
 「はいはい。キミも相変わらずだね」

 彼とこうやって二人だけで話すのはアメリカに発つ前のあの日以来だ。二年ぶりに会う幼馴染に対しての扱いがやや雑なのも、彼らしいといえば彼らしかった。
 その後、考紀くんと何か話すわけでもなく、直ぐに自分たちのクラスメイトたちがテントに戻ってきたので私たちはまたそれぞれのクラスに戻っていった。


 体育祭の結果、私たち赤組は優勝したが、私たちのクラスは学年対抗リレーでは最下位となってしまった。途中でバトンミスが二回起こってしまい、上級生と一周の差ができてしまったのだ。私も何とか巻き返そうと奮闘してみたが、流石に一周分の差を埋めることはできなかった。それでも二位と僅差の距離まで縮ませたことで先生には褒められたし、何故かドン引きしている人もいた。

 そして表彰式終了後、教室に戻ろうとしていれば、知らない人に肩を優しく叩かれた。背丈からして上級生の女子生徒が三名。妙に笑顔なのが、逆に安心できない。

 「ねぇねぇ、間門さんっていうんですよね」
 「はい」
 「脚すっごく速いんだね。かっこよかったです」
 「…ありがとうございます」

 小麦色に日焼けした肌をした彼女たちが、どうして私に声をかけてきたのか簡単に予想ができた。

 「あのね、陸上とか興味ないかな?」
 「うちら陸上の短距離やってるんだけど、間門さんなら直ぐレギュラーになれるよ。ね、良かったら一緒にやらない?」
 「いや、自分は、部活動はいいかなって思ってて…すいません」
 「どこかのクラブに入ってるの?」
 「そういうわけじゃないんですけど、今は他にやりたいことがあるので…」
 「そっかぁ〜…。もし興味あったらいつでも見学きてね」
 「はい、ありがとうございます」

 上級生ともなると断るのも一苦労だ。生意気言って反感を買うわけにもいかないし、こちらが下手に出て上手に切り抜けねばならない。もしかすると、部活勧誘はこれからもあるかもしれないな。多芸に秀でているのも良いことばかりではないようだ。

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