厄介ごと

 体育祭が終わってから私は学校内で一躍有名人になってしまったらしい。移動教室のときや掃除の時間など、同級生だけでなく上級生の人にまで声をかけられる羽目に。声をかけてくる大半の上級生がいかにもチャラそうな子供だった。

 「めっちゃ可愛いって言われてるよ」
 「サッカー部の先輩たちが目つけてるんだって」
 「ほら、あの人またうちのクラス来てる」

 クラスメイトの女子たちから連日聞かされる内容は大体一緒。何々先輩が好きって言っていたとか、どこどこのクラスの男子がよく見に来てるとか、どうでもいいものばかり。私の飛び抜けた身体能力だけでなく、それと同時に美貌まで知れ渡ってしまったようで、なんでも学校のマドンナ的存在になってしまったようだ。本人は全く望んでいない展開だというのに。
 見た目だけは隠しようがないから仕方ないと割り切っていた部分はある。実際、転入してきたときも学年内では美人の転入生として話題にされていたから。だけどチャラい上級生にまで目をつけられるのは本当に迷惑極まりなかった。

 世界には綺麗な子はたくさんいるのだから、何をそんなに騒ぐのかと呆れてしまうが、地方の学校という小さな世界で生きるには、少しの娯楽も欠かせないみたいで。
 小学校の時もたくさんの男の子から熱い視線を受けたけど、あの頃と違って今の私にはそういうものは一周回って鬱陶しくも感じる。


 「間門さん、委員会一緒に行こう」
 「うん」

 今日は放課後、各委員会の集いがある。私は図書委員として初めて委員会に参加する。一度、佐々木さんから説明は大まかな委員の仕事の説明は受けたが、私はまだちゃんと活動はしたことがない。でも聞いた限り、二週間に一度だけ図書当番の受付があったり、本棚の整理や返却された本を元の場所に戻したりとか、有難いほど簡単そうだった。

 「図書委員会はいつも同じことしかしないから、多分直ぐ終わるよ」
 「そうなんだ。ありがたいね」
 「来週は当番だと思うし、その時は一緒に行こうね」

 佐々木さんはとても柔らかい話し方する雰囲気がとにかく可愛いらしい子だ。身長は私の方があるけど女子の中では彼女も高い方で、見た目はクールなのに仕草とか喋り方だけでこんなに可愛くなるのかと衝撃を与えられた。こういう子って守りたくなるなぁ。
 謎の庇護欲を掻き立てられた私は隣を歩く彼女に目をやり、そのまま後ろを歩く男子生徒に視線を向けた。

 真っ黒で癖のある前髪が目にかかりそうだ。女子より成長期が遅い男子生徒のなかには身長がまだ低い子もいるが、彼はどちらかというと成長期が早く来ているようで背は私とそんなに変わらない。骨に肉がついただけの細っこい見た目は、まるで無理やり身長が伸びて体重が追い付いていないかのようだ。
 一見すると文学系なのに、彼は意外にもサッカー部に所属しているバリバリの運動部員。彼、熊崎正弥くんとは本当はあまり関わりたくないのだけど、一緒の委員会に所属しているのだから仕方ないことだった。

 佐々木さんの言う通り、図書委員会の集まりはそんなに大袈裟なものじゃなかった。配られた古い本の簡単な修復と本棚の整理整頓ぐらいだ。私たちは簡単な修復作業を任され、図書室の大きな机を借りて作業を進めていった。

 「そういえばね、陸部の先輩たちが間門さんのこと惜しい逸材って言ってた」
 「あぁー…そうなんだ。そこまで言われると何だか申し訳ない」
 「でも本当に足早かったもんね。リレーかっこよかった」

 可愛いなぁ。真剣に話してくれている佐々木さんには悪いけど、私の脳内はそんなことばかり考えてしまっていた。
 私たちがお喋りをしながら作業しているなか、彼はひたすら無言で取り組んでいた。女子二人に対し、男子一人だから会話に加わるのも難しいのだろう。まぁ私の隣の席の彼のようにコミュニケーションお化けなら別かもしれないが。

 「あとね、先輩が彼氏いるか聞いてきて欲しいって。モテモテだね」
 「あはは…なんだか恥ずかしいや。私みたいなのがそんなねぇ…」
 「間門さん本当に可愛いから。運動部の人たち皆そう見てるらしいよ、サッカー部の先輩とうちの先輩が間門さんのこと話してたもん」

 佐々木さんからまさかそういう話題が出てくるとは思わなかった。真面目で優等生らしい彼女はそういうことにはあまり興味がないと思っていたから。でも、先輩思いの優しい子だからこそなんだろうな。自分から聞いてきたというより、先輩に頼まれたからという印象が強い。

 「…そっかぁ、陸上部の人にも案外そういう人がいるんだね。前に一回見たことがあるけど、真面目そうな先輩がいるイメージだったから、そういうのは興味がないと思ってたよ」

 私のその言葉に悪意はなかった。実際前に卓球部の見学ついでに陸上部の様子を見ていたことがあったし、その時は長距離走の生徒たちがひたすらジョギングしていたり、走り込みを続ける生徒たちなど、上級生は真面目に部活に取り組んでいた印象が受けられたから。それをそのまま口にしただけなのだが、

 「……それってどういう意味?」

 何故か斜め前の席に座る彼はお気に召さなかったようだ。

 「…どういう意味って?」
 「陸上部の人は真面目そうって、じゃあサッカー部の先輩はそうじゃないって言ってるみたいに聞こえたから」

 本から視線をそらさず下を向く彼は、癖のある長い前髪が目元にかかっていて、その目が何を物語っているか見えなかった。でもこれは分かる。機嫌を悪くしたということだけは。

 彼の中で私の言葉はどうやらこう解釈されたみたいだった。
 “陸上部の先輩は真面目だが、サッカー部の先輩は真面目じゃない”

 いや、どうしてそうなる。相変わらず彼の言動は掴めない。なんというか少し捻くれているんだろう。人の言葉一つ一つを深々に受け止め過ぎて、別の意味に捉えてしまっている。思春期の子供にありがちなことだが、彼の場合、それを面と向かって言ってくるから質の悪さが割増だ。同じ先輩思いな佐々木さんとこうも違うのか。
 これはうまく返さないとさらにぶり返してしまいそうで、私は慎重に言葉を選ぶことにした。

 「気を悪くさせたなら謝るよ。別にサッカー部の先輩たちがチャラいって言いたいわけじゃ、――「それ、チャラいって言ってるようなものじゃん」………」

 めんどくせぇ。
 その一言に尽きる。

 相変わらずこちらを見ようともせず、棘のある言い方を繰り返す彼に、私は思わず持っている本のページを握り潰しそうになった。如何せん、相手は子供だ。ここでキレては私の方がガキじゃないか。
 そして私がもう一度口を開こうとしたとき、最悪のタイミングでチャイムが鳴ってしまった。

 「じゃあ今日の委員会は終了です。各自当番表で自分の当番を確認しておいてください」

 委員長の言葉と共に立ち上がる生徒たち。彼も例外ではなく、私の言葉を待とうともせずさっさと図書室を出て行ってしまった。残された私と佐々木さんの間に微妙な空気を残したまま。

 「…大丈夫?」
 「うん。ごめんね、空気悪くさせて」
 「全然いいよ。むしろ熊崎くんって怒るんだね、大人しそうな人だと思ってた」

 彼のああいう部分が私は嫌いだった。思春期を拗らせてしまった彼についていけず、前世の私はどうしても異性としての魅力を最後まで感じられなかったのだから。

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