カオス

 なんだこの図。

 目の前にはサッカー部の生徒たち。小麦色に日焼けした人たちのなかで、白い私だけが浮いている。否、そもそも男子のなかに女子が一人いるということ自体が浮いているのだ。
 
 あの時、一歩間違えたらとんでも発言をした私に対し、ぽかんとしている部員のなかから一人が「別にいいっすよ」と許可を頂き、今、私は同じ帰り道を一緒に帰っている。彼らの会話は意味が分からないものばかりで話には入っていけず、いつの間にか少し斜め後ろからついていくような形になっている。

 「間門さんって英語ペラペラってマジっすか?」
 「あ、はい」
 「リスニングのコツってなんかあります?今度期末テストあるじゃないっすか、参考までに聞いてみたいんスけど」

 私に唯一話しかけてきたのは、「別にいいっすよ」と言ってくれた男子だ。前を歩きながら時々私の方に振り返って話を持ってきてくれる。彼は確か、クラスは三組で、熊崎くんの幼馴染だ。女の子みたいに可愛らしい顔立ちをしていて、学年でもトップの方の成績だからか、女子に人気なようだった。なぜ不器用な敬語で話すか知らないが、この年の男の子は基本、皆初対面は敬語だった気がする。偶に例外もいるけど。

 彼と時折会話を交えながら前方にいる熊崎くんに視線をやった。このまま行くともうじき熊崎くんたちとの分かれ道になってしまう。そのままさようならをしてしまったら、さきほどの失態を犯してまでここまできた時間が水の泡だ。

 「じゃあ俺らこっちなんで」
 「えっと……熊崎くん」
 「………」
 「おーい、正弥呼ばれてんぞ!」

 私の声も聞かずさっさと歩いていこうとしまっている彼を、例の幼馴染の人が呼び止めてくれた。するとようやく足が止まった熊崎くん。こちらを睨むようにして見ているのは、私への怒りからだろう。

 「なんですか」
 「今日はすいませんでした。サッカー部の先輩方への失言を謝罪します。あれは本当に悪気があったわけじゃなくて、ただ、貴方たちの先輩のことを良く知らなかったからであって……本当にごめんなさい」

 頭を下げて謝罪を述べる。言い訳はそんなに言わなくていい、ただ謝罪を述べるのが彼のような人間には一番効果的だ。

 「……別にいいですよ。僕の方こそ意地悪言ってすいません。もう気にしてないですから」

 まだ少し棘はあるようだが、それでも納得はしてくれたようなので一先ず安心できそうだった。

 「何偉そうなこと言ってんだよ、頭下げさせといて。お前が謝れよ」
 「いたい!蹴らないでよ!」

 幼馴染くんにお尻を蹴られてよろける姿に、彼らの上下関係がよく見えた。その姿に、思春期を迎えている彼らもまだ子供なのだと再認識させられる。
 そして分かれ道を進んでいく彼らに私は咄嗟に声をかけた。

 「また明日。熊崎くんと……えっと、」
 「菊池です」
 「菊池くん、今日はありがとうございました」
 「別にいいっすよ」

 最初のときと同じ言葉を繰り返した菊池くんは、熊崎くんを時々蹴りながら帰っていった。男の子は不思議だ。じゃれながら蹴るって女子はしないと思うけどな。

 「正弥となんかあったの?」

 分かれ道を進んだのは熊崎くんたちだけでなく、他にいた部員も数名一緒だ。だから反対方向に進むのは私と、そして考紀くんの二人だけだった。
 家が近所だから方向が同じなのは当たり前なのだけれど、こうして中学の通学路を二人で歩くのは初めてだ。

 「んー…私の発言が彼を怒らせてしまったみたいでね」
 「ふぅん。うちの先輩に何か言っちゃったとか?」
 「いや、直接じゃないけど、チャラそうだね…みたいな」
 「あーまぁ確かにチャラい人もいるよ」
 「…だろうね。熊崎くんのは多分、思春期拗らせた子だから仕方ないよ」
 「拗らせ?」
 「しかし寒いね…。私も明日から手袋してこよう」

 防寒着を何もつけていない私と比べて、隣を歩く彼はマフラーから手袋までしている。先ほどのサッカー部の彼らも、何かしらの防寒をしていたし、部活で帰りが遅くなる彼らはこの時間帯がグッと気温が下がるから防寒具を常備しているのだろう。

 「…マフラー貸して」
 「いやだ」
 「ここに冷え切った女の子がいるんですよ。男の子なら助けるのが道理でしょう」
 「静ちゃんは普通の女の子じゃないじゃん」
 「それは酷い偏見だ。私だって女の子だから冷えは天敵なんだよ、だからほら貸して」
 「俺が寒くなるじゃん!」
 「走って帰れば温かくなるよ」
 「なんで走らないといけないのさ、静ちゃん走れば。体力馬鹿なんだから」
 「キミも口が悪くなったね。いや、昔からか」
 「静ちゃんもね」

 結局マフラーは貸してくれなさそうだった。
 そのため私は仕方なく、手袋をはめた彼が突っ込んでいるポケットに手を入れた。手袋の中に入っている手を握ればひんやりしていて、でも毛糸の暖かさがじんわりやってきた。自然と距離は近くなったし、何より冷えた手で無理やり握ったというのに、彼は別に拒否することもなかった。
 そうしてそのままお互い何も言わず帰路を歩き、時折、白い息が交わるのが見えた。

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