キチガイな子

 不本意ではあるが学校の“高嶺の花”的存在になった頃と時を同じくして、クラスメイトのある女子生徒から目の敵にされてしまったようだった。その女子生徒とは、山瀬麻有さん。麻有さんは髪を染めているわけではないが、スカートを短くしていたり、指定外の色のセーターを着ていたり、鞄に謎の大きいキーホルダーをつけていたり、いわゆるギャルのような雰囲気の子である。お世辞にも口が良いとは言えないし、気に入らない人がいれば隠そうともせず態度に出してくる。そんな彼女に、男女関係なくクラスの大人しい生徒は大半逆らえない。

 「あの人、ほんとちょっと頭おかしい」

 体育の授業中、一緒のグループになった田辺さんが言うにはそうらしい。ちなみに麻有さんのことを懇切丁寧に教えてくれたのも彼女だった。
 体育ではバトミントンの授業をしており、私は班が一緒の田辺さんとペアを組んでいる。今さっきまで使っていたコートを今度は別のグループが練習試合をし始めたので、私たちは体育館の隅っこで体育座りをして眺めていたのだ。いわゆる「さぼり」というやつだが、体育の先生は男子生徒の方に付きっ切りなので、こちらの方を見ている様子もない。実際、私たち以外にも休憩している子は他にもいた。

 そして田辺さんは座って早々に、冒頭の話を持ち掛けてきたのだ。何をいきなりと思ってしまったが、どうやら田辺さんは麻有さんが嫌いなようで、できるだけ自分と同じ仲間が欲しかったみたいだ。
 でも私自身、麻有さんに嫌われていることは転入初日辺りで気付いていた。原因は分かっている。私の隣の席に座る松田亮介だ。

 彼と麻有さんは小学校が同じであり、前世で私が聞いた限りでは、どうやら高学年になってから麻有さんと松田くんは同じ友達グループに所属していたとか。男女同士、仲の良い子たちが集まったグループで楽しくやっていたらしい。マンモス校ならではの友人関係だ。田辺さんと私の小学校では、そもそもグループ作りされるほどの人数もいなかったのだから。

 麻有さんは松田くんを異性として好きというより、本当に仲の良い友達として見ているらしい。そして、そんな仲の良い友達が、いきなり転入してきた女子に好意を持ち始めたら、そりゃあ気に入らないだろう。自分のテリトリーにいた人間を取られた、そういう感情だろうな。

 今のところ、麻有さんは私に実害を加えてくるわけではないが、前世の私も彼女には嫌な気持ちにさせられたことが多々あったから、信用はできない。
 かといって私が彼女に怯えているかといえばそういうわけではなく。

 「まぁ別にいいよ。何かあってもなくても。ただ…こうやって私と関わっている人にまで被害がいくのは避けたいかな。田辺さんは大丈夫?」
 「うちは全然気にしてないから!ていうか、静ちゃんと一緒なら平気だし。だってあの人さ、気に入らなかったら本当はもっとあからさまに態度に出すのに、実際そんなにしてないじゃん?
 静ちゃんが超美人で、頭が良くて、運動もできるパーフェクト女子だから、勝ち目がなさ過ぎてなんもできないんだよ。自分より遥かに上の人間って分かってるから、下手に手出しできないだけ」

 そう。田辺さんの言う通り、麻有さんがクラスでいくら権力がある人物だろうと、私と彼女ではレベルが違いすぎるのだ。
 圧倒的な美貌を持つ私と、お世辞にもあまり可愛いとは言えない彼女。典型的な思春期ニキビによるぶつぶつの多い肌に、大きなおでこを一生懸命前髪で隠しているが、癖毛のせいで時々変な方向を向いている。目も狐目だし、何なら私と比べるより、くっきりした目を持つ田辺さんの方が彼女より可愛い。

 そして私は学業が本分の学校でトップの成績を持ち、また実技においてもそれは変わらず。何なら、彼女の唯一の特技であるという吹奏楽に乗り込んで、片っ端から演奏してやってもいい。ウィーンの楽団からスカウトを頂いた私に文句が言えるなら、どうぞ。

 つまり、女子としても、一人の生徒としても、彼女は私に何一つ勝てる要素がなかったのだ。初めから負けるのが分かっていて挑んでくる猛者は早々いない。指を噛んで睨んでくるだけなら可愛いものだ。

 だから私も彼女に嫌われようとどうなろうと、まるで蟻にでも噛まれたなというぐらいで、何が言いたいかというと、とにかくどうでもいいのだ。

 「ならいいんだけどね」
 「てかさ最近なんか、麻有ちゃんだけじゃなくて、楓ちゃんも静ちゃんのこと避けてない?」
 「…そうかな」
 「だって前よりくっついてこないもん」

 もう一つの近況の変化としては、楓さんは小学校の頃あんなに引っ付いてきたのが嘘のように、私から離れるようになった。転入して直ぐの時は部活勧誘してきたぐらいだったのに、今は向こうから私の方へ近づいてくる気配もない。

 「アレ多分、静ちゃんが自分よりモテるのが嫌なんだよ」

 ん?自分よりモテるって、楓さんそんなこと気にするような人だったっけ?私が疑問を浮かべていると、それを察した田辺さんがまたも丁寧に説明してくれた。

 私が小学校をやめてアメリカに発ってから、まるで私と入れ替わりのように人気になったのが楓さんだ。確かに、私には劣るけれど、綺麗な顔をしているのは変わりないので、それは不思議じゃない話だ。皆が中学に入学したときも、学年内では可愛いと評判だったとのこと。
 ずっと私の隣にいた楓さんとしては、突然自分がモテ始めたことに驚きつつも、つい浮かれてしまっていたらしい。

 「うち、楓ちゃん苦手なんだよね」
 「そうなんだ」
 「あの子はさ、自分が可愛いこと知ってて動いてるじゃん。男子の前だと態度変えるとかキモい」
 「へぇ…」

 田辺さんの中々に辛辣な言葉に、否定はしなかった。それは私が一番良く分かっていたからだ、前世で楓さんと一緒にいたことのある私が。
 勿論、私だって人前じゃ猫を被るし、周りに注目されるのも好きな方だ。ただ、あからさまな好意を向けられると引いてしまうだけで。

 前世でも、楓さんは自分の顔が綺麗なことを分かっていた。分かっていたからこそ、自分に妥協はせず、勉強やピアノだって幼少時から秀でていたのだろう。顔の良い子は大抵、幼い頃から、人生勝ち組に選ばれた自分に酔って、他の人より優れた自分を求めようとするものだから。
 また、彼女は可愛く見せようとするのも上手かった。私といるときと違って、異性の前では少し大人しめでお茶目な自分を演じていた。どっかの知らん不良に優しく手を振っていたのを見た時は衝撃が走ったのを憶えている。
 そんな彼女の性格は今世でも変わらないようで。

 それでも前世での彼女は、幼少時から人に注目される人生だったため、自分と似たような存在の同性がいても気に入らないなんてことは先ずなかった。

 しかし今世の楓さんの場合、絶対に勝てない圧倒的存在を放つ同性の私という存在が、物心ついた頃から傍にいたことで、人に注目されるのが自分ではなかった分、そういった状況に慣れていなかったのだ。

 ―――そんな彼女の元に、再び現れたのがこの私だ。
 今までちやほやされていたのに、それを簡単に奪っていった私の存在が今更ではあるが鬱陶しくなったのだろう。

 まさか今世のイレギュラーな私がいることで、彼女の性格にこうも影響させてしまったとは。幼少時に関わった人間次第で、人の人格は大きく変わっていくのだな。こんな状況にも関わらず、私は何故か、ノーベル賞受賞の科学者のような気分を味わっていた。

 「うちは楓ちゃんより断然静ちゃん派。だって静ちゃんと一緒にいるのが一番安全な気がする。うちのクラスのヤバい人たちに目つけられても大丈夫そうだし」
 「あはは。そんなに期待されてたか」

 今日田辺さんと話してみて、彼女を随分気に入っていた私がいる。小学校の頃はここまで深い話をする仲じゃなかったので、どんな人なのか知らなかったが、こんなにハッキリものを言えるところや、何よりそのずる賢いところに惹かれた。

 思春期を迎えた子供たちが中学という閉鎖された空間を、一人で生き抜くのは先ず難しい。だから皆、誰かとつるんで一人にならないようにする。たとえ自分と合わない人でも、卒業したら絶対連絡が途絶えることが分かっていても、人を慎重に選んで行動するのだ。そして麻有さんのようなクラスに誰か権力者がいれば、目をつけられないようご機嫌取りをして、協調性を保とうとする。

 そんな窮屈な世界において、田辺さんの考えはある意味賢いと思った。私と一緒にいれば、まぁ私の見える範囲でなら何かあっても手は差し伸べられるし、そうなる前に回避することもできるだろう。流石に一緒にいる子に何かあっても助けないようなクズにはなり下がりたくない。

 彼女はつまり私を利用して、窮屈な世界をできるだけ生きやすいようしているのだ。利用という言葉を不快に感じる人もいるだろうけど、私は寧ろ、それをはっきり言って尚且つ私の傍にいたいと言う彼女の考えが面白かった。楓さんみたいに猫を被るのではなく、自分の気持ちをさらけ出せる田辺さんの方が、一緒にいるならいいかもしれないな。

 それに田辺さんが楓さんの本性に気付いていたということも大きかった。前世でも周りは楓さんを過大評価する人ばかりで、彼女の本性を知っているのは自分だけだと思っていたから。
 まさかこうやって彼女の本性を知っている人が自分の他にもいたのかと思うと、私は仲間ができたようで嬉しかった。

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