応援
さて、私もドライブがてら一度戻ろうかな、と思ってエンジンをかけようとしたその時、視界に映った人物たちに思わず動きを止めてしまった。
あのジャージはうちの学校だ。
体育館の入り口付近に見えたのはたくさんの青色のジャージ。間違いなくうちの学校の生徒であり、肩にはスクールバッグを下げている子もいれば、大きなエナメル鞄をかけている子もいた。周りには他の学校の生徒たちもいて、大所帯で各々体育館に入っていく様子が見受けられる。駐車場に着いたときから車の多さには驚いていたが、まさか体育館で部活動の大会が行われているとは。
しかもあの顔ぶれは憶えがある。私から見えたのはうちの学校の男子生徒たちだったが、前世での記憶を掘り起こせば彼らは男子卓球部の筈。すると今日ここで開かれているのは卓球部の大会だったのか。
春の新人戦の季節だろう。考紀くんたちも再来週には大会があると言っていた。どこの運動部も毎週のようにどこかで大会が開かれているに違いない。
前世で女子卓球部に所属していた私もこの大会に出ていた記憶がある。卓球部のユニフォームは半袖短パンと決まっており、夏は別に構わないのだが、まだ肌寒い春の季節でも拷問かと思うほどに寒かった。動けば暖かくなるが、汗をかいてしまうと休憩時間に冷えてしまい、逆に体調を崩してしまうこともあるから注意しなければならい。
懐かしいなぁ。久々に蘇る前世の記憶に、私は興味本位で大会を覗いていくことにした。
仲は既にたくさんの生徒で溢れていた。赤や青、緑など様々なジャージの色が体育館内を染めており、真ん中の大きなコートを囲うように椅子が設置されていて、学校ごとに集まって使用している。二階からは体育館全体が見えるようになっていて、前世の記憶を頼りに館内を歩いていった。
しかし、同年代の子たちが皆ジャージやユニフォームを着ているのに対し、私は私服で来ていたために浮いてしまっているのか、通り過ぎる子たちがすれ違い様にこちらを見てきたり、じっと視線を向けられてしまったり、歩いていると嫌に目立ちそうだったので、とりあえず二階で落ち着くことにした。
見たところ、私の学校は入り口から左手側の席を使っていた。うちの学校の卓球部は男子の人数が圧倒的に多く、女子は団体戦に出られる最低限の人数しかいない。男子たちの横で固まっていた女子たちの中に楓さんや飯坂さんたちの顔が見えた。
彼女たちから私の方には気づかないだろうな、下の階から見上げなければならないし、何より今あの子たちが意識を向けているのはこれから戦う選手たちだ。
開会式が終わってからも私は暫く、生徒たちの試合を傍観させてもらっていた。今世ではこの部活に入らなかった私が、こうやって自分のいない試合を見るなんて、なんだか不思議な感じがした。前世では試合に出る度に緊張していたから分からなかったけど、こうやって第三者として見ていると、こんな風に映っていたのだろうかと試合をする生徒たちを見てそう思った。
前世でそれなりに頑張った部活だったからこそ、やっぱり試合を見るのは面白くて、いつの間にか時間は経ち、そろそろお昼時に差し掛かろうとしていた。女子男子ともに午後までの試合に出場が既に決まっており、今の試合が終わればこれから彼らも昼休憩に入るのだろう。
ここまできたら、どうせなら午後の試合も見て行きたくなった。考紀くんの練習試合は試合だけでなく練習も挟むため終わるのは16時頃。一度家の方に戻ってまたこっちに来るのも忙しなくなるだけなので、この近くで適当に昼食を済ませてこよう。
***
コンビニの簡易御飯で昼食を手早く済ませた私は、近くにあったスーパーであるものを買ってから体育館へと戻ってきた。そして目指したのは午前中にいた二階ではなく、楓ちゃんたちのいる一階の方だ。
そして出入口の方に一番近くにいた2組の篠原さんの肩に手を置けば、彼女は中々に驚いてしまい身体を揺らしながらこちらに振り向いてくれた。
「びびったぁッ、って静ちゃん?!え、何で?」
ハスキーな声をした篠原さんの言葉で他の子も気づいて振り向いてくれたけど、お弁当を食べているのにお邪魔してしまったかな。
「お疲れ様。午前中、実は上から試合見てたんだよ。ごめんね、勝手にきて」
「えぇマジか。知らんかったわー、来るなら言ってよ〜」
「わざわざ応援来てくれたの?」
「こっちには別の用事で来ててね。大会があるって知ったのは偶然だったんだ」
「へぇ〜、それでもわざわざありがとうなぁ」
「あ、これは差し入れ。つまらないものですけど」
私がスーパーで買ってきたのは果物ゼリーだ。寒くても食べられる常温のもので、甘いものならそれなりに疲れも取ってくれるだろう。ただ応援するより、頑張る彼らに差し入れぐらいしたかった。
すると、私が篠原さんに託した差し入れに気付いた、卓球部の顧問教師に礼を言われた。
「ありがとな間門」
「いえ。あ、こっちは男の子たちの分なんですけど」
「そんなに買ってきてくれたのか?」
「そんなにって程じゃないですけど。えっと…」
「郷田。二年の間門から差し入れだそうだ」
一応、男子卓球部の子たちにも買ってきておいた。女子だけが貰っている場面を見てはちょっと可哀そうかなと思って、まぁ彼らも実際頑張っていたことだし。しかし男子の正確な人数は知らなったので、足りるようにちょっと多めに買っただけで分配は彼らに任せた。
そして私が誰に渡せばいいか困っていると、顧問教師が一番背の高い男子生徒に声をかけてくれた。上級生のこの人は確か、男子卓球部の部長だ。実力ともに高く、また、堀の深い顔がとりわけ大人びて見える。
その郷田という人が自分の方にやってきて、私が差し入れの入った袋を差し出せば「ありがとうございます」とご丁寧に頭を下げて受け取ってくれた。
「おい、お前ら言うことあるんじゃねぇか」
「「ありがとうございます!!」」
教師の一言で部員が総出で立ち上がって頭を下げてきた。ここは軍隊か。
流石に全員が揃って言うと威圧感があり、逆にいたたまれない。そういうつもりで買ってきたんじゃないのにな。美味しく食べてくれたらそれで十分だというのに。
「けど、ぶっちゃけ高くなかった?これだけの人数買うって」
「そんなにかからなかったから。大丈夫、気にしないで食べてよ」
「ねぇ噂で聞いたんだけどさ、間門さんってお金持ちなの?」
篠原さんの右隣に座らせて頂いて一緒に話してれば、彼女の左隣にいた2組の伊藤さんが初めて話しかけてくれた。彼女は女子卓球部で唯一のクラブ出身者であり実力も折り紙付きだ。そんな彼女が笑顔を浮かべて興味津々に聞いてきたのは、答えるのが難しい内容だった。
お金持ちといえば、まぁそうだろうな。アメリカで仕事をして得たお金は今もたんまりある。それこそ一生お金に困らないほどの。
でもまだ十四歳の子供がそんな大金を持っているなんて、世間的にあんまりよろしくないだろうし、ここは曖昧に誤魔化すのが一番だ。
「頑張って自分で稼いでいるだけだよ」
「えっ、本当に仕事してるの?子供なのに?」
「日本だって芸能界で仕事してる子はいるじゃない。それとおんなじようなものかな」
「芸能界入ってるの?!」
「いやいやそうじゃなくてね…」
「三奈、落ち着け。静ちゃんは海外渡って色々仕事してきてたんだよ。ね?」
「うん。今は主に翻訳とかの仕事かな」
「すごっ、なんか間門さんって謎が多いよね」
「あはは、そうかな。意外とつまらない人間だったりするよ」
「ていうかスタイルめっちゃいいよね。なんか芸能人みたい」
「それな。何この足。細すぎだし、長すぎん?」
隣にいた篠原さんが伊藤さんの言葉に同意しつつ、私の太ももを思いっきり叩いてきた。急に何故。
「だって春奈と身長同じくらいなのに、座高が違いすぎんか?静ちゃん半分以上足だけど」
「おいシノやめろ。遠巻きに私をディスるな」
前世と同じで食べるのが大好きな飯坂さんらしく、おにぎりから手を放さずに飯坂さんがこちらに振り返った。女子の中で背が高い飯坂さんは私と同じぐらいの身長を持っている。
「あと服すごいお洒落だよね。大人っぽいし」
「これでもお食べ。静ちゃんはもうちょっと太ってもいいで」
母親のような振舞いをする篠原さんに笑いながらお礼を述べておいた。
でも私の服装が大人っぽいといわれるのも、中身が大人なのだから当然かもしれないな。中学生が着るような服はまず選ばないし、というか選べない。
前世で中学生だった頃はファッションへの知識が乏しすぎてとりあえず流行りのものとか、見た目で可愛いなと思ったものを着ていたけど、レースやリボンとか、無駄に柄の入ったシャツとか…振り返ってみればダサ過ぎて恥ずかしいものばかり。そして大人になると服を買う場所も変わったり、また、何故か着ていく服がどんどんシンプルになっていったりした。
勿論、中学生のうちは年相応の子供らしい服を着ても全然問題ないのだろうけど、如何せん今世の自分にはあんな格好は選べなかったのだ。
今、私が着ているのは白シャツを黒のスキニーパンツでインする格好で、手首には知人から頂いたピンクゴールドのブレスレットをつけていた。シャツで大人っぽく見せつつ、パンツは脚のラインが強調される、肌に密着するものを選んでカジュアルらしさもプラスした。
骸骨みたいに細すぎるのは美しくないから、女性らしいラインは維持するようにしている。まぁ私は運動量が普通の人以上にある分、今世では幼少時から必要以上に太ることは先ずなかったけど。それに生粋の日本人なのに、蟻みたいに細い私の腰はアジア人らしからぬ高い位置にあるから脚も長い。
だから、これでもスタイルには自信があったし。身体のラインが敢えてよく見えるものを着た方が女性らしさも出て好きなのだ。
「うち、背の順に並んだとき、静の前になるんだけどすげぇ嫌だもん」
「顔もこんなに可愛いしな。春奈、世界は平等じゃないんやで」
「それなー」
「そんなわけでお前は、とりあえず飯はそこまでしとけ」
「嫌。まだ食べるっ。しかも今日デザートもある〜」
「おい」
飯坂さんのご飯を止めようとする篠原さん。他の子たちもそれに乗ってきていて、そんな仲の良い彼女たちを見ていた私は、その時ふっと、前世でその輪の中にいた自分の姿が目の前の光景と重なって見えた。