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私が働くバイト先は大通りからちょっと離れたコンビニ。昼間もそこまで忙しくないから夜なんて全然人が来ない。だから私は夕方から深夜12時までのシフトに入るようにしている。夜は時給も上がるしね。
21時以降になれば殆ど客足もなく、私はレジから近い場所で品出しをする。ここならお客さんが来ても直ぐに分かる。
「いらっしゃいませ。」
こんな時間帯になって必ず現れる常連客さんとかね。
その人はいつも黒い。マスクから帽子まで全部黒なのだ。初めて見たときは流石に驚いたけど、別段変だとは思わなかった。黒でかっこよくまとめてられてていいんじゃないかな、ぐらい。
帽子とマスクで素顔をちゃんと見れたことはないけれど、雰囲気からしてきっとかっこいい人なんだろう。背丈も180近いようだから、雑誌に出てくるモデルさんのようだ。
それなのに彼は少々変わっている。
必ずと言っていいほど、私のレジに来るのだ。
以前、夕方に現れたときには丁度店内が混んでいて、私の他にいた店員が「こちらレジ承ります」と促しても、私のレジの列から全く動く気配がなかった。
また、ある日では私が諸事情でバイトのシフトを休ませてもらったときがあり、
その時、彼はやはり来たそうで。
しかし彼を覚えていた他の店員曰く、「店にキミがいないと分かってから帰っていった」らしい。
本当に変わった常連さんだ。
そんな常連さんに私はいつものようにレジ打ちをする。
「いつもご利用ありがとうございます。」
***
バイトを終えてアパートに帰ってみれば、部屋の扉のドアノブにかけられている小さなビニール袋。バイト先と同じコンビニの袋だ。同じコンビニなんてこの近辺には他にもあるから、うちのものとは限らないけれど。
「今日もかぁ」
この光景、実は初めてではない。いつからかは覚えていないけど、バイト帰りは必ずこのコンビニ袋がかけられている。とりあえずそれを手に取ってアパートの中に入った。
「鮭おにぎりとスープだ」
今日はおにぎり。この間はパンだった。これは日によって違うらしい。
でも寒い季節の今、お湯を注ぐだけでできるスープカップは嬉しい。それにこのスープの味ならおにぎりにも合うし。
お風呂から上がったらいただくことにしよう。
どこの誰が恵んでくれているのか知らないけど、日々お金を節約している私としてはありがたいことこの上ない。
「いやそれヤバいでしょ!?」
しかし同じ大学に通う友人に、このことをぽろっと口にしたらとんでもないと一刀両断されてしまった。
「そうかな?」
「冷静に考えてみてよ!」
「冷静だけど」
「だって得体の知れない人間から貰った食べ物って……毒でも入れられてたらどうすんのさ!」
「……え、私、変な色してる?」
一応、腕とか顔を鏡で見てみたけど、皮膚は特に変わった色をしてない。うん、大丈夫だ。
というか毒なんて入れられた形跡は見えなかったけど。食べ物の包装が開けられた形跡はなかったし、異臭なんてしなかった。
「なんで色を確認してんの」
「なんとなく」
「とにかくそんなもん、もう口にしちゃ駄目」
「でも美味しいし、何よりタダだよ?有難いよね」
「あのね、私が思うにそれ多分ストーカーの類だよ」
「すとーかー?」
「自分の気持ちを相手に押し付けてんの。だからそうやって顔も見せずに黙って置いていってんだよ」
友人はそう言うけれど、私にはそんな心当たり一切思いつかなかった。そもそも私なんかをストーカーする人なんて、この世の中にいるだろうか。
結局、友人から何度も注意を受け、私は例のコンビニ袋を受け取らないこととなった。
***
バイトの日。またあの常連さんがやって来た。
いつも当然のようにレジをしていたから、彼の買うものなんて気にも留めたことなかった。だけど何となくその日は視線がそこに向かってしまった。何故なら、レジ台に置かれていたものは、卵サンドとスープカップ、それからホットのお茶のペットボトル。
そう。このスープカップは例のコンビニ袋に入っていたものと同じだ。
そういえば、彼の買ったものを入れている袋はいつもこのミニサイズのもので、このサイズも一緒だった気がする。
買い物を終えた常連さんを見送って、時計を見れば、針はちょうど上がる時間を示していた。
「お疲れ様です」
「おつかれー。…あの人、また来てたね」
「あぁ、はい」
「……ウォンさんって車だっけ?」
「いえ、歩きです」
「そっか…帰り道はできるだけ明るいところ通りなね」
深夜帯に入っている店長は交代するときにそう声をかけてくれた。バイトの帰り道まで案じてくれるとは優しい人だ。
コンビニから家まで徒歩約10分。店長はああ言ってくれたけど、この辺りは街灯も殆どないから仕方がないこともある。
そして家に帰れば、今日も例のコンビニ袋がかけられていた。
ちらっと中身を覗けば最初に目に映ったのは、小さなペットボトルのお茶。しかも温かい。まるで今さっきまで温められていたかのような。
先日、友人に咎められたばかりだというのに、この寒さのせいか、目の前にある温かさに甘えてしまった。蓋をひねれば、カチッという新品のペットボトル独特の音がした。事前に開けられた形跡はない、ということは安全に違いない。
「あったかいなぁ…」
私は結局、一口だけ口にして部屋へと入ったのであった。
お風呂から上がっていつもの習慣でついコンビニ袋の中身を見てみる。友人に言われた通り、もうこれ以上食べることはないだろうけど一応ね。そうして開けてみれば、
「あれ、これ…なんだか見覚えがある」
既視感のあるものたち。サンドイッチにスープカップ。こうやってパンにスープの組み合わせは前にもあった。でも、今日はなんだか違って見える。
「あ、」
もしかして。
私はそこに、もう飲んでしまったあのお茶のペットボトルを置いてみた。
「これ、常連さんと同じだ」
常連さんが買っていったものと同じ商品が目の前に並んでいたのだ。同じコンビニは他にもあるし、うちで買ったものとは言い切れない。でも偶然にしては出来過ぎているような。
「………寝よう」
私はその日、考えることを放置した。
***
朝、大学に向かう前に私は例のコンビニ袋を扉のドアノブに戻した。お茶のペットボトルだけは私が飲んでしまったけど、サンドイッチとスープカップは手につけていない。処分をどうしようか悩んだけど、バイトはこれからもあるから、これを恵んでくれる人はまたここに持ってくるかもしれない。だから元に戻しておくことで、もう食べませんよお恵みありがとうございました、という意思表示が伝わればいいな、という願いもあった。
「そこはさ“もう迷惑なんだよやめろ”とかメモ書きしておけばいいじゃん」
「いやいや、今まで有難く食べていた私にはその資格がありませんって」
「ストーカーははっきり言わないと伝わらないぞ」
「ストーカーと決まったわけじゃ………あ、ポーチ忘れた」
「話終わってないんだけど」
「バイト先に忘れてきたかな」
「明日入ってるんでしょ?いいじゃん、その時取りいけば」
「でもうーん…なんか一日置いておくのは嫌かも…」
その日、バイトはなかったけど、やっぱり忘れ物が気になってしまったからバイト先に訪れれば、意外な展開に傾いた。
「え、それならさっき引き取っていったわよ?」
バイトのおばさんに事情を話せば、何故か私のポーチは既に誰かが取りにきたという。このことを話したのは友人以外にいないし、まさか彼女が?
「でもウォンさんにあんなかっこいい彼氏がいたなんてね〜、教えてくれたっていいじゃないもう」
「……ん?」
「礼儀正しくて良い人そうだし、将来安泰ね」
「えっと、それは一体…」
どちら様の話をしているんだろう。おばさんは頬を染めてうっとりといった様子で話しているが、私の脳内は疑問でいっぱいだった。
私に恋人なんていないし、かっこいい男友達と言えるような人もいない。見当のつかない話だったが目的のものがないので私はひとまずバイト先を後にした。
そして家に帰れば、今朝と同じくコンビニ袋がかけられたまま。しかもよく見れば、中身が変わっていた。
「スムージーにプリン…」
新作のスイーツだ。先日納品したときに美味しそうだなって思ったから覚えている。
でも、それだけじゃない。
私が忘れたポーチと、メモ書きが入っていたのだ。
【昨日のは好きじゃなかったんだよね?ユリちゃんは甘いものが好きだし。ごめんね、次から気を付けるから。
ポーチは僕が持ってきておいたから安心して。
明日も頑張ってね】
――――これは、
***
「どういうことだと思う?」
「ストーカー以外のなにものでもないでしょうが!!」
友人にメモ書きを見せれば、彼女は見たこともないような顔で叫んだ。大学の中庭だからいいけど、なかなかに声が大きい。
「でも、プリン美味しかったなぁ…」
「アンタってやつは反省ってもんを知らないみたいね」
「痛い痛い」
頬をつねられてしまった。そんなに怒らなくても。
「…ねぇ、ていうかこれ本格的にやばくない?」
「やばいの?」
「だってそいつユリの彼氏を名乗ってたんでしょ?完全に思い込みじゃん。正常な判断できてないよ」
「かといってどうすれば」
「思い当たる人とかいないの?最近、この人よく見かけるなーとかさ……あ、アンタ、バイト帰りとか歩きじゃん!大丈夫なわけ?!つけられてるとか!」
「そんなことはないと思うけど……たぶん」
「そもそもアンタももっと危機感持ってよ!?」
「す、すいません」
友人に再度通告された私だけど、危機感を持とうにも実感がないのだからどうしようもなかった。自慢じゃないが生まれてこのかた恋愛したこともないし、ましてや恋人がいた経験もない。だからストーカーさんがどうしてそんなことをしてくるのか分からなくて、私はただ疑問のようなものを感じていた。
そして今日もまた扉にはコンビニ袋がかけられている。なかにはメモ書きも一緒。
【明日はバイトだね。また一緒に帰ろうね】
私が明日バイトを入れていることも知っているらしい。それだけじゃなく、“一緒に帰ろう”とは何のことだろう。いつも私は一人で帰っているのに。誰かと帰ったことは今までなかった筈。
疑問に思うことはたくさんあったが、とりあえず今日のところはコンビニ袋をそのままにしておいた。
***
「いらっしゃいませ」
今日も今日とてバイト。そしてやってくる常連さん。今日はスイーツ買っていくそうで。そういえば例のコンビニ袋に入っていたプリンまた食べたいな。新作のスイーツは他にも―――
「あ、」
思わず声が出てしまった。
おつりを返そうとしたとき、私が変な声を出したから常連さんも不思議そうにこちらに顔を向けている気がする。でも私はその顔が見られなくて、とりあえず平静を取り戻すように静かにお金をコイントレイに置いた。
常連さんは少しの間を置いて、おつりを受け取ると何も言わず帰っていった。
彼が買っていたものはスイーツ。でも新作のものばかりで、中には例のコンビニ袋に入っていたあのプリンも。
スープカップだって、おにぎりやパンも。全部同じだ、例のコンビニ袋に入っていたものと。
偶然にしては重なり過ぎている気もする。今まで考えたこともなかったけど、まさかあの人―――
帰り道は時折足を止めて歩くようにしてみた。今までは寒い夜道を早く進んで、直ぐにでも家に帰りたかったからこんなことはしたことがない。
そして聞こえてきたもう一人の足音。
私が止まると、その人も止まる。
いっそのこと後ろに戻ってその顔を確認してみたいけど、でもこんな夜道でそんな勇気は出なかった。
【また一緒に帰ろうね】
あのメモ書きが頭を過ってしまい、それからはいつもより早歩きで進んで、とにかく帰ることだけを考えた。アパートにかけられていたあのコンビニ袋は中身も見なかったし、見る気も起きなかった。
***
幸いにも暫くテスト期間があるから私もその間バイトは休みだ。あの常連さんと会う機会もない。それと同時にあのコンビニ袋もぱたりと止んだ。
しかしその代わりのように、今度は私の郵便受けに毎日手紙が入っているようになった。
【テスト勉強お疲れ様。図書館の暖房に当てられすぎないように気を付けて。バイトは6日からだね。困ったことがあったら言ってね、僕はユリの恋人なんだから】
この人は私が大学の図書館で勉強していることも、6日からまたバイトが始まることも、全て知っているのだ。
図書館で勉強していることを知っているなんて、同じ大学に通う学生でもなければ無理だ。あそこはIDチップの埋め込まれている学生証がないと入れないから。それにバイトのシフトだって、バイト仲間か店長しか知らない情報で。
そして必ず最後には、私の恋人だと主張する文が書かれていた。言わずもがな、私に恋人なんていない。
流石にこうなってくると馬鹿な私でもよく分かる。これは危険だと。
でも今になって友人に相談しようにも、彼女もテスト勉強で忙しくこんなことを話せる余裕もない。
翌日、さらに追い打ちをかけられるようにして今度は知らない番号からメールが来た。
【ユリちゃん、最近元気ないね。どうしたの?俺が傍にいるから】
だから元気ないんですが。
とは返せず、私のなかにまた暗く重い何かがのしかかっていく。
***
テストはなんとか乗り切ったものの、今日からまたバイトだ。いつもはなんてことないバイトなのに、今は辞めようかと悩んでいるぐらい。
夜21時前、私はもしものために裏で休憩している店長に声をかけた。
「あの、ちょっと調子悪いのでレジ変わってもらってもいいですか?」
「珍しいね。ヤバそうだったら休んでていいよ」
「はい、すいません」
それから店長と交代するときになって、丁度あの常連さんがやって来たのだ。私はそれを一瞬だけ視界に入れて、直ぐに店裏へ入った。納品分を数えていれば仕事にもなるし、今はここにいた方が良い気がしたから。
しかし―――
なんとかバイトを終えてさぁ早く帰ろうと、コンビニを出て直ぐのことだった。
ふいに誰かに手首を掴まれたのだ。
「っ、」
私の手首を掴んだのは、あの常連さんだった。
「ねぇ、今日はどうしたの?
いつもより浮かない顔してるけど…」
初めてこんな至近距離で会話をした。相変わらずマスクと帽子で素顔は分からないけれど。
「あ、の…貴方は…お客さんですよね…?なんでここに、」
「うん。でもキミの彼氏だから送らないと。夜道は危ないし」
「いやそうじゃなくて」
「ほら寒いから帰ろう、冷えちゃうよ」
話が噛み合っていない。有無を言わせない彼は一体何者なんだ。そしてやっぱり私の帰る方角を知っているし。
「…貴方は誰ですか」
「え、ジョングクだよ?急にどうしたの」
そんな当たり前のように言われても、私はこの人のことを常連さんっていうことしか知らないのに。
「し、知らない…私、貴方のこと知らない」
「俺はユリちゃんのこと何でも知ってるよ。あそこの大学に通ってて、今は一人暮らし、友達はキム・ソユン。実家は大邱にあって、お母さんとお父さん、あと、ロシアンブルーのグレイっていうペットがいる。それから―――」
言葉が出てこなかった。彼は私の実家から友人関係まで、全て知っていた。ここまでくるともはや狂気だ。
「なんでそんなに…」
「だって愛する彼女のことは全部知りたいじゃん」
「……私、貴方の恋人じゃないです」
「何言ってるの。俺たち赤い糸で結ばれた運命じゃん。それにユリちゃんの方から告白してくれたのにさ」
「そ、そんなことは…っ」
記憶にない。この人とはいつもレジを挟んでの会話しかしたことがなかった。レジ応対の定型文しか私も言わないし。
「だって前に“いつもご利用ありがとうございます”って言ってくれたでしょ。ずっと俺の片思いかなって思ってたんだけど、それ聞いてユリちゃんが俺のこと覚えててくれたんだって。だから俺たちは両想いで、ていうことはつまり恋人同士でしょ?」
―――なんだこの人。ヤバすぎる。思考回路がぶっ飛んでるにも程がある。
あんなのは本当にただの定型文の一つだ。彼以外にもよく来るお客さんにも言っていた。だから特別な意味なんて何もなかったし、そもそもそんな考えに陥るなんて。
「それに俺が差し入れしてたやつ、食べてくれてたし」
あれもやっぱり彼の仕業だったのか。私は本当に馬鹿だ。心優しい誰かが恵んでくれていると思っていたら、実際はこんなにサイコパスな人のものだったなんて。
「…じゃあこの間…私の後ろにいたのも…」
「うん。毎日送ってたよ。この通り暗くて危ないから。でもユリちゃん疲れてるだろうし、後ろから見守ってた方がいいかなって」
「な、なにも良くない…」
「ラブレターも見てくれてたよね?」
「らぶれたー…」
「うん。郵便に入れてたやつ。本当はカトクとか送りたかったんだけど、ラブレターを送るのって一度やってみたかったんだー。あ、でもこれからはカトクにするね」
彼はそう言って自分のスマホを弄っていると思いきや、私のスマホが受信を知らせるバイブを鳴らした。まさかと思ってみてみれば、
【大好き】
それだけ送られていたカトク。彼の方を見れば、「ね?」とでも言うかのように笑顔を浮かべていた。カトクのIDまで知っているなんて。……IDといえば、
「…もしかして同じ大学に通ってるとか…」
「ううん。あ、もしかして図書館のこと?あれはこのカードをちょっと拝借しただけだよ」
大学の図書館に入るには学生証が必要。まさかと思えば、彼は名前の全く違うカードを手に持っていたのだ。どうやって手に入れたのか聞きたくもない。
「あ、家に着いたね」
彼の話を聞いていればいつの間にか着いてしまったアパート。本当に家まで知っていたんだ。