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事件直後の緊急手術が無事成功してから、被害者の間宮百合さんは警察による警備体制のなか、地元で一番大きい病院に入院している。
今は親族以外の面会は謝絶となっており、僕たちが病院に足を運んだときは病室の扉越しに見ることしかできなかったが、酸素マスクをつけられたまま眠り続ける姿はとても痛々しく、早く事件を解決してあげたいと切に願った。
「主治医の話では、傷口も塞げて、幸い臓器等に異常はないそうです。後遺症も残ることはないだろうということですが……」
「意識は戻らず、か」
「やっぱり刺されたあとに駐車場まで足を進めたことが身体に大きな負荷となってしまったようで…」
「本当は本人に事情を聞くのが一番効率的なんだけどね、例の“謎の携帯”もまだ詳細が分からないようだし。
……そういえば、被害者は駐車場まで歩いて、自分で119番までしていたんだよね?」
「はい。履歴に残っていたそうです」
「ほんと…肝が据わった娘さんだ…普通は痛みでそれどころじゃないだろうに」
「そうですよねぇ…でも良かったですよね。通信は途中で切れてしまっても、体育館の管理人の方が代わりに通報してくれたおかげで一命は取り留めたんですから」
「…え、そうなの?」
「ちょ、桐山さん!?今朝、捜査会議で言っていたじゃないですか!?」
「あー…昨日調べものしてたら徹夜になっちゃってさ、君が代わりに聞いてくれればいいやって思ってた」
「なんですかソレ!?」
「落ち着き給えよ。ここ一応病院なんだからもう少し静かにしなって」
桐山さんの言う通り、病院の廊下で大声を出すのは失礼だった。慌てて自分の口を手で覆うが、そもそも桐山さんが原因でもあると思うのだが…。
「それで?」
「…ハァ……間宮さんは確かに自分で消防まで電話をかけたんですけど、既に意識が朦朧としてしまったらしく、途中で通話が途切れてしまったそうです。でも、その後直ぐに第一発見者の方から“女子中学生が倒れている”と119番通報があったと、駆けつけた消防から証言が出ています」
「直ぐってどれぐらい?彼女との通話が途切れてからの通報とは」
「えーっと…確か、2,3分後だったそうです」
「―――………桐山くん運転はできるね?」
「え?はい」
「我々も現場に向かってみようか」
***
桐山さんの言う通りに従い、僕は初めて現場へと足を踏み入れた。聞いていた通り、被害者の間宮さんが犯人に刺された横断歩道から、発見された体育館裏の駐車場まではそれなりに距離がある。彼女はここを必死に歩いていたのだろうか。
「……不思議だね」
「はい?」
「さっき横断歩道からこの裏の駐車場まで歩いてきたけれど、発見された此処は丁度体育館で隠れてしまって見えなかった」
「そういえばそうですね。登校してきた生徒たちも、そのおかげで現場を実際に見ることはなかったそうですし。…でも何が不思議なんですか?」
「被害者が事件に遭った時間帯は朝早く、通学してくる学生ぐらいしかこの辺りは歩いていない。しかもその学生たちの通学路からは、被害者が倒れている姿は先ず見られないだろう。……第一発見者がよくいたものだ」
「それって、」
「話を聞いてこようか」
***
「……また事件の話かい」
「すみません笹山さん、何度も似たようなことを聞かれてはいると思うんですけど…」
第一発見者である、現場となった駐車場と体育館を管理する管理人である笹山さんに話を伺いにきた。恐らく警察から何度も事情聴取を受けたのだろう、疲弊し切った顔色がそれを物語っていた。
「よく被害者が見つけられましたね」
「あ?」
「桐山さんっ!」
「あの現場、わざわざ裏の駐車場まで出向かないと先ず発見できないでしょう。管理人の貴方がいた体育館前は横断歩道が死角になっていた筈。被害者が刺された瞬間も見ていない貴方が、何があって駐車場裏まで向かったんですか?」
「…あんた、俺を疑ってんのか?」
「いえいえそれはないです。あれは完全にバイクに乗っていた犯人による犯行だ。鑑識が調べた結果でも確かにあれは横断歩道で起きたと断言された。そして被害者の登校時間から貴方が現場を発見して通報するまで、貴方が管理人室にいたのも防犯カメラが捉えていましたし、どう考えても貴方は犯人にはならない。事情聴取でもそう言われておられますよね?」
「だったら今更なんなんだ」
「不思議なんですよ。先ほども述べたように、どうして貴方はあの時間、丁度被害者が倒れた時間に、駐車場裏まで向かって現場を見つけたのか。私はそれが知りたいだけです」
桐山さんがそう言う。確かに、あの現場は物陰に隠れて見えにくいし、平日の朝の時間帯に体育館の駐車場を利用するものは殆どいないだろう。笹山さんは管理人だから、駐車場裏まで出向いても可笑しくはなかったし、偶然が重なっているだけだと思っていた。不幸中の幸いだと。
「……餌をやりに行こうとしたんだよ」
「え?」
「前からあそこの駐車場に野良猫が現れるんだ」
「そうだったんですか?」
「つい一度だけ餌を与えちまってから、懐かれちまったんだろうな。…ただ、動物を外で飼うのはご法度なんだよ、駐車場なんて車の出入りがあるとこで牽かれでもしたら処分が大変だし。けどその猫は決まって朝同じ時間帯にしか現れないもんで、餌を食べたら直ぐ何処かへ跳んでいくし、少しぐらいならいいかと思ってなぁ……」
「あぁ、なるほど」
「だからあの日も、いつもの時間に駐車場まで行ったんだが……まさかあんな現場を見ちまうだなんて……とんだ災難だよ。管理人としてやっちゃいけねぇことをやった罰かねぇ……」
警察の事情聴取では聞かれなかった質問だったため答えなかったそうだ。それにやはり仕事をしている身で、禁止事項に触れてしまっていたという後ろめたさもあって自ら言えなかったらしい。
「…その猫、いつから駐車場に現れるようになったんですか?」
「あー……確か、今年に入ってからだな。仕事初めの5日かそこらだ」
「事件のあった日、猫も現場に?」
「いや、確かいなかったような気がする。まぁでも俺もあまり周りが見えちゃいなかったけどな、正直…血だらけのあの子見たらそれどころじゃなかったよ…」
それから話してくれた笹山さんに再度お礼を述べ、僕たちは署まで戻った。
「本当に不幸中の幸いですね。猫に餌をあげる場所と間宮さんが倒れた場所が、偶然にも同じだったなんて…」
「偶然にしちゃ出来過ぎだと思うがね」
「どういうことですか?」
「猫が駐車場に現れたのは今年に入ってから。そして、被害者が狙われる原因となった例のライブ動画も今年に入ってからの出来事だ。そもそも猫が現れる時間帯まで、犯行時間に近かったなんて…全てが重なり過ぎじゃないかい?」
「まぁそう言われればそうですけど…、動物ですよ?人間じゃないんですから、本当に偶然だったような気もしますけど」
「世の中、何が偶然で、何が必然かなんて決めつけられないものだよ。だから我々は疑わねばならないのさ。それを確かめるまでね」
「……桐山さん、かっこいいこと言うのは良いですけど、そのためにも先ず捜査会議ぐらいは起きててくださいよ?」
「ペアを組まされているのは、どちらかが聞いていれば良いという理由だろ?」
「どんな理由ですか?!」