ジョングクが住み込みで働くことになったバーは、ジンが数年前に経てた小さな店だ。店では夕方から深夜まで酒とつまみを提供している。朝方近くまで営業している店もあるが、この店の閉店時間はお酒を提供する店の割には早い方だ。

 そのため手伝いのジョングクは、閉店時間を過ぎればそのまま二階にある自分の寝室に向かい就寝できるわけだから、このような形態の店で働いていてもそんなに昼夜逆転した生活にはならなかった。

 しかしオーナー兼マスターであるジンと用心棒のハル、この二人は時折別の仕事だと言って閉店時間後に外へ出ていることもある。二人一緒に出て行くこともあれば、ジンだけだったりハルだけだったりと各々用件は違うこともあるらしい。そしてそういう日は決まって、翌日の昼過ぎまでは起きてこない。

 ジョングクは二人から仕事の内容は聞いたことはない。ある時トイレに行こうと明朝近くに起きたジョングクが、仕事から帰ってきたであろうハルと部屋の外ですれ違ったとき、妙に鉄臭い匂いが漂ってきたのを覚えている。
 隣の寝室に入っていく彼女をじっと後ろから見つめるしかなかった。

 彼女とはまだ一度も言葉を交わしたことがないが、ジョングクはこの店でお世話になるようになってからもずっと彼女の横顔や後ろ姿を追っていた。

 恐らくジョングク本人は無自覚だろうが、見つめすぎていて、いっそ睨んでいるかのようにも見える。ハル以外の人間だったら思わず委縮してしまうかもしれない。
 その一方でハルは何が合っても動じない少女だ。彼女よりも一尺以上はある大男が店で暴れた時も、酔った客に絡まれた時も、一切の躊躇なく叩き落とすか伸ばすか、果ては視線すらやらない。

 ジン曰く「耳は聞こえているけど、周りに興味関心がないだけ」。
 彼女が動くときは大抵、ジンに命令されたときか、“仕事”を依頼されたときぐらい。ただ全てを受け入れるかと思えばそうではない。自分の中で好き嫌いはハッキリしているらしく、嫌なことは全力で拒絶することもあるんだとか。

 恩人であり、店の同僚でもある少女と未だに距離感どころか、意思疎通すら図れない。また、ジョングクは根っからの人見知りであるせいもあって話しかける勇気は出てこない。それでも、彼女は気になる存在には変わりなかったので、ひたすら見つめることしかできなかったのだ。

 そうして店に住み込むようになって数日後、ジンから新たな仕事を頼まれることに。

 JK「え、俺がハルさんの…せ、世話ですか?」
 JN「そう。ジョングクくんもう大分店の仕事覚えてきてくれてるし、そろそろハルの方も頼みたいんだよね」
 JK「ていうか世話って何ですか、ハルさんって別に普通に生活できてますよね?」
 JN「いや、そう見えるだけだよ。あの子は言わないと基本何もできないし、“仕事”以外はてんで不器用でね」

 この前だって卵間違えて買って来ちゃったし、と溜息をつきながらジンは続けた。

 JN「僕としてはもうちょっと人間味のある子になって欲しいんだよね。何よりこのまま誰かに全部任して生きていたら、もし一人になったとき何もできないと本人が困るだろうし。
 だから世話っていうか、まぁ…言い方悪いけど“しつけ”かな」

 もはや動物扱い。だがこれもハルを大切に思っているからこそ、なんだろう。彼女の未来を見据えての心遣いだった。

 JN「僕も色々やってはいるけど、やっぱり店のこともあるし、用事で空けることもあるからさ、頼むよ」
 JK「でも、俺みたいなぽっと出の奴の言うことを聞いてくれますかね。そもそも俺、ハルさんに一度助けられた身ですけど……生意気なこと言ってぶっ飛ばされるとか…」
 JN「あぁ平気ヘーキ。あの子は自分に害を為す奴か、指示された場合にだけ“ああやる”だけだから。それに僕の知人や友人には手を出さないように言ってあるし」
 JK「はぁ…そうなんですか」
 JN「うん。ていうか僕よりジョングクくんの方が適任だと思うよ」
 JK「!?」
 JN「じゃあ僕は仕込みするから、キミ“たち”は買い物行ってきてねー」
 JK「!!??」

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