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あれから結局、テヒョンによって半ば強制的にデートへ連れていかれたハル。それを止める手立てのなかったジョングクに至っては快く見送ることはできず、二人がその後どうしているのか気になりながら後片付けをしていた。
JN「ふぁ〜あ…」
JK「おはようございます。ジンさん」
そこへやって来たのは遅起きのジン。未だ眠そうにあくびをしている。
JN「あれ?ジョングクくんだけ?」
JK「ハルさんはさっきテヒョンさんに…」
JN「あぁ、またか」
JK「…あの、“こういうこと”ってよくあるんですか?」
JN「テヒョンが?うん。しょっちゅうね。
最近は出張に行かされてたみたいだから顔出してなかったけど、アイツは前からああだよ」
店を切り盛りしているジンからすれば、客としてお金を落としてくれる分、テヒョンを無碍には扱わないらしい。勿論、ちょっかい出されるハルはそんなことお構いなしなのだが。
JK「…そう、なんですか」
JN「……ジョングクくんや」
JK「はい?」
JN「そんな落ち込まなくても大丈夫だよ」
JK「え?いえ、俺は別になんとも…」
JN「たぶん今日も直ぐ帰ってくると思うからさ」
JK「それってどういう、」
疑問に思ったジョングクがジンに聞こうとしたときだった。店の扉が大きな音と共に勢いよく開かれたのである。
バァン!!―――「ちょっと待ってよ!ハル!」
そして現れたのはいつもより心なしか仏頂面のハルと、彼女を引き留めようと声を張りあげているテヒョンだ。
何かあったのだろうかとジョングクが不思議そうに見ている横で、ジンは呑気にジョングクが入れたコーヒーを飲んでいた。
TH「ねぇほんとにごめんって!俺もあんな女のことなんて覚えてないんだから!」
『………(ソファにあったクッションを投げつける)』
TH「わぶっ」
そのままいつもの定位置に座って、もはやテヒョンの方など見る由もないハル。弁明の余地も与えないらしい。
JN「ほらね?」
JK「……これはなんですか」
TH「ジニヒョン聞いてよ!」
JN「またお前はどうせ、昔引っかけた女にでも逆恨みされたんだろう?」
TH「え!なんで分かるの!?」
JK「!?」
***
テヒョンとハルがデートで訪れたスペイン料理屋。隠れた名店のような場所と、お洒落な内装は若者受けも良さそうだった。
苦手な男に無理やり連れ来られてしまったが、朝食がパン一枚となってしまったハルはタダで美味しいものが食べられるなら致し方ないと腹を括ることにした。
TH「ここのアヒージョ美味しいんだよ。ハルの好きな海老もたくさんつけてもらったからね」
そうして運ばれてきた料理に心動かされたハルは、目の奥だけは輝かせながら自分の小皿に取ろうと手を伸ばそうとした。
その時だったのだ。
女「ねぇちょっと、あんたキム・テヒョンよね」
TH「は?」
突然、ハルとテヒョンのテーブルに現れた女性。女性の方はテヒョンの方を知っているようだが、テヒョンの方は「誰だこいつ」というような顔だ。するとそれに腹を立てたらしい女性は先ほどより鋭い顔つきで続けた。
女「私よ!スア!」
TH「……あー。あぁ、あれか。チェ・スア?」
女「ユク・スアよ!」
TH「あぁ、それそれ。で?何?俺、今忙しいんだけど」
女「はぁ!?勝手に音信普通になったやつが何偉そうにしてんのよ!こっちは彼氏に何かあったのかと思ってどうにかなりそうだったんだから!」
どうやら女性の正体は、前にテヒョンがまだ「女遊び」をしていた頃に出会った人だったようだ。偶然にも同じ店を訪れていた二人はまたこうして再会したわけだが、テヒョンにとってはそれすらどうでもいいようで、面倒くさそうに話を聞き流す。
TH「それはご丁寧にどうも」
女「かと思えば、何よこの女!私のこと捨てて、新しい女作ってたってわけ!?ふざけんな!」
TH「ちょっとあんまり大声出さないでよ。お店に迷惑でしょ?」
女「…っっ、このサイテー野郎!!」
ついに堪忍袋が切れたらしい女性は、テヒョンの手元に置かれていたコップを持つと、注がれていた水を顔にめがけて力強くかけたのだ。
女性はその後、怒りを露わにしながら店を出て行った。
TH「はぁ…ったく、こっちのこと知りもしないで」
テヒョンがかけられた水をお手拭きで拭いている間、その前に座っていたハルはというと、
TH「あ!ハルにまで!」
海老を掬ったスプーンを手に持ち、食べようと小さな口を開けたまま固まっていた。そしてよく見れば、ハルの顔にも水が数滴かかっているではないか。
実はあの時、テヒョンの前に突然現れた女性などハルは全く視界に入っていなかったのだ。ハルの意識は既に好物の海老に注がれており、二人の揉め事などどうでも良かった。
そしてさぁ食べようとしたのだが、女性がかけた水がハルの方にも飛んできて挙句、海老にもそれがかかってしまったのだから、ハルはもうショックで固まるしかない。
テヒョンが慌ててハルにかかった水を拭こうと立ち上がろうとするが、それよりも早くハルの方から立ち上がり、そのまま店の出入り口に向かっていく。
TH「え、ちょっと待ってよ!」
「あのーお客様、まだ注文されたメニューが…」
TH「すいませんっ、これでお願いします!おつりはいいんで!ハルー!」
「お、お客様…!?」
それから結局、テヒョンが急いで後を追いかけるようにして、二人のデートはおじゃんとなったのである。
TH「―――…ってことがあって」
JK「…そんなに女性に恨まれてるんですか」
JN「テヒョンはちょっと前まで、来るもの拒まずで誰とでも付き合ってたから。歩く18禁、女たらし、ヒモ男、と異名はつきなかったねぇ」
TH「でも今はハル一筋だよ」
JK「すんません、信用できないのは俺だけですか」
JN「数えきれないくらいの女をつくってたから、そのツケが今回ってきててね。ハルとデートしに外出掛けると、昔付き合ってた女と出くわして、巻き込まれたハルが怒って帰ってくる。いつもこのパターンなのさ」
JK「なるほど…」
TH「皆、俺の恋路を邪魔してきて……俺がなにしたってのさ」
JK「何もこうも、自分のせいじゃないですか」
JN「そうだよ。恨むなら、以前の自分を恨むんだね」
TH「ハァ…今度は店貸し切って行こう」
こうして今日もテヒョンの恋は進展することなかったのである。嘆くように机に突っ伏したテヒョンをジンが慰めているなか、ジョングクはソファに座るハルの方に目を向けた。
二人がデートに行ってしまったときはあんなに動揺していた自分だが、今はハルが此処に戻ってきてくれたことでこんなに安心するとは。
相変わらず物言わぬ彼女だけど、こうして自分の近くに居てくれると分かるとどうしてこんなに心落ち着くのか、ジョングクはまだ気づいていないのであった。