ある日、とある古本屋で大変真剣な顔のジョングクが【これであなたも彼氏のハートと胃袋をゲット】というタイトルのレシピ本を立ち読みしていた。
 どう見ても本の内容はただのレシピ特集じゃなさそうだ。そもそも彼の場合、彼氏にではなく「彼女に」なのだが。

 JK「(なるほど。がっつり系とさっぱり系、時と場合によってテイストを変える…か。あ、疲れたときには酸味を活かした料理を…これはハルさんが仕事で遅くなったあとにやってみよう)」

今日もジンからのおつかいを頼まれ、ハルと行きつけの商店街まで買い物に来た帰り、商店街のなかに如何にも歴史がありそうな古本屋が目に留まったのだ。本の値段もそんなに高くない、これなら自分でも買えるものがありそうだと。
そしてハルに了承を取ってから、店内に足を踏み入れたジョングクは真っ先にレシピ本が置かれている棚に向かったのであった。

 そう。ジョングクは先日のテヒョンの言葉から早速、本気でハルの胃袋を掴みにいこうとしているのだ。
 ジョングクとしては彼女の好物を知れる良いきっかけになるだろうし、何よりやっぱり彼女に美味しいと思われるご飯を作りたいという思いがあったから。
 つまり、その裏にあるであろう本心には未だに気付いていないようだ。

 JK「(よし、この本買っていこう。っと…ハルさんは、)」

 店のどこかにいるであろうハルを探す。すると彼女もまた別の棚で足を止めていた。棚の上に書かれた表札は【植物と自然】。
 何事にも無関心そうなハルがじっと何かを見つめているのは珍しい。

 JK「ハルさん。俺、決まったんですけど…ハルさんはどうしますか?」
 『……(何も手に取らず店の出入り口に向かう)』

 ハルは結局、いつもと同じように何も言わず、ジョングクの会計が終わるのを待っているようだ。
 思えば、彼女が自分から何かを欲するのを見たことがない。お金に困っているわけでもなさそうなのに、ジョングクはいつも一緒にいる分、無欲な彼女に少しだけ寂しさを感じてしまった。

 ***

 それから二人が揃ってジンのバーに戻ってくると、中には既に先客がいた。しかもその客は、ジョングクが初めて此処を訪れたときにも見た顔だったのだ。

 YG「よう、なんとかやってるようだな」

 あの時と同じ、カウンターの椅子に足を組んで座り、右手に煙草を掴んだその人はジョングクの顔を見ると仏頂面の顔のまま挨拶をしてきた。

 JK「どうも…」
 JN「二人ともおかえり〜。ジョングクくん、悪いんだけど俺、今手離せないから代わりにユンギの相手してやってくれる〜?」
 JK「あ、はい」
 YG「ヒョン、その言い方悪意しか感じれないですわ」

 店の奥から聞こえてきたジンの声。一応、ユンギが客であることには変わりないので、言われた通りに接客をすることに。

 JK「えっと…」
 YG「水でいい。この後仕事あんだよ」
 JK「…はぁ…わかりました」

 じゃあなんで此処に来たんだ、と言いたくなってしまいそうなのをグッと堪えて、ジョングクは言われた通りに冷や水を出した。
 ジョングクはこのユンギという男が少し苦手に感じていた。まだ会って二回しか経っていないが、つっけんどんな言い回しや、その白い肌がまるで氷のような冷たさを感じてしまうからだろうか。
 ハルと同じで表情をあまり変えない人だが、こちらはハルとはまた違った雰囲気を醸し出しているのだ。

 YG「ハルとはうまくやってんの?」
 JK「え?…まぁ、うまくかは分かんないんですけど、別に不便はしてません」
 YG「……へぇ」

 ユンギがソファに座るハルの方に目を向けながらジョングクに問うと、ジョングクの返答に僅かに指が反応していた気がした。

 YG「そいや、この間キム・テヒョンに会ったんだって?」
 JK「………知り合いですか?」
 YG「あからさまに嫌そうな顔するなよ。意外と子供っぽいとこあんだな、お前」

 ジョングクはその時ムッとした気持ちにもなったが、それ以上に目の前のユンギが面白そうに笑顔を見せていることに驚いた。この人笑うんだ、と。

 YG「まぁあっちも同じようなもんだけどさ」
 JK「同じじゃないです。俺はあんな執拗に迫りませんから」
 YG「あーアレはなぁ…仕方ねぇとこあるんだ。けど、此の街で生きていくなら、アイツとは良くしといて損はないぞ」
 JK「…なんですかそのパワーワード」

 ユンギの言いようからすると、まるでテヒョンが只者じゃないようにも聞こえる。しかし先日会った彼からそのようなものは何にも感じられなかったジョングクは全く信じられない。

 JN「いやー任せて悪かったね、ジョングクくん」
 JK「いえ、別に」
 JN「キミも休憩していいから。ほら座って」
 JK「ありがとうございます」
 YG「そうだ。ヒョン、これ此処に来る途中で【アイツら】から預かってきました」
 JN「ん。あの子にだね。おーいハル!こっち来て受け取りなさい!」

 其処へ裏から戻ってきたジンが加わり、今度はハルを呼ぶ。すると呼ばれたハルは一度ジンたちの方に視線を動かすと、少しの間を置いてからゆっくりと立ち上がってカウンターの方に歩み寄ってきた。

 そしてそのままユンギの隣の椅子、ではなく何故かジョングクの隣に行き、ユンギとは距離が離れるように座ったのである。

 JN「あ、コラ!」
 YG「アハ、露骨すぎ。ジョングク、お前ほんとよく懐かれたな」
 JK「そ、そう見えます?やぁ…そっかぁ…」
 YG「腹立つから一発いい?」
 JK「絶対嫌です」

 ユンギが苦手なのだろうか。ハルはジンに言われようとジョングクの隣から動こうとはしなかった。

 JN「こういうのはちゃんと手渡しで貰いなさいよ、ハル」
 YG「いいですよ別に。ジョングク、お前から渡してやってくれ」
 JK「え、あ…はい」

 結局、二人の間に座るジョングクが仲介に入って、ユンギから受け取った厚みのある茶封筒をハルに渡した。

 YG「毎度のことだけど、中身は自分で確認しとけよ」
 『……(渡された茶封筒の口を開ける)』
 JK「(札束!?)」

 見ようと思って見たわけではないが、隣に座っていたため偶然視界に入ってしまったソレは、ジョングクが今まで生きていて見たこともないような厚みの札束だった。
 しかも「毎度のこと」と聞いたあたり、これが初めてではないということ。

 一体どうしてそんな大金が彼女のもとにくるのか。考えられるのは時々ハルが行っている深夜帯の仕事だ。
鉄臭い匂いを漂わせてくる彼女が一体何の仕事をしているのか、ジョングクはまだ知らない。最初の出会いから彼女が普通じゃないことは知っていたし、いつも傷一つなく帰ってくるからそこまで心配はしていなかった。
でもこんなに見返りが大きい仕事ということは、それだけリスクも大きいのだろう。

 それにユンギはこれを【アイツら】からだと言っていた。
 テヒョンといい、ユンギといい、この街にはまだまだジョングクの知らない世界が広がっているようだ。

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