第七話「楓ちゃん」

前回に続き、最近、私はあることに悩まされていた。そう、勉強も出来て運動も出来て、もう正直人生やり直しただけだというのに、チートすぎるライフを過ごしていた自分だったが、ここにきて遂に試練がやってきたのであった。

「というわけで、健太くんと理音くん、それから巧彦くん。この三人が静ちゃんのこと好きなんだって。だから三人のうち一番になった人が静ちゃんと付き合えるってことにした!ね、いい案っしょ!三人ともこの提案に賛成みたいだから、今日からスタートね!」

何がどうしてそうなった。
突っ込み所がありすぎるよ、純奈ちゃん。
目の前で嬉々として私に報告してくる彼女は私のご近所さんで、クラスでもいつも明るく面白い中心メンバーの一人の純奈ちゃん。私も彼女のユニークな性格は好きだが、今回ばかりはちょっと待て。

「え、私が付き合うのは…まさかの決定事項ですか?」
「うん!だって一番になったてことは、静ちゃんに一番好きになってもらったってことでしょ?」

いやいや!なんで!?Why Japanese people!?
別に私が一番好きになったって…そりゃ、likeはあるかもしれないけど、=LOVEとは繋がらないでしょうがぁあああ。
小学五年生にLOVE分かれっつったって、スペルの違いしか分からないでしょうけどよ!

「ていうか…今日からスタートって?」
「アピールだよ!自分がどれだけ静ちゃんを好きか!」
「はい?」
「ちなみにウチらは理音くん応援してんだけどね!」

純奈ちゃんや、それ私に言っちゃだめでしょうよ。
もう既に公平さの欠片もないこの意味不明な勝負に私はどうしたらいいのやら。
というかこの男の子たちの戦い………ふと思い出したが、前回の人生でも見たことあるぞ。

理音くんは最近このクラスに転入してきた子で、なんと私と同じ苗字でありながらも家までお向かいさんの何かとご縁のある子だった。私の地区は同年代の子が今までいなかったので、彼が来てくれたことでやっと同い年の子が来たとちょっと喜んでいた覚えがある。
巧彦くんは父の開く柔道教室に通う男の子で、考紀くんほどではないが保育園時代からの付き合いだ。確かに父親の教え子ということもあって、両親同士仲もいいが、特別仲がいいわけでもなく普通のクラスメイトといった印象だ。
そして健太くんに至っては、申し訳ないが殆ど接点がない。彼はクラスの中でも背が高い方だが、外見の割にかなり子供っぽいというか。よく女子から煙たがられているのを目にしたことがある。

そして私はこの三人の組み合わせ、確かに前回の人生で見たことがある光景だった。
しかし前回と明らかに違うのは、そう、私が好意を向けられているということなのだ。
だって前回の人生で彼らが好意を向けていたのは、楓ちゃんだったのだから。

――――宮崎楓ちゃん。一回目の人生において、私が中学校を卒業するまで彼女と私はまるで不思議な縁が結び付けられているかのような、そんな関係だった。

楓ちゃんはとても綺麗な顔立ちの少女だ。すっとした鼻筋に、切れ長の瞳、薄い唇。首元までの黒髪が大人びて見えていた。
お父さんは警察官をしていて、お母さんは専業主婦。私の次兄と同い年のお兄さんがいて、とても妹思いの人だと聞いている。
そんな絵に描いたような家庭で育った彼女は、見た目通り優秀な子だ。
頭の回転が早くて、何かに集中したときの顔つきは目を引くものがあった。
運動が飛びぬけていたわけではないが、思考の速さや集中力などがそれをカバーしていた。またピアノを習っていた彼女は、中学のときにクラス合唱の伴奏をしていたのを一回目の人生で見ている。

そう。顔が良くて、頭が良くて、ピアノが弾ける。こんなに魅力的な子は早々いないだろう。
たとえ田舎にある30人の教室の一人の女子生徒であったとしても、彼女は普通の人より輝いた人生を送る子だと、私は幼心に感じていた気がする。

でも、私は―――彼女が苦手だった。

一回目の人生で私がいつから自我に目覚めたのかは定かではないが、私が小学校1年生の時、楓ちゃんが私だけに話してくれた夢は「私、アイドルになりたいの」だった。
私はそのとき、凄いよ楓ちゃんなら絶対なれるよと絶賛していたが、それと同時に思ったのは、

「嗚呼、この子は自分の容姿に大変な自信をお持ちなんだな」

ということだった。確かに生まれながらに綺麗な顔立ちをしていたのであれば、そう思うのも納得できる。寧ろ二回目の人生を送っている私ですら、今の顔を見たとき一瞬でも考えてしまったぐらいだ。
しかし、以前の私には彼女のその言葉が枷になってしまったのかもしれない。

私と楓ちゃんは名簿番号が隣だったことから、学校で同じグループになることが殆どだった。そのため、家が近いわけでも親同士の仲が良いわけでもなかったが、私たちは必然的に一緒になることが多かったのだ。純奈ちゃんとは家が近いけど、純奈ちゃんは別の仲の良い友達がいたし、他に近所の同性の子がいなかったので、私の最初の女友達になる子は彼女くらいしかいなかったのだろう。
そうして距離が近かったからだろうか、私は勝手に自分と楓ちゃんとを比べて、勝手に自分を卑下するようになっていた。

自分はどうしてあの子みたいに可愛くないのだろうかと。
目だって奥二重だし、鼻もちょっと大きくて、唇も厚ぼったくて、肩幅も大きい。

自分はどうしてあの子みたいに勉強ができないのだろうかと。
理数系はちんぷんかんぷん、国語や社会だって暗記するほど勉強できない。

自分はどうしてあの子みたいにピアノが弾けないのだろうかと。
小学校一年生から通っていたのに、私は合唱曲を弾けるほど上手じゃない。

どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして…………

今思うと自分の怠惰から目を背け、彼女を理由にしていただけなのに。
二回目の人生を送るようになって彼女のあの姿をやっと尊重できるようになった。
産まれた瞬間から意識のあった自分は、今度は後悔しないよう将来間違わないための努力を怠らなかった。
皆が遊んでいても勉強して、勉強して、勉強して。
皆が休んでいても鍛錬して、鍛錬して、鍛錬して。

今では外国人に道案内できるまで英語を身につけられたし、あんなに苦手だった算数は6桁まで直ぐに暗算できるようになり、暗記に至っては前回の記憶もあってか予想以上に吸収することができた。
合気道も先日、2級に昇段でき順調にいけば来年あたりには1級になれるもしれないと言われた。
そして初めて本気で努力の意味を知って、努力できる自分がいることを知った。
彼女も人一倍努力をしていたから、あんなに輝いていたということも。

でも、前回の人生で怠惰の日々を送っていた自分には気づくことができなかった。
だから、楓ちゃんは生まれながらに人より上なんだと思って、彼女はそれを知っていて、自分を引き立て役としか思っていないんだと考えるようになっていったのだ。

どうして私が彼女の傍にいなくてはいけないのか。
どうせこの子は私を利用している。自分より劣っているから都合よく置いているだけ。
表面上では笑っていながらも、私は内心そんなことを抱えて生きていた。
中学校に上がっても私と彼女は同じクラス。7クラスもあるのに、7分の1の確率で私は彼女と同じになるのか。それから何故か彼女は私と同じ部活に入ったときは、呪いに感じたほどだ。
だからだろうか。中学校生活は人生において最も嫌な思い出が残っている。勿論、彼女だけが要因ではないが、それも含めて重なりに重なったのだと思う。
高校は流石に離れたが、20年間生きた一回目の人生において楓ちゃんの存在は大きかった気がする。

そんなわけで二回目の人生を送っている私だが、やはり楓ちゃんは少々苦手というか、積極的に関わろうとはしなかった。一回目では友達欲しさに一緒にいたが、中身20歳の自分には既に大切な友人が一人いる。将来親友といってくれる子が。
勿論純奈ちゃんや百江ちゃんなど、友人と呼べる子は他にもいるが、20年生きていた自分が学んだことは、別に高校まで一生懸命に友人を作ろうとしなくていいということだ。
大学に入ってからの友人の方が自分の将来に大きく関わってくる。良くも悪くも。
確かに人付き合いは大切かもしれないが、どうせ「ずっと友達でいようね」なんて言っていた子とはそのうち連絡も途絶えるのが自然の摂理。
女同士の友情なんてそんなものだ。とにかく私が本当に心から友達と思えるのは親友一人だけ。楓ちゃんと必要以上にコンタクトを取ろうとは思えなかった。
それに何となくだが、彼女の方も(前回の人生ほど)私に声をかけてこない。どこか距離を置いているような気もする。

これは本当に私の客観的な考えだが、今の私のクラスでの立ち位置は、前回の人生で見た楓ちゃんの立ち位置そのものになっているようだった。

成績もクラスで一番、武道を嗜んでいるためか運動だって男子に引けを取らないし。ピアノや英語など授業科目以外のこともできる。
中身20歳のためか、大分落ち着いた子だと思われているらしいし。
容姿に至っては…最近ではまさかの芸能プロダクションからお誘いがあった。なんか千年に一人の逸材だ、とか何とか言われたが流石にそれは盛りすぎですよと丁重にお断りした。というか千年に一人って、どこかで聞いたことのあるフレーズだな。
振り返ってみるとなんてチートな子なんだ、と自分のことながら感心してしまう。
最近では家族の溺愛ぶりも前回の人生以上に増している気も。

そんなわけで、前回の人生では楓ちゃんがその魅力で三人の男たちを戦わせていたが、それが私という彼女以上の完璧美少女が出現したために、シナリオが変わったというわけか。嗚呼、自分で言ってとても恥ずかしくなってきたぞ。
しかしいいのか小学生諸君。見た目は子供だが、中身は20歳のかなり一癖も二癖もある捻くれた人間だのに。

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