第六話「表面より内面」
最近、私はあることに悩んでいる。そう、勉強も出来て運動も出来て、もう正直人生やり直しただけだというのに、チートすぎるライフを過ごしていた自分にだ。
「ほんとにほんとに、好きじゃない?」
「うんうん、ほんとにほんとだよ」
あははと乾いた笑いを含めて答えた。そう、最近この手の恋愛事で大きな悩みがあるのだ。
丁度昼休み中で今自分たちは校庭の芝生に二人して座っているのだが、私の横にいる園田百恵ちゃんは、ある男子生徒に恋をしている可愛らしい女の子。
いつも前髪を縛って長い髪を揺らしている。そんな彼女が恋しているというのは私にとってみれば別段驚いたことではなく、寧ろかなり前から知っていたことだった。
それは勿論以前の人生でも彼女は同じ相手に恋していたこともあるが、何より彼女を見ていれば一目瞭然に分かるからだ。
「あ!こうちゃんだ!!かっこいい〜!!」
そう。普通に大っぴらにこんなことを述べているからだ。一般的な女子なら恋していることはひた隠しにするだろうけれど、彼女は違う。公の場でも「好き」とか「かっこいい」とか大きな声で言えるし、しかもそのまま好きな相手に抱き着いちゃうのだ。もう見ている側からすれば、その大胆な姿に鶏群一鶴ともとれた程だ。
まぁそれが悪いわけでなく、寧ろ私は彼女のその性格が大好きだ。捻くれて常に仮面を被っている自分と違い、素直に自分の気持ちを表現しているなんて眩しいくらいに感じる。
なので別に彼女が恋をしていることは良いことだと思う。
しかし、その相手が……。
「考紀くーん!!」
「うーん……まぁ、そうなるよねぇ」
先日、稽古帰りに遭遇した自分の幼馴染である彼なのだ。
昼休みに男友達と一緒にサッカーボールを蹴って遊んでいる彼に。
「あのー……どこがいいんでしょうか?」
「サッカーできるでしょ!足速いでしょ!頭良いでしょ!あとあとッ、」
一度聞いただけでこんなにも返ってくるとは。ま、眩しすぎるっ、なんだそのキラキラした瞳はっ。
「でも、いいなー…静ちゃん、幼馴染なんでしょう?」
「う、うん……そうかな?」
「だって漫画とかでよくあるじゃん!幼馴染同士の恋愛!」
「いや、だからって……それは少女漫画の読みすぎだよ、百江ちゃん」
あれ、デジャヴ。前もこのような会話をしたことがある。
…あぁ、そういえば前回の人生でも似たようなことを百江ちゃんに言われたことがあったな。そんないいもんかね、幼馴染って。
確かに幼馴染同士の恋愛は少女漫画の王道だ。私の知っている限りじゃ、国民的人気推理漫画がまさにそれだし。まぁ主人公は小学一年生になってしまうわけだけど。
あれ、その主人公って確か元々サッカーやってて、ヒロインの女の子は空手やってなかったっけ。なんだか凄く親近感がわく設定だな。
サッカー好きの少年に、武道を習う少女(見た目は子供、中身は20歳)。
……あれれ〜おかしいぞ〜?
「それに静ちゃん、可愛いし…」
「…っ、」
私が一人で悶々とアホなことを考え込んでいた時、不意にかけられた言葉。
き、きたぁあああ。同性に言われて返答に一番困るパターンきたぁああ。
「考紀くんより頭良いし、英語話せるし、運動できるし、」
どんどん出てくるぞ。いや、勿論誉め言葉を貰って不快なわけはなく、嬉しいに決まっているのだが、女子はこういうことには慎重に受け答えせねばならないのだ。
百江が現れた!静はどうする!?
{emj_ip_0687}「そうなんだよねー!私って完璧美少女だから!」
{emj_ip_0687}「いや、そんなことないよー!百江ちゃんのが私より可愛いし、頭良いし!」
肯定か否定か、どちらを選んでも破滅ルートしかないじゃないか。
まぁ、しかしこういった会話は慣れている。そりゃあもう10年生きてますから。
「…ありがとう。でも、百江ちゃんは素直だしスタイル良いし、こうやって好きって言えることが凄いよ…っ、うん…憧れちゃうね」
素直に言葉を受け止めてお礼を言いつつ、相手への敬いも忘れない。これぞベストな答えだ。
百江ちゃんもさっきまではしょんぼり気味だったが、私の言葉を聞いてどうやら何とか立ち直ってくれたらしい。ついでにその流れでどうか勘違いも解いてほしいところだが。
なんて思っているとき、偶々通りかかった低学年の男子生徒がこちらに気づいて、思いっきり指さしてきた。え、何。
「あー!コーヒー女だ!」
は?なんつったこのクソガキは。まず人を指さすのは止めなさい。
「こいつ、口にいつもコーヒーのシミみたいなのついてるんだぜ!」
「ほんとだー!変なのー!ちゃんと拭いてこいよなー!」
そこでやっとクソガキどもの言いたいことが分かった。コーヒーのシミというのは、百江ちゃんの口元にある500円玉程の大きさの茶色い斑点のことだろう。
私は直接聞いたことはないが、それは恐らくカフェオレ斑だと考えられる。これでも前の人生で大学生まで進んだ身だ。そこで生態学の本を読んだときに印象に覚えている。彼女がそうなのではないかと、思ったからだ。カフェオレ班とは、顔や背中など場所を問わず体中にできるもので、ほかのあざと同様にメラニン色素の異常である。生まれたときからすでにある赤ちゃんもいれば、生後にできて少しずつ大きくなる場合もある。大きさや形はさまざま。健康な子供の約10%にカフェオレ斑があるといわれており、1cm以下かつ3個未満であれば大きな問題はない。そのまま放置しておけば消える場合もあるが、ずっと残る場合もある。気になる場合にはレーザー治療で消すことは可能だ。
実をいうと私のお腹にもあるものだった。けれど、私は服で容易に隠すことはできるし、他の子も何人か斑があるのを知っているがどの子も目立たない場所にあるから、この斑について誰も気にしていないのだ。
つまり、何が言いたいかというとこれは決してコーヒーのシミではないし、望んで一目につきやすい口元にあるわけではない。
彼女はきっとこういった中傷には昔から経験してきているのだろう。百江ちゃんの顔に影がさしたのを見逃す筈がなかった。
「やぁやぁ君達、元気なのは良いけど……まぁ、なんだ…まず最初に、人をそんなに指さすものじゃないよね」
私は少年たちに歩み寄って、目線を合わせるためにしゃがんだ。そして彼らの腕を掴んでその手を下げらせる。そこでやっと合気道の経験が生かされた気がした。
少年たちが抗議の声を出そうとしていたが、その前に私が口を開く。
「生まれてまだ間もない君たちは知らなくて当然だと思うけど、世の中はとても広くてね。
私たちの住む地球の反対側には肌の色が黒い人だっているし、私たちよりもっと肌の白い人もいる。ここでは君たちは同じ肌色でも、彼らからしたら、私たちは何色に見えているんだろうね。
まぁでも皮膚は血管や細胞を覆うもので、色の違いなんて大した問題じゃないんだけど。…キミたちはたかが皮膚の皮一枚違うだけでそんなに騒いでしまうんだね。
全くどうするの。ここに黒い肌の人がいたら、君はコーヒー豆だとでも叫ぶの?ん?」
それから口を開けて固まる少年たちに、百江ちゃんへの謝罪を促し、昼休憩へと戻らせた。
流石に小学5年生が言う言葉じゃなかったし、少年たちも全部の内容を理解したわけでなさそうだが、自分たちの間違いには気づいてくれていたようだから良しとしよう。
「静ちゃん、ありがとうね。やっぱ静ちゃん頭いいや」
「そうかな。適当に言いくるめただけだよ」
それに友達も笑ってくれていたから。