第九話「協力者」

和風感満載の古民家前でしゃがみ込む美少女、そんなアンニュイな風景に道行く人は皆……などという妄想はさておき。無事、件の家に辿り着き10分程待っていると向こうから少年が小走りでやって来るのが見えた。

「どうも、お疲れ様です」
「ほんとにいたんだ」
「え、まさか冗談…だと…っ…?!」
「半分くらい」

全く信頼されていないなぁ。一応赤ん坊の頃からの付き合いだというのに。
彼を軽く小突きながら家へと上がらせてもらう。今ほどではないが、幼少期はそれなりによく遊びに来ていたので少し懐かしみを感じていた。このちょっと和風を感じられるところが心地良く感じるということは、自分も日本人の血が流れている証拠だろうか。

「あ、ポチ」

そう。この家にはこんなに可愛い飼い犬もいるのだ。犬種は雑種犬で、名前も小さい頃に教えてもらったことはあるが、ちょっと小難しい名前に、私が遊びに行く度に名前を忘れて結局勝手にポチと呼んでいるのだ。なので本名ではないが、ポチはポチなりに反応してくれるあたりなんて従順なやつなんだろうと毎回感心してしまう。

「あー、お前はいいですねぇ。いつも無邪気に遊んでいられる、そして主人が呼べば応えるなんて……」
「何言ってんの?」

考紀くんが台所から麦茶を持ってやってきてくれた。お構いなく、なんてのんびり言いながらも喉は乾いていたので、素直にそれを受け取り軽く飲み込む。少し冷えた麦茶が美味しい。

「それで結局、何がどうしたわけ」
「いやー…それがですね……―――」




今日起こったことの顛末を事細かく伝える。なんだかこうして誰かにぶちまけたことで、肩の荷がすっと降りたようだった。特に最近は勉強や稽古以外で悩むことが多かったこともあり、普段よりぐっと疲れていたのかもしれない。
あれ、でも悩みって確か恋愛に関してじゃなかったっけ。しかもその悩みの種が極身近にいたような。

「何それ!やばくない?!静ちゃん巡ってのバトルとか、く…っ、…漫画かっ」
「笑いたければ笑えばいいよぉおお」

いやていうか、最近の悩みのうちにお前入ってるからなっ。百江ちゃんがお前さんに恋して、私に相談してきたんだからな。こいつ私の苦労も知らずに笑いやがって、マジ許すまじ。

「私にはこの手の話は合わないのだよ、無理だよ、そもそも付き合うって何。まだ小学5年生でしょうが。そこらの公園で縄跳びでもしてればいいさ…っ」
「縄跳びはないだろう」
「とにかく考紀くん、何かあったら手伝ってね」
「えー、俺そういうのあんま関わりたくねぇよ」
「まさか幼馴染が困っているというのに、まさかまさかあの考紀くんが無視するだなんてこと……ないもんね」
「あ゛ー…分かったよ」
「まぁでも多分そんなに無理難題を頼みはしないから。ただ今日みたいに私の話に合わせてもらうとか、そんなところだと思うし…」
「大変だなぁ、人気者は」
「いやどの口が言うの。百江ちゃんからのアプローチ、知らないとは言わせないよ。今日だって、こうちゃーんって抱き着いてきて貰ってたじゃない」
「やめろつってんの、知ってるくせに」

確かにそれはある。百江ちゃんの強いアプローチに対して、こいつは引き気味というか寧ろ迷惑していることも目に見えて分かるし。抱き着かれると、やめろよって突き放して、それに対して百江ちゃんが何でってちょっと怒る、でもそんないつもの光景が私は結構気に入っていたり。

「私は百江ちゃんの味方だから、彼女を妨害することはできないけどね」
「おい、それじゃあ俺のがなんか不利じゃんか」
「えー…私は三人もの相手をかわさなきゃいけないんだよ。比べれば当然、私の方が負担大きいじゃないですか。男なら女子を救いたまえ」

それからも彼はぐちぐちと何か言っていたが、適当に受け流しておいた。
疲れもあったし何よりこれ以上彼と色恋沙汰の話をするのは、らしくないなとも思ったからだ。今までこんなことを話すこともなかったし、一回目の人生でも彼とこんな会話をした覚えはない。正直初めてのことに戸惑っていたのかもしれない。
要は大人になっていたと思った自分は、さほど大人になれていなかったようだ。

「あ、そうだ。考紀くん、今日の宿題のプリントちょっと教えてくださいよ」
「俺よりテストの点高いじゃん」
「私は文章問題が苦手なんですよ…」

今日配られた算数の課題を鞄から取り出す。
ただの計算問題なら自分にもできるが、如何せん、昔から文章問題は苦手分野だ。
しかしこういったときは得意な人間と協力し合えばいいだけの話。

「いいじゃないですか。中学に入ったら英語のリスニングとか、見てあげますから」
「あげますって…なんで上から」
「え、だって、私が話せるの知ってるでしょう」
「いいんだよ日本人なら日本語を話せ」

うお。その定型文何だか懐かしい程に聞きなれたものだな。
しかしそうは言っていられないぞ、少年。どんどんグローバル化していくこの社会で生き抜くためには、英語という武器を持っていないと。なんてまだ小学生に言っても上手く伝わらないだろう。上手に説明する気も起きないし。

「まぁ、お互い助け合いましょうや旦那。はい、ということで早速これ教えてー」
「だから俺まだそこまで進んでない」

なんだ案外時間かかってるじゃないか。ちょっとお姉さん待ってあげるから早く解いちゃいなさい。
大人の余裕たっぷりに構えている自分、こんな風に彼と計算問題を解きあうなんてことは一回目の人生じゃあり得なかった光景だ。まず自分は避けてたしなこの子のこと。
百江ちゃんが好いている相手ってのもあったけど、なんかどうにも幼馴染って思うと身構えちゃってたんだよな。小さい子供の頃ならそんなこと考えもしていなかっただろうけど、成長して自我が芽生えると、やっぱりどこかで異性とは境界線を張っていたのだと思う。それもこいつは普通の男子より結構頭が回るから、勉強のできなかった昔の自分は余計苦手だったし。

「合気道って空手とかとどう違うの?」
「うーん。簡単に言えば…合気道は投げと関節技がメイン、空手は打撃技がメインって感じかな。合気道は武道の中でも新しい方だから、まだ他のものと比べてあんまり知られてないし。教室にも私と同年代の子はいないの。人数は少ないけど、大人から子供まで様々」
「へー、大会とかあるの?」
「勿論。先月は私、個人戦優勝しましたしね」
「え、やば。怖いんだけど」
「ちょっと何引いてるんですか。安心してください、県内じゃ私なんてまだまだだから」
「……けんない?」

若干引き気味の彼をジト目で睨む。この一見華憐で華奢な少女がそんなゴリラみたいなわけないでしょうよ。そもそも私だってゴリゴリになるのは御免だ。合気道を始めた理由も、身体能力の発達と体力向上が目的だったわけで別に武道の道に走る気持ちはない。あくまで護身用と趣味の範囲である。

「キミの方こそどうなんですか。球蹴り」
「サッカーな。来週、地区大会に参加するけど」
「さいですか。あ、良かったら百江ちゃんに教えてあげましょうか?きっと応援に駆け付けると思いますよ」
「やーめーろーよー」

人の善意を無碍にするとはいい度胸だ。今度泣きつかれてお願いされても、百江ちゃんはあげんからな。あんなに親身なってくれる子早々おらんと思うが。
相変わらずクールな少年に私の溜息は尽きないのであった。

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