第十一話「ヒーロー登場」

先生の指示に従い、頂上からとりあえずゆっくり列をなして滑っていくことになった。
間隔を空けてそれぞれのペースで、やや旋回しながら。先生曰く一番実力がある子は後ろらしいので、私が最後尾ということになった。私の前は楓ちゃんだ。

「じゃあ、ゆっくり滑っていくから、何かあったら大きな声で呼んでね〜」

はーい、と元気のよい返事を確認すると杉野先生はゆっくり先頭を滑っていく。
それに続いて皆各々のスペースとスピードで滑り始めた。私はその様子を後ろから観察していた。

「そろそろ中間地点だからねー!」

先生の言葉通り、中間地点のようだ。私もこのゲレンデは三歳の頃から来ているので(最初の人生分を加えると結構な回数)、ここの地形はだいたい把握している。
そしてそんなときだった。女性の悲鳴にも近い叫び声が聞こえてきたのは。

「ヒデ君!!だめよ!そっちは行っちゃダメっ!!」

声の方へ目を向けると、母親と思われる女性が下のほうにいた。彼女の視線は斜め上に注がれており、スキー板をはきながら下から必死に上へと雪の斜面を昇ろうとしている。

「あ!男の子が!」

百江ちゃんが何かに気づく。私もそこでようやく事の次第が分かった。
中間地点にあるゲレンデの端には唯一平地があるのだが、その先は急な斜面になっており落ちたらまず間違いなく大怪我になるだろう。勿論予防線として、硬いネットが張られているが、よく見ればネットに穴ができているではないか。そしてそのすぐ傍に推定3歳程の青いウェアを着た男の子が好奇心からか、穴へ向かって歩いて行ってしまっている。不味い。

「皆はここで待機!先生は―――間門さん!!?」

先生に呼ばれた気がしたが、今の自分にはそれに応えられるような冷静さと思考は持ち合わせていなかった。
考えるより先に身体が動く。まさにその言葉通り、スノボーで斜面を一気に走り抜けた。
ズザァッと波のように雪が舞った。何とか男の子が穴へ向かう前に、彼の前方へ躍り出ることができた。

「こーら。こっちは危ないから、お母さんの元へ帰ろうね」
「ヒデ君!ヒデ君!あぁ!良かった!!」

お母さんも何とかここまで上がって来れたようだ。男の子へ駆け寄り彼を離すまいと抱きしめている。

「ありがとうね!ほんとに助かりました!!」
「いえいえ、無事で良かったです」
「ちょっと目を離したらどっかへ行っちゃって…本当にご迷惑をおかけしました!」

何度も頭を下げるお母さんに苦笑しつつも、大丈夫ですよと手を振った。
杉野先生もお母さんに続くようにしてやってきた。

「あ、先生、ここ穴があるので早めに直したほうがいいと思いますよ」
「ほんとだ!これは直ぐにフロントに連絡しておくわ。にしてもビックリした!間門さんメチャクチャ滑れるじゃない!」

感心したとばかりに褒めてくれる先生に、いやただ滑っただけなんでと謙遜しておく。
さっきまでは初心者らしく振舞おうとか思っていたが、どうやらこれでは既に実力を知られてしまったようだ。杉野先生はひとまずフロントへ電話し、至急この穴を直すようにお願いしてくれるらしい。
そしてそのあと滑ってきた班の子たちにも様々な反応をされた。

「かっけー!!静ちゃんすげぇ滑れるじゃん!」
「うんうん、ヒーローみたいだったー!」

幸一くんには謎の絶賛を頂き、百江ちゃんにはキラキラした目で褒められた。
5人とも称賛してくれていたので嫌な気分にはならなかったが、唯一李衣菜ちゃんだけは何も言わずただじっと見つめてきたのが少し怖かった。




「そんで、ザーって滑ってズサァアッて回ってたんよ!静ちゃん半端なかったよな!」

お前は語彙力を鍛えろ幸一。何言っているか見てない人からすれば、意味不明だぞ。
男の子を助けたあと、無事ネットもすぐ直されて、私たちの班は先生の指示に従い午前中の練習が終わった。
そして今はお昼休憩。施設の食堂で温かいカレーを頂いているところだった。
勿論班ごとに分かれての食事だったが、先ほどから私の向かい席に座る幸一くんが、私の滑りについて興奮が冷めやらぬようで。ハッキリ言ってうるさい。

「なー、俺にも教えてよ!俺もスノボー滑りたい!」
「私より先生に教えてもらえばいいじゃない。専門の人に聞けば」
「俺もああやって回ってみてーんだよ、頼むよー」

回るってなんだ回るって。スキーでその辺勝手に回ってろ。

「そもそもスキー教室なんだから勝手なことはできないでしょう。諦めてスキー技術を磨くのです」
「自由時間延ばしてもらえばいいんじゃない?」

考紀貴様ぁあああ。何そのアホにアドバイス送っとんのじゃわれぇええ。
午後には最後に1時間程自由時間があり、練習とは違って先生や班も関係なく各々自由に滑っていいようになっているのだ。また、自由時間なので滑らなくても良しということで、私はその時間にゆっくり食堂でカフェオレ飲んでまったりしてようかなー的な計画をしていたというのに!

「それ良い案だわ!そんときスノボー滑ればいいし!コウ、先生に聞き行こうぜ!」

男子二人はそう言ってそそくさと席を立って、先生の食べている席へと走っていった。
くそ、あいつらのカレーに七味唐辛子ぶっこんでやろうか。
私はあくまで平穏に静かに生きたいというのに、誰かに指導とかそもそも向いてないし。てか面倒だし。
重い溜息をつきそうになる。そしてそんなとき、幸一くんの席の隣にいた李衣菜ちゃんが口を開いた。

「でもさー、スキー教室なんだからスキーで滑らないっておかしくない?それじゃここに来た意味がないじゃんね。私は普通にスキーで滑りたいなぁ〜、あ、モモちゃんも自由時間一緒に滑ろうよ!」
「え……っとー…うん、そうだね」

はいはい、どうぞご勝手にしてください。そちらがどう過ごすとか私には微塵も興味ねーんですよ。スキー教室でスノボー滑っちゃおかしいってか、さいですか。その言い分は是非あちらにいる杉野先生に仰ってくださいね、懇切丁寧に猿でも分かるぐらいに教えてくれるでしょうよ。
やっぱり私の予想通り、李衣菜ちゃんは私のことがお気に召さないよう。
今回ばかりは申し訳ないが百江ちゃんには是非その女と一緒にいてもらいたい。流石に私はこの猿にまで教える技量は持ち合わせていないのだ。まぁそもそも自由時間も伸びるか分からないし、教える程の時間もないだろうけど。

「自由時間2時間にしてくれるってさ!」

グッバイ、私のフリータイム。

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