「お守り」

今、私の手には丁度掌ほどの大きさの紙袋。袋の中には、先日の修学旅行のとき白峰神社で買ったあの闘魂守が入っている。
私はこの紙袋とかれこれ1時間ほど睨めっこ状態だ。どうしようか、うん、こうしよう、いやいや、こっちでしょう、なんて頭の中は巡り巡って、多分今人生のなかで一番考えているかもしれない。
私がこれを彼に渡したらもう今までのようには戻れないとか……って少女漫画かよ!
ていうか、こんなことを考える自分がなんか嫌だし、考えたくないし。

結局考えるのをやめて外に出たら、なーんでか着いちゃうんだよなぁ。あれですか、頭では考えてなくても身体は勝手に動いちゃうぜてきな。
古藤と書かれた表札の下のインターホンを押すか、押すまいか。あれ、ていうかインターホンとか、何度かここにお邪魔させてもらっといて押したこと一度もない。まず自分ひとりでここに来たことがない!
ピンポンダッシュするわけにはいかないし、かと言って押したらもう後戻りできないような恐怖もあるし。確か今日は部活が休みだと大智くんが昨日言っていたから、家にはいると思われるんだけど。

「静ちゃん?」
「は、はぃいい…!」

後ろから声をかけられて思わず肩をビクッとさせてしまった。
なんと丁度、食材の入ったエコバッグを手に買い物帰りのおばさんとまさかの鉢合わせ。

「珍しいわね、一人できてくれたの?」
「あ、は…はい。えっとその…考紀くんが昨日教室に忘れ物しちゃったみたいで、それで…」
「わざわざ届けにきてくれたの!?本当にごめんねぇ!うちの子が!」
「いえいえっ、そんな、いえ、…えっと、考紀君は…」
「それがね実は今日、友達と自主練するとかで下郷小学校に今言ってるのよ。持ってきてくれたのにごめんね、本当に。忘れ物は私が預かるから、静ちゃんもしよかったら中でお茶でも…」
「あぁいえ、そんなお構いなく…っ、忘れ物は私が届けますから、本人に直接って先生に言われてますので……えっとそれじゃあ失礼します…!」
「あ、静ちゃん!?いつも息子がごめんなさいねー!またいつでもいらっしゃーい!」
「はーい!」
友達の親にここまで嘘をつき通すのは初めてだ。昔から知っている人でも流石にちょっとテンパってしまった。絶対私挙動不審だったと思う。
自転車に乗り再び元来た道を走る。下郷小学校は、大智くんたちが通っていた小学校のことだ。中学と殆ど距離はないので、自転車なら20分ほどで着くだろう。
ていうかおばさん凄い謝ってたから、これ考紀君に悪いことしちゃった気もするな。

そして辿り着いた小学校の裏側の方に自転車を停めて、フェンスの影から校庭の中をのぞく。あ、本当にいた。いつも一緒にいるサッカー部の仲間数人と練習しているようだ。
ちなみに今は夕方の5時、夏の大会が再来月にあるのでそのための練習だろう。彼らにとっては最後の大会になるから力も入るよな。
私も前世で運動部に入っていたときは…なんて、思い出に浸っている時間はない。
さぁどうしよう。ここまで来たのに何もしないのは不味い。ていうかおばさんに言ってきてしまっているから、流石に何もしないで帰るわけにいかない。
とりあえず入り口の方に移動しよう、ここからじゃあ何もできないから。

しかし相変わらずうまいな、球蹴り番長。球蹴り番長は私が昔彼につけたあだ名だ。我ながらナイスなセンスをしていると思っている。
あ、番長ボール取られた。追いかけて、おお奪い返したか。走っていってゴー……ルはしないんかい。
いつの間にか私は彼らの練習風景を、校庭の入り口の石畳に座り顔に手を当ててじっと観察していた。
もうかれこれ20分近くは見ている。やがて自然とボールを蹴るのをやめ片付けをし始めた。どうやら今日の自主練習は終わったようだ。
凄いなぁ、私も今度の大会に向けて練習量増やそうかな。
ぼーっとそんなことを考えていたとき、一人の子がこっちを指さしているのが見えた気がする。
というのも、ずっと座って見ていたものだから身体の反応が遅れている。

「おーい、何してんの?」
「…………練習見てた」

だから知らない間に考紀くんがこっちに来ていて声をかけられたけど、なかなか言葉が出てこなかった。

「いつからいたの?俺ら全然気づかなかったけど」
「……多分、5時ぐらい」
30分もいたの!?と驚いている彼は、5月の夕方だというのに汗ぐっしょり。
石畳の段差は3段あり、地面に足をつける彼が私を見ているけど、目線はそんなに変わらない。いつからこんなに背丈も大きくなったのだろうか。中学入学したての頃なんてまだ私の方が身長あったはず。

「…かっこよくなったね」
「はぁ…!?」
「嘘」
「…っ、意味わかんねぇ」

私がからかうと顔をそらして、流れる汗を襟元でふく。
そんな彼に私は手に持っていた紙袋を差し出した。

「はい」
「…え、急に何」
「白峰神社の闘魂守、大会近いんでしょう。……あげる」
「いや、おれ、アレ自分の…」

やっぱり自分用にもう買っていたらしい。それなら仕方ないな。

「それならこれはいいよ、持ってるなら安心だしね」

お守りがないよりあった方がいいと思っただけだ。わざわざ自分の買ったものを押しつける必要はない。紙袋を手元に戻し、服についた汚れを払いながら立ち上がる。

「じゃあまた、――「ちょっと待ってて」

さっさと帰ろうかというところで、考紀くんがそれだけ言い残して走って行った。え、何。
自分の荷物の方で何かしている彼をじっと見ていると、またこっちに走ってきた。さっきも大分走ってたのに、体力底なしか。

「これ、俺が買ったのあげるから、……それちょうだい」
「……はい?」

彼が私に差し出してきたのは白色の闘魂守。私が買ったのとは色違いだ。
「だから、それとコレ交換ってこと」
「え、でも…私持っていても意味ないんじゃ…だって、球技のお守りでしょう?」
「別に球技だけじゃないよ、スポーツ全般だから合気道にだっていいんだよ」
「そうなの…?!」

なんだ、サッカーの絵が描かれていたからてっきりそうかと。
いや、だったらもっと分かりやすくスポーツ全般OKですみたいに書いておいてほしかった!私が見落としていただけかもしれないけど。

「…私がそれ貰ってもいいの?白色が良かったから買ったんでしょ?」
「別に色とか関係ないし。こういうのって……気持ちとかの問題だろ」

確かにそうだろうけど。いや、でも交換って…!なんかただ渡すだけより、余計恥ずかしい気がしてきたよ?!

「はい」
「…あ、りがとう…」
「こっちこそ、…ありがと」

掌に置かれた白色のお守り。そして彼の手には青色のお守り。お互い別々に買ったものなのに、持ち主は違っている。
白色のお守りに縫われた金糸が輝いて見えた。

「そういや、帰り、いつ頃迎え来てくれるの?」
「ううん、自転車で帰るよ」
「は!?何、わざわざこれのために自転車漕いできたってこと!?」
「別に大した距離じゃないでしょう、歩きとは違うし」
「だからって……ハァ、ちょっと待ってて、すぐ片付け終わらせるから」
「え、何で」
「……一緒に帰るんだよッ」

何故怒られたし。考紀くんは顔を真っ赤にしてグラウンドをかけていった。
よく分らんが一緒に帰ることになったらしい。彼も律儀なところがあるじゃあないか。それとも三年生になって漸く学んできたのかねぇ。
あ、そういえばおばさんのことどうやって説明しよう。

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