各地で積雪が確認された寒い冬のある日、その日は“彼女”の十三歳の誕生日となる筈だった。

白い病室のベッドの上で意識を取り戻したXX。ベッドの周りにはXXを囲むようにして、電子音を鳴らしている機械が幾つもある。そして目を覚まして間もなく、バタバタと忙しない音と共に数名の人間が病室へと入ってきた。白衣を着ている医師と思われる男性と、看護服を着た女性たち。

 「急いでご家族に連絡を!それから脳外の先生や内科の先生、手の空いている先生には来てもらって!」
 「は、はい!」
 
 医師の早口の言葉に戸惑いながらも、看護師の一人は通話機を手に、再び病室を出て行った。その様子を見ていたXXはゆっくりとした口調で声を発した。

 「……嗚呼、……いやだ…」

 それは掠れるような小さい声だった。

―――XXは二カ月前、どこにでもいる普通の女子中学生だった。しかしある日、突然の深い昏睡状態に陥り、やがてその身体は変貌していくこととなったのだ。皮膚が剥がれ落ち、髪が抜け落ち、骨格が動き、そして新しく再生されていった――別人へと。その間、XXは眠り続けていた。常人なら痛みで起きてしまう状態にも関わらず、ただ静かに眠っていた。全身を包帯で覆われたその姿はまるで羽化前の繭のように。
 突発性離人異能症――一億人に一人と言われる程に稀な病気、それがXXのかかった病気だった。最初に診察した医師はあの伝説のような症例を見て、思わず目を疑ったほどだ。約七十年ぶりに日本に現れた発症者として、本人の知らないところでそのニュースは国中、否、世界中を駆け巡った。その理由として、昔は「神の使い」とまで言われた稀な発症者を国は国宝級に祝福していた。それは彼らが名前の通り「人から離れた」証である異能力を持って生まれ、国が窮地に追われたとき救いの手となったからだ。しかし七十年前の世界大戦時、彼らは祖国においてまるで駒のように使われ、結果として殆どが自殺に追い込まれた。それに憤りを覚えた一人の生存者が、今後は彼らを普通の人間として扱い、二度と武器や研究材料として扱わないこと、そしてお互いに干渉しないことを世界に誓わせた。そして大戦以降、現在の発症者はXXを含めたったの四人であり、本当に希少な存在となったのである。

 ***

「冬崎くーん、体温測る時間……って、またどっか行っちゃったのか」

 ベテラン看護師(45)は担当患者の定期検査に来たのだが、時間通り来てみれば個室のベッドは見事にもぬけの殻。朝にはきちんと連絡していたはずだというのに。

 「冬埼くんならまた図書室じゃない?大抵この時間はそこにいるし」
 「やっぱりそうよねぇ」

 通りすがりの同僚看護師にも言われ、白銀の普段の行動パターンから図書室へと向かう。
看護師の担当患者――冬崎銀永は先日までXXという名前を持っていた。しかし彼の意識が覚醒したとき、そこには白銀の髪と翡翠の瞳を持った少年がいた。

そして意識が戻ってから銀永はまるで人が変わってしまったようだと、家族は言う。本人にはどうも昏睡状態に陥る前の記憶があるのだが、性別まで変わり、容姿も日本人とはかけ離れてしまった自分を未だ受け入れられないのか、殆ど何も喋らず、意思も見せず、ただじっと静かにそこにいるのだ。
また、生まれ変わった我が子を見て、XXの家族――特に母親は酷く戸惑っていた。それは自分が産んで育ててきた子供が、急に全く違う人間になってしまうというのだから、無理もなかった。「それでもこの子が自分たちの子供であることには変わりない」、我が子が変貌していく様をみていた母親はそれを知っていた。だから、長く限りなく続く幸福な人生であってほしいという祈りも込めて――“銀永(ぎんえい)”という新しい名前を与えたのだ。

その銀永は今現在、病院内にある図書室にいた。端から順に本を取ってパラパラと捲っていき、全てのページを見終わったら本を閉じ、今度は別の本を同じように捲る。一見するとただ捲っているだけに見えるが、白銀はその翡翠色の瞳に写したものを瞬時に記憶できる、瞬間記憶能力を使い全てを頭に入れていたのだ。今は医師の勧めでここの図書室の本を読んで、現在十二歳の白銀に必要な学力を戻せるようにしていた。

 (あ、いたいた。やっぱりここだった………)

 図書室の椅子に座り片足を膝曲げして背を丸めているその姿は、お世辞にも姿勢が良いとは言えない。それでも彼がそこに座っているだけで、なんと絵になることだろうか。
 光の屈折できらきら輝いて見える白銀の髪、瞳に影を差すほど長い睫毛まで白く、精巧に作られた人形のように整った顔立ち。発症者は皆、人間離れした容姿を持つことが特徴の一つでもあるが、これほど目を引く姿とは誰も想像していなかっただろう。彼を呼ぼうとしていた看護師でさえ、自分の職務を忘れ、思わず魅入ってしまっていた。もう何度も目にしている筈なのにこればかりは未だに慣れない。

 「……っと、いけない。冬埼くん」

 ようやく我に返った看護師が声をかける。銀永がそれに気づいて目線を上に上げるが、さして表情を変えることはなく、まるで看護師がどうして自分を呼んだのか不思議にさえ感じているようだ。

 「今日は検査だよって、朝言ったね。読書もいいけれど、時間は守ってほしいかな」

 すると看護師の言葉に素直に従い、それまで見ていた本たちを片付け始めた。彼の担当看護師になって分かったことだが、どうやら銀永は他人に言われたことには一切反論せず、ただ静かに受け入れるようだ。そして自分の興味があるものにしか基本反応はしない。
 
 発症者となった彼について、最低限のことは分かってきたのだが、たった一つだけ、それもとても重要なことがまだ見つけられていなかった。

 「異能力」―――発症者が必ず持っている超人的な能力。歴史上で見られた異能力は様々で、人を簡単に殺せる能力もあれば、文明の力となるものを開発した能力もあれば、自然と一体化できる能力など、どれも一つとして同じものは確認されていない。
 そして銀永も今までの発症者と同じく、異能力を持っているだろうが、それが一体「どういうものなのか」実態は誰も確認できていなかった。発症者の異能力については、発症者自身がそれを熟知して生まれてくる者もいれば、自分の能力について全く知らずに生まれてくる者もいる。銀永は後者のようだった。そのため確認の仕様もない。それは発症者の異能力について検査し、追及することはできないという大きな壁があったからだ。
 国連によって締結された戦後の「誓い」では、発症者を研究材料として扱うことはできず、お互いに干渉しないこととされている。そのため銀永が自分で自分の異能力を見つけることしか、方法はない。しかし干渉してはいけないとはいえ、国民はまだかまだかと知りたがっているのが本音だった。どんな能力を持っているのか、もしとんでもない能力なら是非お目にかかりたいと考えている者が殆どだろう。
 しかし彼の能力は一向に不明。病院で必要な検査が終われば、一般人と同じ生活を歩むことになる。このまま分からず仕舞いなのだろうか、とも思われていた時だった―――

 「え、喬木さん!?どうしましたか…!!」

 病室へと向かっていた看護師と銀永だったが、廊下の端において老人らしき男性が一人倒れているのが見えた。入院患者と思われる老人に覚えがあるらしい看護師が驚きの声と共に走った。図書室近くを入院患者は殆ど来ない。病室から少し離れたここは健常ではない患者にとって億劫な距離でもあるからだ。しかしそのためか、病院スタッフもこちらまで見回りに来るものは少ない。現にこうして老人一人倒れているのに気付いたスタッフがいなかったのだろう。
 急いで駆け寄った看護師が意識を確認するが、どうやら意識喪失状態。しかも最悪なことに、

 「心肺停止…!?」

 息をしていなかった。この老人は一体いつからここに倒れ、そして心肺停止状態がいつからで、長らくこの状態だったならば…など、様々な思考が看護師の頭を過ったが、今自分がすべきことは。

 「緊急患者発見、東棟三階図書室前!コードブルーをお願いします!」

 通話機を使い、院内放送を呼びかけるための連絡を行う。「コードブルー」とは病院内で緊急患者が発生した際に使用される隠語である。これにより緊急事態発生がしたことと、医師が集まる場所を迅速に伝えられる。そして看護師がその後直ぐに気道を確保し、胸骨圧迫に入ろうとしたその時だった。

 「…どいて」

 視界に写った白い手。それまで見守っていた銀永が、いつの間にか患者の傍にしゃがみ込み、冷めたような声でそう言ってきた。

 「なにをするの!人の命がかかって―――「邪魔」

 突然尻餅をついたかと思えば、銀永の手が看護師の肩を押しており、看護師はそのまま後ろに座り込んでしまったのだ。そしてそのまま銀永の手は、患者の胸元に置かれ、

 ドンッ――!!

 大きな音と共に、患者の身体がはねた。まるで自動体外式除細動器を使ったかのように。銀永が添えている手からは青白い線のようなものが不規則に光っている。目の前で何が起きたのか理解できなかった看護師は黙り込んでしまった。そして、遂に奇跡は起きる。

 「…かはっ、ゴホゴホッ」

 患者が突然息を吹き返したのだ。確かに先ほどまで心肺停止状態だったのに。放心状態の看護師に対し、銀永は冷静な口調で言う。

 「……あとは、お願いします…」

 後ろからドタバタと病院のスタッフたちが駆け寄ってくる音が聞こえてくる。それを背に、銀永はスタスタと自室へと向かって歩いて行ってしまった。

 そうして心肺停止状態だった老人の命を救った出来事から数日、銀永の異能力が漸く判明した。判明したと言っても、本人が直接言葉で説明してきたわけではなく、あくまで例の出来事からおおよその推測になってしまうのだが。
銀永は「電流使い」ではないかということになった。家族がそれとなく聞いたところ本人が否定しなかったので、間違いはないらしい。
あの時銀永は心肺停止状態の患者に対し、自ら電流を発し除細動器となったため、患者は息を吹き返したということだった。そして彼の異能力が判明した直後、国連から使いが現れた。話の内容は、今後は異能力の使用を規制するということ。それは勿論、電流を扱える者が自由にその能力を利用できてしまえば世界の秩序が乱れる可能性が出るからだ。
たくさんの規約の下でしか、彼らは生きていくことは叶わないのが現実である。

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