二
目が覚めたとき、私は…否、僕は全く知らない“自分”になっていた。どうしてこんなことに、とか何度考えても、まとまった答えは出てこなかったから、もう考えるのも放棄した。
鏡を何度見ても慣れないこの姿。以前は父親に似た顔立ちをしていたのに、今は日本人らしさのかけらもない色相と目鼻立ちをしている。かと言って外人になったわけでもない、普通に言えば驚くような美少年なのだ。自分で言うのもなんだが。
また嗜好も変わってしまったようで、以前はあまり読書もしなかったのに、今は活字を見ていた方が寧ろ落ち着く。入院中は時間がたくさん余るので、読書ぐらいしかやることもないし、何も考えなくて済む。それに不思議なことに、覚えようと思ったことは一度見れば暗記していた。頭の中で引き出しのように記憶が取り出せる。約二カ月も入院していたので正直、勉学が本業の学生の身としては不安があったが、以前の自分とは全く違い、知能も上がっている気がする。これも発症者特有の症状なのだろうか。
「それじゃあ、銀永。新しいタオルはここに置いておくからね」
「…うん…」
“銀永”と呼ばれてもまだ直ぐには反応できない。当たり前のようにXXと呼ばれていたのだ。母も初めのころは以前の名前で呼ぶこともあったが、最近は銀永と呼ぶことにも慣れている気がする。
「それから退院するときのこと、今日からちょっとだけお話していこうと思って」
そして日は経ち、自分はついに一週間後に退院できることが決まったのだ。病気にかかったといっても、別人に代わり、普通の人間とは少し違っているだけで、何か侵襲があるわけでもなく、寿命に関わることはないため生活する上では何も問題はない。寧ろ、これからは一般人と一緒に過ごしていくことが今後の課題であり、それは大戦後世界で交わされた「誓い」でもあった。
「…確認だけど、本当にいいのね?自分ひとりで家に帰るなんて…」
ここの病院は日本の首都東京にある大学病院。しかし、実家は地方の田舎にあり、退院にあたって、自分は多くの時間をかけて実家へと帰らねばならない。勿論両親たちは一緒に帰るつもりでいたというが、自分は意識が戻ってからまだ一度も病院外に出たことがない。長身は気遣ってくれているのだろうが、自分はどうしても一人で買えりたいと思っていた。
「……うん…」
「でも、やっぱりお母さん心配だわ…。銀永は今まで一度も外に出たことないし、人はいっぱいいるし、」
「……家に帰るぐらい、自分ひとりでやりたいんだ…。お願い」
今はできるだけ、一人でいたい。
「…それじゃあ、これは高速バスのチケット。バスだと三時間ぐらいかかるから―――」
「神の子」と言われようと自分は人間と同じ。XXだった頃と同じ生活を送るため、銀永の第一歩が始まろうとしていた。
***
その日、無事に退院を迎えることができた銀永の瞳に写り込んできたのは、都会の街中を行き交う人だかりだった。
退院当日には「七十年ぶりの発症者退院」そういったタレコミ目当てに多くの報道が病院前に来ていた。勿論、その後直ぐに報道規制がかけられたが、病院側は事前に策を立てて銀永を裏口から出られるよう配慮していたのだ。
しかし白銀の髪をし、翡翠の目をした美少年など、どこに行っても目を引くことは間違いなかった。そのため銀永自身はキャップを被り、伊達メガネとマスクをして、有名人なみの変装をして歩いていた。勿論、銀永本人はまさか自分がそんなに注目の存在になっているとは思っておらず、普通に正面玄関から出ようとしていたし、変装という考えすら浮かばなかったようだが、家族の心配もあり、このような形となったのだ。